Novel / それから2時間が経過した


「――マテライトどの、帰ってこないでアリマスね」
 マハールを目指して雲海をひたすら進むファーレンハイト。
 そのブリッジの物見台で珍しく見張りをしているタイチョーが、ヒゲをいじりながらちらりと背後を伺った。
「あいつは昔から自分の心に正直だ。飽きたと言ったら本当に飽きたんだろ」
「そんな……でアリマス。あれだけ張り切っていたのに」
 どうやら彼の自慢のヒゲは感情すら表すらしい。がくりと肩を落とすと同時に萎えるヒゲの動きに、真実を伝えたとはいえ少しだけ申し訳なくなり励まそうと笑いかけた。
「元々短気なんだ、勘弁してやってくれ。それより――」
「……どうしたでアリマスか?」
 タイチョーにかけたい言葉はまだあるが、それでもマテライトの幸運を今だけは願いたい。自然と止まった口に、タイチョーは訝しげな表情を見せた。
「ああ、アレを食べてなければ気まぐれに戻ってくるかもと思ってな」
「アレ……でアリマスか」
 ふむふむと分かったように顎に手を当てるタイチョー。そんな彼は一旦置いて、ビュウはある意味祝福されたソレを足下から拾い上げた。

「ホーネット、疲れてるだろ。食べるか?」
「遠慮する。俺は見てないようでちゃんと見てたからな」
 手のひらより少し大きな、編み籠に入った未だ山盛りの丸形クッキー。先ほどからずっと空模様が怪しいせいか若干神経質そうに空を見ていたホーネットは、それをちらと見た瞬間ビュウをひと睨みしてすぐ操縦に戻ってしまった。
「それは! ヨヨ王女手作りのクッキーでアリマス。他人に分けて怒られないでアリマスか?」
「減らせるものなら減らしたいよ。でも食べさせたくはない」
 興味津々に首を伸ばして反応するタイチョーに、ビュウは苦笑して頭を横に振った。一見して矛盾している回答に瞬きをする彼に向かって、ビュウは深く肩を落としてみせたのだった。
「失敗してるんだ。ヨヨのやつ、砂糖と塩を間違えて作ったみたいだ。辛くてとても食べられない、が……」
「マテライトどのなら差し出されたら喜んで食べるでアリマス……!」
 タイチョーははっと息を呑み、ビュウは目をつむって頭を振り、ホーネットは二人の間で薄笑いを浮かべる。船の行く先を厚く覆う雲は、結果を知っているかのようにどこまでも続いているのだった。
それから2時間が経過した
BACK← HOMENEXT

偶然とはいえ8章のアレと似ていたもので。
間違えちゃった~!で済むのは二次元限定だけみたいですね……。
20210220



top