「……ビュウ、ねえビュウってば!」
「あ、ああ。ごめん。なんだっけ?」
「もう! ずーっとうわの空なんだから!」
立ち止まった二人を避けるように、人の波は左右に分かれて流れていく。そのただ中にあって、メロディアは不機嫌そうに腰に手をやり頬を膨らませた。
それでも拭えない不安が、見上げる彼女の瞳を潤ませていることをさすがのビュウも見逃せなかった。
「……メロディアといっしょにいるの、やっぱりつまらないかな?」
「そんなことはないよ、ほら行こうか」
仲直りの印に差し出されたビュウの大きな手の指先を、ためらいがちにメロディアは握った。ごつごつざらざらとした、今だけは自分のためだけに広げられている手。
それは彼女の思いを包むように、優しくそれでいてしっかりと握り返されたのだった。
聖国カーナ、その王都の街路を二人は歩いていた。
見えない不安を抱えつつ空の平和を取り戻した解放軍の面々は、圧倒的な祝福に包まれながらオレルスへと帰還した。
平和を取り戻したとはいえ、共に戦ってきた面々にも未来への展望と希望が待っている。そんな彼らを故郷へと帰し、いざゴドランドへタラップを下ろしたとき彼女の瞳は縋るようにビュウを見つめていたのだった。
「ビュウにカーナを案内してほしい」
純粋かつ単純なメロディアの願いを、ビュウは迷うことなく受け入れた。といっても彼にとっては久々に降り立つ故郷を歩くことと同意だ。
「俺はゴドランドも案内してほしいけどな」
さりげなく繰り返したビュウの言葉に、メロディアは一瞬驚きに目を丸くしてからはにかんだ。
「今はまだ、おうちに帰りたくないの」
緩やかに続く坂道を、二人は波に逆らわずに下っていく。風上から吹く春先を知らせるまだ肌寒い風が二人の隙間を通り過ぎ、メロディアはたまらずビュウに身を寄せた。
「……まだちょっと寒いな」
急ごうか、と付け足してビュウは少し足を速める。そして少し発言するか戸惑ってからにこりと笑いかけた。
「ドラゴンを連れてきた方が良かったかな?」
「じょーけん、その二!」
まだまだ体はビュウにつけたまま、メロディアはむっと眉を寄せる。そんな彼女に二三度頷いて、ビュウは少し先を指さした。
「ドラゴンは連れて行かないこと、だよな。見えてきたぞ、あの看板の先だ」
「どこどこ?」
先ほどまでの機嫌はどこへやら。ビュウのズボンを支えにぐいと背伸びして、メロディアは目を輝かせたのだった。
「いらっしゃいませー!」
活気ある女性の声とどこかで嗅いだ甘い匂いに引き寄せられて、二人は可愛らしいモビールが天井を彩る店へと足を踏み入れた。
「ここなの?」
「ここもそうだし、あっちもそうだ。ここら一帯は|そういう《圏》場所なんだ。気に入ってくれるといいけど」
ビュウの言葉を背に、メロディアは店内をうろうろと歩き出す。ファンシーショップとカフェが併設された店は女の子が自然と集まる場所のようだった。
「美味しそうなドーナツ! ねえビュウ……?」
カラフルなドーナツが並ぶケースを右へ左へと移動して、ふと思い出したように入り口へ振り向いた。
「……あー、うん。どれにする?」
一方のビュウと言えば、相当珍しいのだろうか人々の視線から逃げるように体を縮こまらせていた。呼ばれたことを好機にいそいそとメロディアの隣に立つと、落ち着かない様子で店員を呼んだのだった。
「……ビュウの可愛いところ、見つけちゃったかも」
「勘弁してくれよ。そんな変だったかな……」
周囲になじむようにと、ワイシャツにジーンズ姿というラフな格好で町に繰り出したはずのビュウは襟裾を触って苦笑する。その一挙一動を見守るかのように周囲の席に座る女の子たちの声が彼に降り注ぎ、ビュウはやがて考えるのをやめてメロディアに向き直った。
「そんなことないよ、ビュウってカッコいいんだもん」
「そりゃどうも。ほら食べよう、美味しそうだ」
そうとは思っていないだけに、お世辞込みとはいえ褒められると若干気恥ずかしいものだ。ビュウはメロディアの笑顔にはにかむと、ケーキのようにしか見えないドーナツにフォークを入れた。
「予想外だったけど、ここにして良かったな」
「なになに? どこに行く予定だったの?」
甘いホイップとイチゴの甘酸っぱさの調和を楽しんでから、ビュウは彼女の皿に目を落とした。早くも彼女の皿に残された僅かなケーキに、食べるペースを速めようと次のフォークをイチゴに刺した。
「本人は忘れてないと思うんだけどな、旅立ちの理由はなんだった?」
「ドラゴンの背中に乗せてもらうこと!」
食べ始めてからフォークを握りっぱなしだったメロディアがカチャリ、と皿を鳴らした。背を伸ばしビュウを見据え、はきはきと語る姿は出会ったばかりの彼女の姿を思い出させた。
「たくさん触って、生きてる姿を見たかったの。メロディアの憧れだったから」
「結局、戦竜にばかり乗ってただろ? だから違う姿も見てもらおうと思ってたんだが、どうしたい?」
「うーん、どうしようかなー」
悩む姿勢にメロディアが入ったところで、ビュウは一息置いて紅茶を口にする。気づけばすっかり冷めていたそれを飲み干しポットを手を伸ばそうとした彼の動きを、彼女はあっさり止めたのだった。
「すっごく興味はあるよ! でもね、ビュウと一緒ならもっとたくさんのドラゴンと出会えるから今はいいかなーって」
「んっ?!」
予想外の返事に詰まった気管をぎりぎりでなだめて、ビュウは顔を背けて咳をした。それでも飛び出た紅茶とも唾とも分からないものをナフキンで拭いて恐る恐る顔を上げる彼の目に映ったものは、メロディアの困ったような笑顔だった。
「……ダメだった?」
「初耳だぞ、それは」
ぽつりと口にして、メロディアはポットの持ち手をビュウに向けた。それを大人しく手にして注ぐ二人の間に、なんとも言えない空気が流れる。
「俺にも予定はあるんだが――、とりあえずコレで手を打たないか?」
話題を逸らしたいとしか思えないビュウの視線の先には、店のマスコットであろうドラゴンをワンポイントにした髪ゴムが売り物として机の端に置かれていた。
「もう、いつまでも子供じゃないんだから!」
口先では怒ってみても、メロディアの表情は喜びに満ちていた。ビュウからお粗末な契約の証を手のひらに受け取って、二人の不思議な旅がここから始まったのだった。
手ぶらでは帰れない
6日はゴムの日らしいのでえっちなの……
じゃなくてメロディアの髪ゴム買ってあげる話でどうだ。彼女にはドラゴンの平和な面も見てもらいつつバハムートと対面して度肝を抜いて欲しいな!
2021/05/06