Novel / 前言撤回


「……で、今日からここがオレ達の家になるわけだ。けどよ」
「ここを旅立ってから随分経ってますから、随分痛んでるようですが……」
「まずは家の空気を入れ替えなきゃ。やっと手に入れたオイラ達の家だもの、大切にしなきゃ!」
 頭を掻き困惑するラッシュ、顎に手をやり辺りを見渡すトゥルース。重たいその場の雰囲気を、ビッケバッケが張りあげた声は発散させた。

 ここは孤島テード。
 反乱軍――今でこそ解放軍だと持てはやされてはいるが、そんな彼らの出発点でもある辺境の地に、隊長であるビュウの舎弟であるナイト三人組は降り立っていた。
 何故かといえば、彼らの慕うビュウが自らこの放棄されたかつての拠点を譲ると言い出したからだ。
 このままカーナに戻って復興に尽力しますとも、国で暮らすとも口を並べて彼らは意見したが、ビュウはそれらを全て断った。彼の真意は彼にしか分からないのだろう。
 だが、せっかく手に入れた「三人の家」だ。無論三人で住むからには彼ら自身で手入れをせねばならない。

「で、俺は何をしたらいい?」
「まさかアニキまで手伝ってくれるなんて思ってなかったよー!」
「気持ちは嬉しいんだけどよ、カーナに戻らなくていいのか?」
「そうですよ、ビュウ隊長は復興のために一度戻られた方がいいのでは……」
「何、ヨヨやマテライトには伝えてあるから大丈夫さ。それに間違えるなよ?今の俺は『本人直接指定のバハムートライダー』だからな、お前たちを見守る事だって仕事の一部なんだぜ?」
 不安そうに問いかけるラッシュとトゥルースを尻目に、ビュウといえば傍らで頭を摺り寄せてくるサラマンダーの首筋を優しく撫でながら飄々と答えてみせた。数日前まで自らの生死すら賭けて双剣を振るっていた人物だとはとても思えない。
「で、だ。こういう時まずは何から始めたらいい?トゥルース」
 ビュウの双の瞳が、トゥルースを真っ直ぐ捉える。
「はい。ええとこういう場合はまず換気をして、痛んだ箇所を確認します。必要なものはリストアップして、家の内部と外部で役割を分担するべきでは」
「家の掃除もしなきゃダメだよね」
 始めはおろおろしていたトゥルースも、すぐに指を折りやるべき事を数えだした。それにビッケバッケも便乗する。
「そんでオレは何をすればいいんだよトゥルース」
「ラッシュはトゥルースに頼りすぎなんだよー、もっと考えろ、って武器商人のおじさんにも言われたばっかりじゃないか!」
「だってよ、ここでオレが必死に頭を捻るよりトゥルースに聞いたほうがずっと早いし的確なんだぜ!」
「……はぁ。全くあなたという人は。後でメモにまとめますのでそれまで待ってください」
 こめかみを指先で支えるように頭を落としたトゥルースは、そのまま彼らをぐるりと見回した。
「それでは、まずは家に新しい空気を取り込みましょう。ビュウ隊長も手伝って頂けますか?」
「もちろん」
 ビュウはにこやかに頷いた。

