Novel / イチゴ畑でつかまえて


 ベロスの春は短い。
 まず他のどのラグーンよりも高度が高く、一年を通して寒い。
 だからこそ僅かな春がもたらす恵みを喜びを、彼らは全身をもって受け入れるのだ。
 それでも土地は貧しく、食卓に上がる食べ物にもあまり彩りがない。国王は贅を尽くしていると言われているが、力こそが全てのこの国で、愚痴をたれるだけ無駄というものだった。
 そんな長い冬を越えて、ついに訪れたグランベロスによるオレルスの統一。
 それを叶えるべく協力した彼らにも、やっとわが世の春が訪れるかと思いきやーー。


「おかしいと思わないか? この待遇の差に!」
「……別に」
「君は実験さえできればどこでもいいんだな……」
 モヒカンに肩パッド、といういでたちからは想像できないような、至極丁寧な言葉を発しながらも、男の表情はうんざりしていた。
「感謝しろよ。成功すればお前の部下になるんだからな」
「えっ」
「話が通っていなかったのか……」
 思わず絶句する男を一瞥して、女はあきれたようにため息をはいた。
「そのために私は本国で実験をさせていただいている。お前も集められたドラゴンたちの調教係としてここにいるのだろう。これ以上何の不満があるんだ?」
 白く細長い、手折れそうな体躯とは正反対の、しなやかで芯の通った女の物言いに、同僚とはいえ男は文句を言わずにはいられなかった。
「おれの部下って、さあ……。君が育ててるのって生きてる死体じゃないか」
「アンデッド、と呼んでくれ。私の可愛くて忠実な部下だちだ」
「ひえっ! ……おれはな、潔癖とまではいかないけど綺麗じゃないと気がすまないんだよ! 知らないのか?!」
 言葉と共に男は文字通り身震いした。生を侮辱した存在である以上に、様々な病気の元になりうる存在が傍にいるという状況を想像するのもおぞましかった。だが、あくまで女は涼しい顔をしている。彼女の思いは、まさに言葉の通りといったところなのだろう。
「知らないし関係ないな。私はあの方のお手伝いができればそれでいい」
「くっそー!」
 たまらずその場で足踏みをする男。事態はまさに踏んだりけったりだ。しかしこのまま引くわけにはいかない。男――ペルソナはにやりと笑みをこぼした。

「君はそういう人だったね。でも」
 冷たく一言を発して黙る彼女に対して、ペルソナは意地悪い笑みをこぼす。そしてわざとらしいくらい楽しそうに声を弾ませたのだった。
「今の季節ならイチゴだな。あっちのイチゴは甘くて美味いんだよなあ」
「……甘いイチゴなんて、あるの」
 彼女の目がきらりと光ったのを、ペルソナは見逃さない。ここで逃したら、彼の計画は全て水の泡なのだ。
「そうさ、ベロスのイチゴは小さくて硬くてすっぱいだろ?」
 うんうん、と頷きながらラディアはすっかりペルソナの話に夢中になっていた。
「それがどうだ、キャンベルには大きくて甘いイチゴがたくさん生ってて、あいつは毎日デザートとして食べてるんだぞ。これでもラディアはずるくないと思わないのか?」
「……ずるい。私にも食べる権利がある。そうだろうペルソナ」
「そうだろうとも!」
 思ったとおりの反応に、ペルソナは頷くとぐっと右手を握る。それと同時にくしゃりと音がして、ことの原因をもたらした紙はあっけなく握りつぶされてしまった。
「しかしどうするつもりだ? キャンベルまでの距離を知らないわけではないだろう」
 ラディアの問いはもっともだった。高度が正反対のベロスとキャンベル。そんな二国を、一日二日で渡ることができないのは子供でも理解できる。
 だがそれを叶えることができる方法をペルソナは知っていた。彼は不敵な笑みを口の端に浮かべて小さく笑った。
「大丈夫。おれに考えがある」


 ぜえぜえと胸を押さえて息をつくラディアの隣で、ペルソナはいつになく上機嫌だった。立派に役目を果たした愛竜の首を撫でながらしきりに言葉をかけると、凶暴そうな見た目のドラゴンはぐるぐると喉を鳴らしながら彼に甘えるように顔を摺り寄せた。
「いつまで息あげてるんだよ、もっと運動て筋肉つけようぜ!」
「……私には、そんなもの、必要ない」
 ペルソナに悪態をつきながら、息を整えたラディアは一人と一匹に背を向ける。
「それにほら、向こうから来てくれたみたいだぞ」
 え、と抜けた声をあげるペルソナの目に映ったもの。それは壁の向こうからがちゃがちゃとやかましい音を立てながら駆け寄ってくる男たちの姿だった。
 非番なのか、単に油断していたのか。抜き身の武器を手にしていないだけ安心できたが、脳みその中まで筋肉の詰まっていそうな見た目は二人を黙らせるのに十分すぎた。
「なんだなんだ?!」
「ドラゴン一匹で突入する勇気は買ってやろう!」
「ここがどなたの土地か知ってきたんだろうな!」
「……向こうに連絡は」
「……してないんだな、これが」
「ぎゃうう!」
 後から後から沸いてくる、厳つい男たち。それらににじり寄られながら、ペルソナはただへらへらと笑っているのだった。

