「わ! どならないでよ!」
「なんじゃ? 顔などそむけおって」
ぼくが顔をその人からそむけた瞬間、怒鳴り声は鳴りやんだ。
当たり前といえば当たり前、犯人はその人なのだから。
「おーい、ドラゴン。お前に言っとるんじゃ。聞いとるか?」
とんとん。
「ひゃあ!」
突然首をたたかれて、驚いたぼくは衝動のまま顔を空に向けた。太陽がきらりとまぶしくて目を閉じる。
……あっ。
「まったく、びくびくしおって。本当に直るんか? この性格は」
「子供と同じだよ。接していくうちに仲良くなれるはずさ。でもそれも接する人次第だけどね」
「……なんじゃ、その目は。どうにかしてぱっぱとしつけられんのか、狩猟犬みたいに」
「何のために俺たちがいると思ってるんだ? でも君にも向いてると思うんだ、見守るのは得意だろ?」
「何を言っとるか全くわからん」
ふん、と荒く鼻息をつく音が聞こえる。ドラゴンのようだけれど、近くに仲間の気配はない。正解を示すように、人の手が再びぼくの首をたたいた。
「さっきからぴくりとも動かんな。何をしとる?」
「怖いんだろうな、誰かさんが」
「なんじゃと?!」
声に合わせて体がびくり、と震えた。本当に大きな声で、何度聞いても慣れそうにない。だけど今なら少しだけ大丈夫。目を閉じてしまえば怖い顔を見なくてもいいと気づいたからだ。鼻先を空に向ければ、突然頭をたたかれることもない。我ながらいい考えだと思った。
「どうなんじゃ、ドラゴン!」
「そうやって怒鳴るから余計距離を置くんだよ。それに君にもちゃんと名前がある。なあ、アイス?」
ふわり、と首に手が置かれたことに気づいて、ぼくはそちら側の目を開いた。名前を呼んでくれたその人は柔らかな微笑みを浮かべてぱちんとウインクをしてみせる。ぼくの名前を付けてくれた人ではないけれど、よく面倒を見てくれるので何かと甘えてしまう。
「えへへ」
「ほら、答えてくれただろう? コミュニケーションの基本はまず名前を呼ぶことさ。それなら君にもできるだろう、マテライト殿?」
さわさわと首に添えた手をその人はゆっくり動かしながら喋っている。こそばゆさに身じろぎしようとしたとき、聞きなれない声がぼくを呼んだ。
「むう……。アイス、ドラゴン――」
「よんだ?!」
「うぉう!!」
「わあ!?」
名前を呼んでくれると、とにかく嬉しくなるものだ。声の方向に思いきり振り向いたぼくの目に、どんぐりまなこでひげもじゃの顔が飛び込んできた。
急いで反対を向こうにも空を仰ごうにも間に合わず、見開かれた目とにらめっこを続けていたが、それも長くは続かなかった。
「そうやってすぐ逃げるのをやめんとな」
がしり。
「ぐふふ……」
思わずうなる。ついに動けなくなり視線を動かすと、ひげもじゃさんの両手が口を掴んでいた。どうにかして顔をあげようと思っても、予想もできない力で元に戻されてしまう。
「はなしてよー!」
「ふふふ、このマテライトと力比べとは……」
ふるふる、きりきり。
抵抗すればするほど、掴む力は強くなっている気がする。なのにひげもじゃさんは嬉しそうだ。ぼくはこれでもドラゴンなのだから、仕返しくらいできるはず……!
ぐぐぐ、ぐぐぐぐ、もう少し。
「おっ、やる気を出しおったか。それならワシも……」
「ほら、もうそれくらいにしてやれ。せっかくのパートナーの初顔合わせがこれじゃ、先が思いやられるぞ」
ぱっ、と手を離されて、込めた力の分だけ口がぱかりと開いた。ぼくの上のくちばしは下より長い。そのせいで思いっきり口を開くと前が見えなくなってしまうのだけれど、それにも構わずひげもじゃさんは隊長さんを凝視していた。
「今……なんと?」
「パートナー、だよ。騎士団の合同訓練が行われるのは聞いてるだろ? そのためにはまずトップがドラゴンに慣れてもらわないといけない。そこで思いついたんだよ、正反対の二人を合わせれば、きっといい方向に成長するだろうってね」
「なんだと! ワシを誰だと思っとる!」
「……ケンカしちゃダメ!」
どうにも揉めているらしき雰囲気にたまらず口を差し込む。ひげもじゃさんが腕を振り下ろしても、ぼくのくちばしには傷一つつけられないはずだ。
「…………!!」
けれど怖いことに変わりはない。けれど人が傷つけあうのはもっと怖いことだ。たまらず目をぎゅっとつぶったが、いつまでたってもくちばしが殴られることはなかった。
「おやおや、アイスが自分から動くとは珍しいな。どうだ、マテライト。この子と一緒に訓練してみないか? ほら、もう大丈夫だよアイス」
ぽんぽん、と顔を触られて目を開けると、隊長さんもマテライトと呼ばれたひげもじゃさんも怒るどころか笑っている。ぼくはどうしたものか分からなくなってちらちらと二人を見るばかりだった。
「ワシは構わんが……。戸惑っておらんか?」
「なに? なになに?」
「アイス、明日からマテライトが訓練に付き合ってくれるみたいだよ。仲良くできるかな?」
「う……うん!」
「これは大丈夫なの……」
ぺろり。
「な、なにをするんじゃ!」
「マテライト、よろしくね!」
せっかく挨拶代わりの顔舐めも、どうやらマテライトには不評なようだ。一方で隊長さんはそんなマテライトを面白そうに笑っている。それでも頬からよだれを垂らしながらも手を伸ばすマテライトに応えて、ぼくはそっと顔をすり寄せた。
きっとこの人とは、うまくやっていけるはず!
くしゃくしゃと顔を撫でる感触を楽しみながら、ぼくはマテライトの金色の目を見つめたのだった。
青色の引っ込み思案