 玄関を開けると薄日に映し出された室内が視界に飛び込む。
 この家を出る前に見た光景とそう変わりはないな、とビュウは率直に思った。
 違いがあるとするならば、放置された家屋独特の鼻を突くカビの臭いと埃っぽい空気で満たされている事くらいだろう。
 来訪者もなくただ、いつ帰ってくるか分からない住人を待ち続けた家の淀んだ空気。それらが開かれた扉を歓迎するかのように一斉に動き始める。
 時の重みか、流れてくる空気の埃っぽさに思わず四人は小さく咽せた。
「うえー、くっせえ!」
 開口一番にそう言い放ったラッシュは、それでも空気の流れに逆らうように家の中へ入って行く。それにトゥルースとビッケバッケが片手で鼻を覆いつつ続いた。
 そして申し合わせたようにそれぞれが窓の前に立ち、一斉にそれを開け放つ。外の新鮮な空気が家に溜まっていた淀んだものを押し流し、何とか呼吸が出来るようにまでなった。
 それを待っていたかのようにそれぞれが深呼吸をすると、気持ちが落ち着いたのか家の中を興味深そうに眺めだした。
「これがぼくたちの新しい家かあ」
「そうですよビッケバッケ。今日からは三人で全ての事をこなすのです」
「うわあ、キッチン大分汚れてるねえ。道具も買い直さなきゃ」
 室内をうろうろしていたビッケバッケは早くも食べる事を考えているのかキッチンを覗くと、放置されて錆びたお玉やざるを手に取りながら状態を確認していた。
「なんだよビッケバッケ、もう飯の事考えてんのかー?」
「食事は実際大事ですよラッシュ。あなたも手を動かしてください」
「ちぇ。そういえばビュウ」
「なんだ?」
 突然呼び掛けられて、玄関に飾られていた今は萎れて乾ききった花を見ていたビュウは声、のする方向に顔を向けた。
「ビュウはこの家に入った事あんだろ?」
「あるけど全く覚えてないよ、自分の足を運んだ方が早いぞ。どうした?」
「いや、ほらさ。後で商売道具運び込まないといけないだろ?外じゃ不安だから倉庫みたいな部屋があればいいなーと思って」
「あー、それなら確か外の階段下に地下倉庫のドアがあったような。でも俺は中に入った事はないから調べるのは後にした方がいいと思うよ」
「隊長の言う通りです。地下は後回しにして、今はまだ手を付けていない二階の部屋を回るべきです。行きましょうラッシュ」
 ビュウの言葉を後押しするように、トゥルースはそう言うと二階へ続く階段を指した。ラッシュは二人に従うのが得策か、と言いたげに小さく頷くと階段へ向かう。
「すみません隊長、上の換気をしてきます。ビッケバッケの方を見て頂けますか?」
「分かった」
 トゥルースはビュウに向かって小さく会釈をするとラッシュの後を追った。その背中が消えるのを見届けてから、ビュウは物音のするキッチンへと足を運んだ。

 二人が二階から降りてきてから、四人は頭を並べてああだこうだと言い合いながらそれぞれの分担を決める。分担が決まった後の彼らの動きは手早いものだった。これもひとえに長い軍人生活の賜物だろうか。
 唯一他のラグーンへの移動手段を持っているビュウは、トゥルースから細々と入用な物の書かれたメモを託された。この忙しさの中でも整然と並んだ文字を見ながら、トゥルースらしいとビュウは苦笑した。

 

 ビュウが行って帰ってきても、作業はまだまだ続いていた。
 街角で買ったドーナツを皆で食べると、ビュウもその作業の輪に加わった。とはいえ、トゥルースが細かく指示を出しているせいか彼の仕事は合間を練るようなものばかりだった。
「俺の見てない間に、随分あいつらも成長してたんだな」
 太陽は正中をとうに過ぎ、後数時間もすれば空は茜色に染まり始めるだろう。その空の下で、ビュウはビッケバッケから託された洗いざらしのシーツ類を広げていた。
「昔はどうしようにもない野良犬で、食事のマナーひとつすらなってなかったあいつらが」
「今じゃどうだ、自分から進んで考え、実行し、成し遂げている」
「……親はなくても子は育つ、とはよく言ったものだな」
 ビュウは空を眩しいものを見るかのように仰いだ。初夏の風は彼の髪を撫でるように高く高く吹いていた。

 

 次の日はあいも変わらず快晴だった。空は高く青く、風は草木とじゃれてあってはそれらを空へ舞い上げる。
 ビュウは久々の大地に足のついたベッドで、洗いたての柔らかなタオルケットで身を包まれながらまどろんでいた。
 普段なら誰より遅く寝て早く起きる彼がここまで深い眠りについているのも舎弟たちの計らいであったのだが――。
「だから!どうしてラッシュはいつもそうなんですか!」
「うるせぇ!ビュウだって昨日言ってくれたじゃねぇか!」
「待って待って二人とも、喧嘩しないでよう……」
 明らかな喧騒。声の主はあの三人以外誰が居よう。声にたたき起こされるように、ビュウはベッドから抜け出した。
 彼らの声はどうも一階から聞こえるようだ。ビュウは寝ぼけ眼を擦ると、彼らを脅かさないよう静かに階段を下りていった。

