Novel / 騎士団の犬


「だから…………うるせえ! 触るんじゃねえよ!」
 力任せに振り抜かれた腕を軽く上半身を反らしてかわすと、目の前を肘の残像が掠れて消える。右肘も飛んでくるかと左腕を構えたところで、飛んできたのは暴力ではなかった。
「だからそのドラゴンくせえのを近づけんじゃねえ、つってんだよ! 分かってんのか!」

「…………そうか、すまなかった」
 目を離さずに謝っても、肝心の男の関心は左腰に収まった剣の柄に向けられていた。見れば見るほど実戦用の両刃剣で町を歩くには不釣り合いだ。だからこそ自分の出番だと足を止めたのに、と大事そうに柄をさする男に向けられた一人と一匹の視線。
 それに気づいたのかはっとすると、男は未だ収まらない怒りを唾とともに飛ばしながら一気にまくし立てた。
「戦竜隊だか規律だか知らねえけどな、俺は護身のために持ってんだよ! 特にこれに襲われた時のためにな! お前はこれが襲わないって誓えるのか、なあ? まあまあご丁寧に連れ立って尋問なんて、お前も立派な騎士団様の犬だよなあ!?」

「――はあ」
「くふふ……」
 これ見よがしに肩を落としたビュウの頬を、サラマンダーは舌でぺろりと舐める。
 エメラルド色の大きな透き通った目が、元気を出してと訴えていた。
 彼女がどこまで理解しているかは分からない。だが犬が同じようなことをしても気にとめる人は少ないはずだ、と前提条件を大幅に省いた行動にビュウはいっそうの歯がゆさを感じたのだった。
「大丈夫さ、この程度言われ慣れてる――」
「はずなんだけどなあ」
 ため息とともに、なんとも情けない声がビュウの口から漏れた。サラマンダーにもたれかかりたい衝動を抑えて顔をあげると、傍らで心配そうに瞬きをする彼女の目元に軽く口づけを落としてから大きく頷いて見せたのだった。
「さ、行こう。俺たちの仕事はまだ残ってるからな」
「きゃふふ!」
 ふわりと視界の端で揺れるサラマンダーの尻尾。それが自分に向けられた応援旗に見えて、ビュウは男の姿の消えた街路を再び歩き出したのだった。

騎士団の犬
BACK← HOMENEXT

見回りという名のデートの最中に真剣を持つ男を問い詰めたら相手がまさかのドラゴン嫌いだったでござるの巻。
できるだけビュウサラ増やしていきたいね~!
20210123



top