Novel / 想定外のパターン


「カーナ騎士団、いざ出撃!」
「おおーっ!!」
 地を鳴らし空気が震える声がカーナの平原を駆け抜ける。整列きた騎士たちが掲げる刀身が日の祝福を受け鋭い輝きを放ち、そんな彼らの思いを受け取るように周囲を守るように並んだドラゴンたちの咆哮が辺りに轟いたのだった。
 
「ビュウ、かっこ良かったぜ!」
「ラッシュ! ……申し訳ありません隊長」
 マントを巻いた首根っこを思い切り引かれ、苦しみにもがいていたラッシュはトゥルースの手からやっと逃れて恨めしそうな目でにらんでくる。それも涼しい表情で受け流して、トゥルースは姿勢を正してビュウに一礼した。
「気にしないでくれ。正直俺も緊張してたからさ」
「アニキ、カッコよかったよー!」
 再び小さく礼をして下がるトゥルースの反対側で、ビッケバッケは輝く目でビュウを見上げていた。日頃の優しくいたずら好きな彼の本来の姿を見た気がしたからだ。
 それに笑顔で答えるビュウの姿は普段通りでも、またすぐに違った一面が見られるはずだろう。
「ありがとう。ビッケバッケも決まってたぞ」
「そうかなー。ありがとうアニキ!」
 褒められた喜びから満面の笑顔を浮かべるビッケバッケ。だがそんな二人の間にずかずかと一人の男が割り込んだ。一度は除けられたはずの彼は、不満に眉をひそませ口を尖らせると一気にまくし立てた。
「そんな訳ねーだろビッケバッケ、新入りだからおれらは列の一番後ろだったんだぜ? ビュウの場所から見えるわけねえよ」
「――えっ、うん、そうかも……」
 ビッケバッケの表情はたちまち困惑から悲しみへと変わり、世辞でも褒めてくれたビュウへの礼は忘れまいと笑いかける。一方のビュウといえば、二人の顔を見てから困ったようにため息をついて口を開いた。
「普通の視力だったらそうなんだろうけど、俺は人より視力がいいみたいなんだ。――ラッシュ、あそこにいるのが誰か分かるか?」
「えっと、うーんと、赤いしデカいしバーナーじゃないのか?」
 少なくとも怒られると覚悟をした突撃を軽くかわされて困惑するラッシュだったが、ビュウの指さす先にいるはずの草原の上で動くドラゴンらしきものを見ようとぐっと目を凝らした。
 何も遮るもののない草原に、カーナ騎士団はドラゴンの大軍団に乗ってやってきていた。その中でも真紅の体をしたドラゴンは大きなバーナーと、小さなサラマンダーしかいない。
「いいんだな?」
 二分の一なら当たるだろうというラッシュの予想に対して、ビュウは含み笑いなど浮かべている。その地点で外れを告げられた気がしながらも、ラッシュは頷くしかなかった。
 
「――おいで! サラマンダー!」
 高らかに名前を呼ぶと、ビュウは首から掛けた銀の笛を口にした。その音は人には聞こえないが、ドラゴンにはしっかり聞こえるらしい。
 応えるように赤い影はふわりと宙に浮かんだかと思うと、燃えるような翼を羽ばたかせてビュウめがけて飛び込んできたのだった。
「きゃうう! きゃう!」
 目の前にふわりと舞い降りると、サラマンダーはすかさずビュウの頬に口づけをした。ビュウも笑顔でそれに応えている横で、ラッシュの脇腹をビッケバッケは小さくつついた。
「外れちゃったね、ラッシュ」
「うっせ!」
「きゃふー、ぐふふ」
 口をとがらせてそっぽを向いたはずのラッシュの鼻を、狙ったかのようにサラマンダーの暖かな舌が滑る。思ってもいない歓迎に驚いて腰が引け、そのままバランスを崩したラッシュは草原に尻餅をついた。
「くっそー、サラマンダーまでおれで遊びやがって」
「くー?」
「ふざけていたラッシュが悪いんですよ。隊長も何か言ってやってください」
 ハーフプレートをつけて今まで何度も地面を転がってきたせいか、この程度で起き上がるのに苦労はしない。首をかしげる仕草のあどけないサラマンダーに睨みながら腰を上げたラッシュに今度はトゥルースが苦言を入れる。それでも当のビュウはといえば、サラマンダーの首を優しく撫でながら朗らかに笑うばかりだ。
「お前たちもドラゴンたちも、国内遠征は初めてだからな。はしゃぎたくなるのも分かるぞ。ほら」
「ビュウだって――」
 言いかけたラッシュの声は、複雑に混ざり合うドラゴンたちの声にかき消された。
 ばたばたと慌ただしく動く風を三人が感じる頃には、彼らには慣れ親しんだドラゴンたちはくっきりとその姿を空に浮かべていたのだった。
 
「ぎゃうふふ! きゃうー!」
 彼らは我先にとビュウの元へとやってくると挨拶を済ませる。後はご勝手にと少し離れた場所で遊び始める姿に、トゥルースは疑問を素直に口にした。
「……隊長。来たのは若いドラゴンたちだけのようですが?」
「俺の権限はこんなものなんだろうな」
 振り向き笑うビュウの顔。それが陰って見えるのは彼らが慕う隊長としての姿しか知らないせいなのかもしれない。
「も、申し訳ありま――」
「いいんだ、ラッシュもビッケバッケもなんだ、暗い顔をしていい場面じゃないんだぞ?」
「え?」
 慌てて頭を下げるトゥルースと、言葉に詰まって押し黙るラッシュとビッケバッケ。そんな彼らに変わらぬ調子で声を上げて笑うと、ビュウは改めて絡まるようにして遊ぶドラゴンたちに向き直った。
「俺がこの立場にいることがそもそも奇跡なんだよ。親の七光りも嘘じゃないってな。言っておくけどな、俺とお前たちはそんなに変わりないんだからな?」
「アニキもまだまだ見習いってこと?」
「そういうことだ。だからほら、昔からオヤジに親しんでたドラゴンたちは未だに言うことを聞いてくれないしな」
 ビッケバッケの言葉に振り返り頷いたかと思うと、ビュウは影しか見えないドラゴンたちに向けてがくりと肩を落とした。
 
「俺はまだまだ未熟だし、学ぶことも多い。その分少しは道草を食うのも許されてる、ってところかな。ドラゴンたちといっしょさ」
「きゃふ?」
 自分たちの事をちくちくと言われている気がしてならない三人は顔を見合わせる。その間に興味が向いたドラゴンたちに、四人は知らぬ間に囲まれていた。
「よーしよし……。だからお前たちも一つでも多く学べたらと思ってる。遠足とは違うんだからな、緊張を持って挑んでくれよ」
「でもお城に帰るまでが遠征だよね?」
 真剣なのかとぼけてなのか、ビッケバッケの問いかけに四人の顔は自然と笑顔が浮かんでいたのだった。
想定外のパターン
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ビュウが戦竜隊隊長になって初めての年、サラマンダーたちにとっても初めての国内遠征でそわそわしちゃって具合のおかしいドラゴンたち。遠足じゃないんだぞーってナイトトリオといっしょにはしゃいでたら可愛いなって

それか人がいつもいる場合ってどんな感じなんだ


2021/05/19



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