「確かに隊長が褒めてくれた事が嬉しいとは思いますが、それでもラッシュはまだまだ未熟です!」
「未熟ってなんだよ!それを言うならトゥルースだって……!」
「だから喧嘩はやめようよ、ダメになった朝ご飯は戻ってこないんだよ!」
 ――朝ごはん……?
 ビュウは階段を下りきった。しかしまだ三人には気付かれていないようだった。
 その場で彼が感じ取ったものは、明らかな異臭。鼻につく焦げ臭さ。これは何の臭いだ?
 それにビッケバッケは言った、朝食は戻ってこない、と。だとすれば。
 ビュウは来るべき時を想像して頭を抱えたくなったが、逃げ出すわけにもいかぬ、と戦場であろう台所へ向かった。そして彼らの姿が見える距離まで近づいたとき、ビュウは思わず鼻をつまんだ。

 明らかに強くなる異臭。これは肉の焦げた臭いなのだろうか?戦場で嫌というほど嗅いだ臭いが鼻腔をかすめる。
 これは一体?疑問符が次々と浮かぶ中、ビュウは一歩一歩慎重に歩を進めた。
「アニキ!アニキおはよう!」
 その中で、まず先にビッケバッケに見つかった。始めは明るく挨拶をする彼も、明らかな顰め面のビュウに心配そうに声をかける。
「……アニキ大丈夫?」
「おはよう。……それよりなんだこの臭いは、盛大にやらかしたようだけど」
「その……これはね、アニキ」
 オドオドと説明をしようとするビッケバッケに割り込むように、ラッシュとトゥルースが二人の元にやってきた。
「おうビュウ!よく寝れたか?」
「おはようございますビュウ隊長。お目覚めはいかがでしたか?」
「おはようラッシュ、トゥルース。目覚めはよかったんだ。お前たちの喧騒を聞くまではな」
 ビュウの言葉を聞いて、ラッシュとトゥルースは思わず顔を見合わせる。
「一体何をやらかしたんだ……?」
「何をしてたって分からねぇのか、朝飯作ってたんだよ、朝飯!」
「すみませんビュウ隊長、私たちがいながらこのような異臭騒ぎを起こしてしまいまして」
「異臭ってなんだよ!確かにちょっと臭いけど、立派な朝飯じゃねえか!」
「……ラッシュ、これアニキに食べさせるつもりだったの?」
 ラッシュの発言に、思わずビッケバッケが眉を顰める。
 その対応に、今度はラッシュがわたわたし始めた。取り付く島もない事は、一目見て明らかなはずなのだが。
 普段頼りにしている筈の二人から放たれる冷たい視線を受けて、ついにラッシュは異臭の発生源を指差すと半ばやけくそ気味に口を開いた。
「何だよ、だったらビュウ、オレの作った朝飯が食えるかどうか直接見てくれよ!」
「……分かった」
 ビュウはげんなりした表情で三人の顔を見やった。ビッケバッケもトゥルースも、彼に同情するかのような視線を向ける。ビッケバッケに至っては口元に両手を当てて目を潤ませている。まるでこの後起ころうとしている事態を恐れているかのようだ。
 ビュウの口から、自然と息が零れた。しかしどう足掻いた所で事態が好転する事はないだろう。
 ええい、ままよとビュウはラッシュが言う「朝食」を目に収めることにした。

 ――そこはまるで、戦場跡のようだった。
 フライパンは焦げ、鍋は煤け、まな板の上には昨日確かに自分の目で選んだはずのトマトが見るも無残な姿を晒していた。
 そして何とか隔離されたのであろう、白い皿の上には縁がちりちりになった目玉焼きらしきものと、焦げ付いたせいで黒い塊にしか見えないウインナーらしきものが荒野に横たわる遺体のように転がっていた。
「これ、全部オレが一人でやったんだぜ!」
 ラッシュは胸を張る。が、今のビュウにそれは全く見えていなかった。
 哀れむような視線を背中に受けながら、ビュウは皿の上の肉塊をそっと箸でつまみあげる。
 表面がかさかさに乾いたそれを、恐る恐る口に運び……。
「……前言、撤回だ」

 昨日までの思いを全て吐き出すように、ビュウは口を開かずにはいられなかった。

前言撤回
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いつか加筆修正します、と発言していた事をすっかり忘れていたのでしました。
原文はこちら。2012年4月の物でした。見直すのが恥ずかしかったです。
少しは分かりやすく肉付け出来たのかなあ、なんて思いながら書いていました。たまには見返すのもいいかもしれないですね(でもやっぱり恥ずかしい)。
2014/10/26



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