Novel / もっとちゃんとよく見ておけば


「なあ、やっぱり最近おかしくないか?」
「……ん?」
「とぼけるな。ドラゴンのことを放っておけるような男だったか、お前は」
 物見台に上ってからそこで初めて振り向いて、ビュウは今まで見たことのないような笑顔を見せた。逆光のせいで余計に眩しく見えるのが気に入らない。
「さすがに気づいたか。いやな、カーナ解放の時に俺は大事な決断をしたんだ。じきにホーネットにも分かるようになるさ」
「どうしてもったいぶるんだ? 教えろよ」
 舵を中指で小突きながら俺は回答を促した。いつもの問答、いつもの空気。ただビュウが言う通り彼らの故郷であるカーナを解放した直後のおかげか、船を覆う雰囲気は明るく浮かれていた。
 普段はいいように疲れているクルーや俺も含めて、ずいぶんと良い思いをさせてもらったしリフレッシュになっただろう。カーナから乗ってきた一人なんかは、新たな目標を前にして仕事を頑張ると俺に宣言してきたほどだ。

「……どうした? 顔色が悪いぞ」
「一端はお前のせいだ、責任を取れ」
 こつん。
 強くたたいた爪から指へと刺激が走る。抑えきれない苛立ちが言葉になって、ビュウの背中に突き刺さる。けれど本人も的になった理由が分からずに苦々しい笑いを浮かべると、降参とばかりに物見台を下り始めた。
「久々に手をかけた料理を食べて調子でも崩したか? それとも置いてきた女が恋しくなったか? ドラゴンに抜け駆けの片棒を担がせるのはやめてくれよ、せっかく――」
「……本当にドラゴンの話ばっかりなんだな、ビュウは」
「それは今さらだしお互いさまだろ。 おかげで船の仕組みが少し分かって俺は楽しかったよ」
 話の腰を折られても、ビュウは機嫌を損なわず言葉を紡ぐ。そういえば彼に船のうんちくを最後に語ったのはいつだっただろうか。まるでもう聞く機会もないかのような口ぶりに、俺は皮肉のつもりで口を開いた。
「俺からすればさっぱりだったな。 でもお前が幸せそうならいいんじゃないか?」
「――それもそうだな、ホーネットには迷惑をかけたと思ってる。すまなかった」
 とん、と最後の階段を下りたビュウの目は見開かれたかと思うと、水を立たれた花のようにすっかり気落ちした表情で小さく頭を下げてきた。
「……ビュウ」
「最後にもう少しだけ耐えてくれないか。俺もできるだけ頑張ってみるよ。もし気に障るなら薬を頼ってくれ。じゃあ」
 そこまで言い切ると、ビュウは小さく手をあげ去っていこうとする。はいさようなら、とならないのはこの場所が外に出る以外で一番ドラゴンをよく見られる場所だからに他ならない。

 吐いたつばは戻らない。すれ違った気持ちも戻せない。
 せめて次に顔を合わせたときのために繕おうと頭を回転させる俺の前で、ビュウはいつもの笑顔を浮かべて振り向いた。
「俺は、ホーネットとドラゴンの話ができて楽しかったよ」

「…………どうすりゃいいんだ」
 たまらず操舵輪に肘をかけ身を委ねて、俺は頭を抱えていた。
互いに暇を潰すための話題が、まさかここまでの悩みの種になるとは思ってもいなかったのだ。
 いや、素知らぬ顔をしてしまえば今まで通りの関係でいられるだろう。操舵主と戦竜隊隊長。それは船を降りれば全く無関係の人間になる。
 だが俺はこうして悩んでいるのだ。それは全て、ビュウが残した言葉に対する答えに悩んでいるからに他ならない。
 今日も甲板からドラゴンたちの賑やかな声が聞こえてくる。無視しようと思ってもできない航海の友のそれに、俺はしばらく耳を澄ましていたのだった。
もっとちゃんとよく見ておけば
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CP未満なのでホネビュウって書けない。本編が順当にいけばこういう感じなのかなとも思いつつ。
20210127



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