「なあ、ビュウ。ぼくのお願いを聞いてくれる気はないかい?」
「願いはもう叶ったんじゃないのか?」
パレットをひっくり返したような混沌とした空を背に、振り向いたビュウの笑顔はひどく作り物めいて見えた。それもそのはず、本来守るべきだった主君は今彼を必要としていないからだ。だがその関係はとうの昔にできあがっていたように見える。
何にしろ、これ以上不機嫌になられても困ってしまう。ぼくはできる限り人の良い笑顔を浮かべた。
「叶いそうなのさ。だからあと一歩のところを、隊長殿に協力してほしいんだよ。 もちろん一方的なのは良くないから、ぼくにできることは手伝わせてほしい。どうかな?」
「交換条件か……。まあいいよ、何?」
少し考えて、ビュウはどちらともつかない息を吐くと小さく頷いたのだった。
『ガーネット色の乙女へ、伝えたいことがある――』
「……なんでしょう、ドンファンさん」
「それを読んでくれたんだね、嬉しいよ」
どれだけ読んだのだろう、汗で皺の寄った手紙を恥ずかしそうに背中に隠してネルボはさっと赤面した。
「あなたが私だけに手紙をくれるなんて思っていなくて……。みんなに内緒で抜け駆けしてきたの。そうじゃなくてももうすぐ戦争が終わる、オレルスに帰れるって騒いでるから、私のことなんて目にも入ってないみたい」
「そんなことないよ。このドンファンが君を見ているからね」
「ありがとう……。うふふ、そうなのよね。私もとっても楽しみなの。それで……」
その先を急ぐネルボはついと一歩前に出る。敢えてぼくはそこで一歩引き、意味ありげな笑みを浮かべて見せた。
今ファーレンハイトの艦内は、どこへ行っても浮き足立った人に出会ってしまう。動いていないと落ち着かないのは分かるが、そのおかげでぼくたちは倉庫に身を潜めていたのだった。
「そう、もうすぐ長い戦争が終わる。そしてぼくたち二人の新しい一ページが始まる。ドンファンとネルボ……。そのタイトルを飾るために、これを用意したんだ。受け取ってくれるかな?」
言いながらぼくはできる限り優雅に懐からネックレスを取り出した。薄暗い室内に小さいながらも鮮やかな赤い光が、きらりとネルボの瞳に反射する。
「それは……?」
「最初に教えたつもりなんだけどね。ガーネット色の乙女へ、ぼくからの愛と二人の愛の結実を込めたつもりだ」
開いた手のひらを吸い込まれるように見つめるネルボ。その彼女の耳が、火をつけたように赤くなるのは時間の問題だった。
「――つけてもらえるかしら?」
「喜んで。どうかこの愛が変わらないことを願って――」
艶のある赤い髪をかいて、ネルボははにかむ。その補足白い首にチェーンを回しつつ、ぼくは彼女の耳に愛を囁いたのだった。
石榴石
アルタイル突撃後の小話。同じことをジョイにもするんだからドンファンってやっぱすげえわ……
20210126