***

「がははは! いいぞ、その心意気。オレが買ったぜ!」
「はっは、さすがゾンベルド。話が早くて助かるぜ」
 互いに背中をばんばん叩きつつ、ペルソナと肩を組んで裏表のない笑顔を浮かべる一人の男。彼こそ将軍としては同期のゾンベルド張本人であり、なぜか気候の温暖なキャンベルを統治することになっていた。
「それで、なんだ。イチゴだったか?」
「ここのイチゴが甘いと聞いた。本当か」
 つ、と細い指をペルソナに向けてラディアは問いかける。冷たい彼女の表情とは正反対の、むしろ暑苦しいくらいの笑顔が今だけは心強かった。
「確かに今の季節はイチゴが美味いな。けどな、それだけじゃあないぜ!」
 えっ、とラディアの声がこぼれ、ペルソナも思わずゾンベルドを凝視する。だがそれを吹き飛ばすように、彼は豪快に笑ってみせたのだった。声が部屋に響き渡ったのだった。
「せっかくだからな。目ん玉かっぽじってよーく見てけよ!」

 ゾンベルドと側近の数人に連れられて、二人は拠点から少し離れた場所にきていた。太陽を隠すものなどなにもない、見渡す限りの田園風景が広がっている。これだけでも珍しいものだったが、立ち止まったゾンベルドは振り返ると大きく胸を張った。
「見ろ! これがオレが考えた、キャンベル統治軍の台所だー!!」
「……やかましいし土くさ、げっほげほ」
「どうしたラディア、肥えた土の匂いにむせたか! お前自身のモヤシみたいな体をこの農場で鍛えるのもいいな! 汗水たらした後のメシは美味いぞー!」
 むせるラディアの背中をゾンベルドは軽く叩いた、つもりだろうが力に関して正反対の二人。軽く足が浮いたところを、とっさにペルソナの手が引き止めた。
「なあ、見えるこれ全部、お前たちの手で作ったのか?」
「そうだ。でもここまで立派なもんが出来たのには理由があるんだよな……」
 しみじみとした物言いで農園へ向き直るゾンベルド。二人の後ろについている側近も、思うところがあるのか深々と頷いていた。
「何があった? 元々我らベロスは身分制だろう。戦士が鍬を持つなど――!」
 疑問だけで終わらない、険を含んだラディアの発言にその場が凍りついた。氷のような彼女の視線がゾンベルドに突き刺さる。ここにいる誰もが、世界を手中に収めた名誉あるグランベロスの軍人なのだ。
「――あの、ほら、ラディア。ここにはそもそもイチゴを食べにきたのであって」
「まさか斧を鍬に持ち替えているなどと知っていたら誘いは断っていた。これではあの方の意思に背くではないか。お前もお前だぞ、ペルソナ――」
「あの方、ってえとグドルフ様か。はっはっは、安心しろ。ちゃーんと指示は仰いだからよ!」
「…………は?」
 明るいゾンベルドの笑顔に、空気がたちまち氷解していく。その逆に、ラディアは魂を抜かれたかのように口をぽかんと開けたまま動かなくなったのだった。
「それもこれも、キャンベルのやつらがよ。「食料はくれてやるが食いたきゃ育てろ」って苗と育て方だけ教えてきやがったんだ。これで中立を保ってるつもりなんだから笑っちまうだろ?」
「でも結局育てることにしたと」
「文句はたれても芽は育たないからな。それに知ってるか? 農作業ってのは想像以上の重労働なんだぜ。これがまたいい訓練になるって、部下どもはみんな喜んで鍬を振るうんだ。それが三年続いた結果がこれさ。最近作るだけじゃ物足りなくて本土に持ち込みたいと思ってたからちょうどいいところに来たな。イチゴでも何でも食って、美味いと思うもんをグドルフ様に献上すれば喜ぶぞ、なあラディア!」
「――え?」
「すまんゾンベルド、とりあえずイチゴ畑まで案内してくれないか? そうすりゃこいつのやる気も戻ってくるはずだからよ」
「それもそうだな。よーし、はぐれるなよ!」
 自身の説明を流されたことも気にせず、ゾンベルドは悠々とあぜ道を歩いていく。衝撃から立ち直っていないラディアの手を握りながら、ペルソナは彼女に少しだけ同情を寄せたのだった。

イチゴ畑でつかまえて
BACK← HOMENEXT

スクウェア系同人サークル、「BlownFluffy」に出したかったものです。発行にあわせてイチゴをネタに盛りたかったんですが
原稿に負けた結果がこれ。原稿2ページ分縛りは守ってます。
まさかのグランベロス側の話ですが、ただでさえ設定作ってる部分があるのに会員さんにバハラグ未プレイの方が多いので
こんなもん読んだら色々勘違いしそうです。勘違いしたままプレイしてみて欲しい(ひどい)
20180407



top