Novel / いつも強がり


「ねえねえルキア、どうしたらいいかな?」
「うーん、やっぱり無理はよくないと思うわ。私が白魔法を使えたらいいのにね」
 今だけは冗談にならないことを口にして、ルキアは余裕のある笑顔をみせた。それにつられるように笑って、ディアナは大きく首を横に振る。
「えへへ、ルキアの笑顔が私の回復魔法なんだから! ありがとう、ちょっと休んでくるね」
 ルキアも無理はしないで、と言い残して、ディアナは多少ふらつきながらベッドのエリアに向かう。かすかに残る彼女の好きなコロンの香りはすぐに消毒液の独特な刺激臭にかき消され、小さく手を振っていたルキアの意識は嫌でも現実に引き戻されたのだった。
「よし。私も頑張らないと!」
 ぽつぽつとベッドで休む女の子たちの姿を改めて目に入れて、ルキアは両手を小さく握って気合いを入れた。

「――はあ」
 働きの分だけ嘆息も大きいはず。これが充足感からくるものなら良かったものの、戦場から離れた彼女の気持ちはもやもやと晴れなかった。
「やっぱり、言葉でだますだけじゃ体はついてきてくれないよね……」
 言いながら手のひらをじっと見た。つい先ほどまで消毒綿を持っていた指先は乾き、ひどい臭いをあげていた。はじめは傷に染みて仕方なかったはずなのに、今は酷使した間接の痛みばかりが気にかかる。
「ううん、これよりみんなひどい怪我だったんだもの。大したことなんてない……大したことなんて」
 そんな指先を庇うようにさすりながら、ルキアは誰もいない船の隅で流れる雲を眺めていた。
 今は頭を空にしないと、自責の念に押しつぶされてしまいそうだ。意識をできるだけ遠くに向けようとしていたルキアは、近づいてくる気配にも影にも全く気づけずにいた。

「ここにいたのかルキア。 ……ルキア?」
 とんとん。
「ひゃあ?!」
 肩を軽く小突いた指先は、ルキアにとってネズミにかまれた衝撃のようだった。普段では出さないような声とともに腰が椅子から浮く。そのままストンと着席した後も、しばらくは背筋が凍ったように動けずにいた。
「……ルキア。すまない、驚かせるつもりはなかったんだ」
「ビュウ?」
 遠慮がちにかけられた困惑した声に、ルキアの金縛りはやっと溶けたようだった。やっとのことで振向いて言い訳をしようと口を開いたそのとき、彼はすでに自分から離れようとしていた。
「どこにもいないから探してはみたんだけど、ルキアも疲れてるんだよな。無遠慮だったよ。しばらく一人の方が――」
「――待って!」
 迷わず手が伸びる。思わず声が出る。たまらずビュウの手首を掴んだところで、ルキアは初めて取った行動を後悔した。
「ビュウには思いっきり隙を見られちゃったから……。誰かに言うかしら?」
「いいや、状況が状況だ。山場をやっと抜けたのもみんなの協力あってのことで、だから労って回ってたんだ。今お茶を用意してるはずだから一度戻らないか?」
 ルキアなりの茶目っ気に、ビュウも微笑みを崩さずに答える。だがあまりにも真面目な会話内容に、ルキアはゆっくり立ち上がると苦笑したのだった。
「本当に、ビュウはしっかりしてるのね。私も見習わなきゃ」
「いいや、そういう役割だからな。逃げられはしないから、最後まで果たそうとしているだけさ」
「ビュウ……。でも、ちょっとだけ弱いところを見せてもいいんじゃないかしら?」
「見られたから、か」
 くすりとビュウは笑う。つられて微笑みを取り戻すルキアにひとつ頷いて見せると、何を思ったのか来た方向とは逆に歩き出した。一瞬つんのめって彼女もそれに倣う。
「それじゃあ、少しだけ付き合ってもらおうかな。頼られるもの同士、少しは息抜きができる場所が必要なはずだ」
「そう、よね……?」
 ビュウの言葉の意味を頭で整理しながら、肩を並べてルキアは廊下を歩いた。彼の言葉に間違いはないが、二人の行く先には甲板に出るドアがあるだけだ。
「――あ、いい風」
「だろ?」
 おあつらえ向きに開け放たれたドアから吹き込む爽やかな風が二人の髪を撫でる。足が速まったのはどちらが先か分からないまま、二人は秘密の扉をくぐったのだった。
いつも強がり
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CPじゃないの。年長者はつらいよ
20210131



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