Novel / 鍵盤狂い


 その日も朝から快晴だった。
 涼やかな風、清々しく高い空。初夏のカーナらしく思わず動き出したくなる季節に違いない。
 だがここに、憂鬱な顔をした男がひとりいた。

「――はあ」
「……アニキ、お腹でも壊したの?」
「ビッケバッケじゃねえんだからよ。それに見てみろ、そんな顔してるか?」
「うーん……」
 覗いて離れて、覗いて離れて。
 ラッシュに言われるままに数度表情を伺ったビッケバッケは、改めて顔を上げてにこりと笑った。もちろん自分のお腹を抱えることは忘れない。
「――やっぱりお腹がすいてるんだよ!」
「ははは……」
「後で炊事場に行きましょうか」
 訴えるようにぐう、と鳴るお腹と屈託のない笑顔。それに絆されるようにラッシュとトゥルースは表情を崩したのだった。

「はあ…………」
「隊長。申し上げにくいのですが、朝から隊長がそれでは軍の指揮に関わるのでは……」
 機械を伺うように何度かビュウの前を行き来してから、トゥルースは覚悟を決めたようにビュウの前に座った。暖かな光を投げかけてくる太陽から逃げるように、ビュウは三人がどれだけ騒ごうが顔を上げない。あまり見かけない光景に勇気を出したトゥルースの行動に、ビュウはやっと疲れた顔を見せたのだった。
「俺はまだ副隊長だ。それに朝の訓練はこなしただろ? 気持ちは分かるが、放っといてくれないか」
「――そうかよ!」
 覇気のない笑みにトゥルースは顔を上げ、離れた場所に立っている二人に頭を振る。だが声が届いているおかげでそれより早く、ラッシュはずかずかと近づきながら声を爆発させたのだった。
「そんなにおれらが邪魔なのかよ! どうせピエロにもなれないうるさいヒヨコだ! でもな、ずっとそんな顔をされてたらおれらは後十日どうやって過ごしたらいいんだよ!」
「ラッシュ……。すまない、迷惑だったみたいだな。せめて寝床は分けて――」
 言いながら立ち上がったビュウの体は重心を失いふらつく。それをとっさに支えたラッシュの瞬発力に、二人は安堵の息を吐いた。
「アニキ、大丈夫?!」
「さすがですラッシュ!」
「……へへ、だから無理はすんなって」
 駆け寄ってきたビッケバッケとともにビュウを再び地面に座らせて、ラッシュはいつもの笑みを見せた。そして照れくさそうに鼻の下を擦ると、小さく頭を振ってみせた。

「ったく、ドラゴンがいないくらいでそんなに凹むなよな!」
「くらい、で済んだら今頃こんな姿を晒してないさ」
 もはや座ってすらいられない、と言いたげにビュウは青々とした草の広がる大地に身を預けた。太陽で暖まった青草の匂いが舞い上がりそれを胸いっぱいに吸うと、同時に思い出すのはやはり故郷に置いてきた相棒の姿だった。
「……ラッシュ。まさか」
「もっと早く気づけって。まあ、またこうならないように何か考えておかないとな」
 思わずトゥルースが眉をしかめる。そんな彼を小声で慰めつつ、ラッシュはビッケバッケを連れてビュウの元を離れていった。
 一方その場に残されたビュウといえば、舎弟の思いもどこへやら。自分勝手で悪いと反省はしつつも、草原を撫でながらつぶやいたのだった。
「サラマンダーは元気にしてるかな……」
鍵盤狂い
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サラマンダーの存在しないビュウサラ。
一方そのころ~を書いても楽しそう(書くとは言ってない)
20210130



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