Novel / 従者の無念はいかばかりか


「……どうしても?」
 暖かく細い指が絡む。さらに包むように握られてしまうと、もうどこにも逃げられない。
 これは新しい手錠なのかと皮肉を述べる暇もなく、幼い主君は握った手にいっそう力を込めたのだった。
「どうしても手に入らないの、ビュウ?」

「あのなあ」
「うん」
 ため息をこぼしてもなお、彼女の瞳から希望の光は消えていない。むしろどうにかなるでしょ、という暗黙の了解をここでも飲ませようとしていることは手に取るようにわかった。
 だからこそ、どうにかして諦めてもらう必要がある。ビュウは一抹の望みにかけて腰を落とした。
 大きな青い造花をレースで包んだ、頭を飾るボンネット。それは王女という身の上を隠すためのものであったが、影の下にあっても年相応の少女らしいバラ色の頬と翡翠色の瞳は言い聞かせることを躊躇させるのに十分すぎた。
「――ほら、みんな並んでるだろう。ヨヨも順番は守れるよな?」
「…………ヨヨだけとくべつじゃ、だめ?」
 肌で春の訪れを感じ取るにはまだ早い、カーナ王都の街路は人々の笑顔に溢れていた。すみれ色のケープを肩からかけたヨヨは片手をその裾に伸ばしきゅっと握る。傍から見れば貴族のお嬢さんと若い従者にしか見えないだろうが、立場が立場だ。子猫のような丸い目で訴えられればマテライトなんかはイチコロだろう。

「ダメだ。今ここで正体を明かして、もし誘拐でもされたらどうする?」
「そうしたらビュウが助けてくれるでしょ?」
 つぼみがほころぶようにヨヨは笑う。何もかも彼女にとっては織り込み済みなのかもしれない。それを幼くして理解しているのか、彼女は小さく首をかしげて口角に微笑みを浮かべた。
「――それとも、本当はこわいの?」
「そんなワケあるか」
 空いた手で腰に差した剣の鞘を触ってビュウは苦笑した。ときどきこの主君は臣下を試すようなことを言い出すから困ったものだ。そして多くの場合、彼女は発言を実行に移す。
 可愛らしい少女の笑みも、今だけは小悪魔の企みに見えて仕方ない。実際そうするつもりだったのだろう、列を離れようとしたヨヨの腕をとっさに掴んで引き戻したかと思うと、一気に胸元まで抱き上げた。
「もう、ビュウのいじわる!」
 今の今まで声を潜めて会話していたことも忘れて、ヨヨは感情を露わにしながら足をばたつかせた。スカートにたくさん仕込んだレースがふわふわ揺れてビュウの肌をくすぐり、白く細い枝のような手足が胸を打つ。周囲の人間の興味を誘って視線を一瞬集めるが、まさか彼女が王女だとは思わなかったようだ。彼女の精一杯の抵抗もむなしく、しゅんと沈んだ表情でおとなしくなった。

「ヨヨ。待てるか?」
「……ビュウがこのままでいてくれるなら、いいよ」
 小さな胸が上下し、林檎色に染まった頬はまだ熱を帯びている。やんちゃなお姫様はその身をビュウに預けてやっと落ち着きを取り戻したようだった。
そのとき鼻先を甘い香りがくすぐり、店員が新しいリンゴパイが焼けたことをメガホン越しに伝えてくれる。
「もうすぐ、かな?」
「かもな」
 見下ろす視線の先に花咲く笑顔。ついに絆されたビュウの微笑みをヨヨはしばらく見つめてから、何かに気づいたかのように照れ笑いを浮かべて彼の胸元に顔を隠したのだった。
従者の無念はいかばかりか
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幼少期ビュウとヨヨ。二人の年齢はそれなりに開いていてもいいなと思ってます。
猫の日でもあるので子猫みたいな可愛さと気まぐれさを持つヨヨちゃん可愛い。
というわけで間を開けながらも30日チャレンジ最終日です。
毎日書くという癖はついたと思うので、これからは毎週末更新になると思います。
20210222



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