Novel / ベッドの下のあの本


 ファーレンハイトの夜は長い。
 というのも仮にも戦時中であり、集団行動をしている以上寝起きの時間が強要されているだめだ。
 反乱軍の中には強要といって嫌う思春期の若者が多い。が実際帝国との戦いが始まれば就寝時刻と共に一瞬で寝静まる事実を考えれば、そうやって文句が出るのは微笑ましい平和の一面なのかもしれない。
 そしてここにも、不満を口にしつつも長い夜を楽しむ男がひとり。

 ラッシュは息を殺して気配を探っていた。
 反乱軍の面々には個室が用意されていた。とはいえ元々貨物船だったものに急ごしらえで壁を作ったものなので、あればマシ程度のものなのだが。
 そして彼にも部屋は用意されていた。しかし長らく生活を共にしてきたトゥルースとビッケバッケと共に寝起きするために、彼らはの部屋は少し広めの部屋にベッドを三つ並べたものだった。
 カーナにいたころでも、彼らだけの部屋というものがなかったせいで今のこの待遇はとても喜ばしいことだった。実際眠れない夜にこそこそと話をする事に妙に心が躍るのだ。
 しかし今、ラッシュには個人で楽しみたいものがあった。
 だからこそ、二人が寝ていることを確認してから安心して事を楽しみたいのだ。
 ラッシュはそっとベッドを降りると、自分の隣で寝ているトゥルース、そしてその隣のビッケバッケが眠っていることを確かめた。ビッケバッケの小さないびきが、静かな空間に心地よくリズムを刻んでいる。
 よしよし良く寝てるな、と内心ラッシュは一息つくと自分のベッドに戻って眠りにつく、かと思いきやベッドの下に四つんばいになって何かを取り出したようだ。
 そしてほくほくした顔でベッドに顔を出した、そのとき。

 「ラッシュ?」
 「お、んん?!」
 完全に油断していただけあって、ラッシュは大声を出しかけたが何とかそれを自制した。
 飛び出しそうなまでに目を剥いたラッシュを前に、声を掛けた主、トゥルースは戸惑いの表情を見せつつ恐る恐る口を開く。
 「どうしたんですか、こんな時間に」
 「あ、いや、寝れねーからちょっと」
 突然の出来事にまだ対応しきれていないのか、ラッシュはどきまぎしながらそれだけ言うと、手にしたそれを背に隠した。
 「何ですか、読書なら読書と言えばいいのに。確かにラッシュなら読書はいい睡眠薬でしょうね」
 「げっ」
 ラッシュの口から思わず声が漏れた。どの部屋も緊急時のために薄明かりが灯ってはいるが、物が完全に見える事は少なくともはない。トゥルースは形で判断したのだろうか。確かに昔から読書の習慣がないラッシュにとって、この状況を逆に使うしかないと追い詰められた思考が判断した。
 「……?どうしましたラッシュ」
 「え、いやあそうなんだ。でも一人で読みたいからさ、その」
 「ラッシュが独り占めしたいほどのものなんて珍しいですね」
 ……これだからバカはいやなんだ、とラッシュは頭を抱えた。欲望に素直すぎるのも問題だなと後悔するしかなかった。しかしトゥルースがこうして興味を示した以上、もはや隠し事をすればするだけどツボにはまるだろう。
 ラッシュは腹をくくって、背に隠したそれをベッドに出した。トゥルースの視線がラッシュの顔からそれに移る。
 薄明かりの中、何とか確認できるそれはどう見ても女性物の写真集だった。
 「これは、その、……どこで手に入れたんですか」
 「カーナにいたころ古本屋で見かけて、どうしても欲しくて手に入れたんだ。ここに持ち込むの大変だったんだぞ」
 「はあ、そうですか」
 何故か胸を張り自慢げなラッシュに、トゥルースは視線を送ると小さくため息を返した。
 「何だよ反応薄いなあ。オレ、この写真見てると何か落ち着くんだよな」
 「落ち着く、ですか……」
 言われて二人は写真集に目を落とす。肌の透けそうな衣装に身を包み、こちらに向かって微笑む柔らかなブロンドの年端もいかない少女の表紙。
 「どことなく、ヨヨ様に似ているかもしれません」
 「ヨヨ様……」
 ラッシュは写真から目を離さず呟いた。本人を前にすれば似ても似つかないのだろうが、少女を脱していない幼さの残る彼女と記憶の中のヨヨとが被って見えるのだ。だからこそ、心が落ち着かないときは彼女を眺めて落ち着かせるのだ。実際の彼女は今でも見るだけで心臓が張り裂けそうになる。
 「初めて私たちがヨヨ様と出会った時の事を忘れたくないのですか」
 「そうだよ悪いか。あんなに綺麗な人、オレ初めて見たぜ」
 「それは今でも変わりません。しかしヨヨ様には」
 「トゥルースお前」
 「……すみません、ラッシュの思いを否定したい訳ではないんです」
 ラッシュの鋭い視線に、トゥルースはそれだけ言うとすっと背を向けベッドに入りなおした。
 「確かにビュウ隊長は目標とすべき方です。ラッシュがその写真を見てそのことも思い出すなら、私は出来る限り協力しますよ。ヨヨ様の笑顔を守る使命を帯びるものとして」
 ラッシュは何も答えなかった。やがてトゥルースの静かな寝息が耳に届くまで、彼はただただ微笑む少女と対峙していた。
 いつかは自分の綺麗な思い出と、決着を付けねばならぬと思いながら。

ベッドの下のあの本
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ラッシュ→ヨヨに一目ぼれ、初恋。ビュウに対しては恋愛のライバルとして超えたい相手として認めながら、心のどこかで超えられない相手として認識している
トゥルース→ヨヨはカーナのナイトとして守るべき相手。ビュウは頼れる隊長であり彼を目標として成長しようとするのは良いことと認識している。ラッシュに対してはヨヨへの気持ちを恋愛と捉えておらずヨヨをより近くで守りたいのだと思っている。
から認識が違うし互いに理解してないし理解したくないのではと思ってる。
本当に個人の性欲ってどう解消してるのか気になって仕方ないです(台無し)
第84回フリーワンライのお題:ベッドの下のあの本 から。20160221



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