Novel / 「地図が上下逆さまじゃないか」


 「きゃふー?」
 「ああ、それに涎が……」
 言いかけて、青年はくすりと微笑むと風にひらひらと揺れる地図を手に取った。
 「ほら、もう見たりしないから」
 「ぐふー…………」
 サラマンダーの喉は長く低く不満を、じとりと見下ろす目は疑念を表している。
 「……くう」
 しかし、彼のドラゴンすら殺す笑顔の前には到底敵わない。ため息にも似た声をあげると、サラマンダーはゆっくり口を開いたのだった。
 「ありがとう。まあ、もう使わないけど、なっと」
 「ぎゃう?!」
 ビュウから取り上げた際に穴を開けてしまい、その上自分の涎までつけてしまった見知らぬ土地の地図。それを返してもらったビュウは、表情一つ変えずに縦横と大雑把に破くとひょいと投げ捨ててしまったのだ。

 思わぬ行動に驚いたのはむしろサラマンダーのほうだ。緩やかな風に流されていく地図だったものを拾おうと振り返る。ドラゴンの脚力と視力をもってすれば、たった四枚の紙切れを集めるのは容易いだろう。
 「サラ」
 「きゃふう」
 だが、たった一言がそれを引き止めた。だって、と言いたげに頭を下げ顔を覗きこむサラマンダーの首筋を撫でながら、彼の表情は変わらず穏やかだ。
 「サラが言いたいことはなんとなく分かるよ、ずっと楽しみにしてたのは一緒だもんな」
 「くふー!」
 サラマンダーの鼻の穴が膨らんだ。そう、ビュウ以上にサラマンダーはこの日を楽しみにしていたのだ。だからこそ失ってしまった地図が惜しい。とっくに流され見えなくなったそれを惜しむように、サラマンダーは僅かに首をもたげたのだった。

 ***

 「サラ、これなんだと思う?」
 「くー?」
 変わりのない穏やかな日々。いつものお気に入りの場所で日向ぼっこをしていたサラマンダーのもとをビュウが訪れた。いつもの楽しそうな表情と足取りだったが、来るなり目の前で広げたそれが彼をもっと楽しませていたようだった。
 「ああ、食べちゃだめだよ。なんたってこれは宝の地図、らしいから」
 「きゃう?」
 「……やっぱり分からないよなあ。まあいいんだ。それでね」
 首をかしげたサラマンダーに笑いかけて、ビュウは隣に座って地図を膝の上に広げる。
 地図自体は見たことがある。地図という絵文字の塊を目印に、人間が道を歩くことをサラマンダーが覚えていただけに過ぎないのだが。
 「これね、なんでか案内所の親父にもらったんだ。俺が持ってても仕方ないだろ、って言われて押し付けられたんだ。親父も冒険家にもらったらしくてな、ここに何があるかは親父も知らないらしいんだ」
 言いながらビュウは、ある一点についた×印をとんとんと指で叩く。何かあるのだろうかと顔を寄せたサラマンダーに向かって彼は満面の笑みを浮かべた。
 「なあ、サラ。いつか二人で、宝を探しに行かないか?」

 ***

 そう言われてどれだけ経っただろうか。
 ときどき地図を隣で並べては、宝の中身をあれやこれやとビュウは予想した。きらきらしたものは好きだし動くものはもっと好きだけれど、人間にとって価値のあるものはそれだけでは収まらないらしかった。
 けれど楽しそうに語るビュウと過ごす時間が、何でもない毎日の中でどれだけ大切なものだったかを、今のビュウに伝えたい。
 「ビュウ」
 「どうした? ほら行こう」
 そう声をかけて、ビュウはゆっくり歩き出した。その歩調に合わせて隣を歩いていると、緩やかな木陰の道は唐突な終わりを告げた。
 そこは名もなき小さなラグーンの端らしかった。そこから折り返して、さらに上へと続く道がある。しかしビュウはそちらに興味がないらしく、目先にある一本の巨木の陰に腰掛けるとサラマンダーを手招きしたのだった。

 「静かでいいラグーンだ。サラにとっては小さすぎるかな?」
 「うーん、たしかにちっちゃいかも……」
 ビュウの問いかけに、サラマンダーは小さく俯いた。上空から見た限り、周囲のラグーンも似たり寄ったりの大きさで、飛んでいれば気にもかけない大きさであるのは確かだ。だからこそ、彼がここだと指をさしたことにやっと違和感を覚えたようだった。
 「……あれ?」
 「どうした? もしかして気づいたのか、いやまさか」
 ビュウは一瞬目を見張ったが、きょろきょろと辺りを見回すサラマンダーの可愛らしさに目を細めた。もしサラマンダーが答えたところで、その意味を理解することはできない。そう思うと同時にドラゴンおやじの顔が脳裏をよぎり、彼にどれだけ依存していたのかと苦笑するしかなかった。

 「ビュウ、どうしたのー? はやくいこうよ!」
 「ああ、道の先に何があるのか気になるのか。きっと宝箱があったとしても、中身はからっぽだと思うよ」
 「…………?」
 相変わらず目の前の道は緑を割って緩やかに続き、その先は折り返しているのかサラマンダーの視力をもってしても見えない。見知らぬ人が置いたものの正体が気になっていたサラマンダーは、意外なビュウの言葉に思わず彼の顔を見た。
 「きっとこの島は、息抜きか何かのために誰かが手を入れてるんだろうね。こんなに広くて歩きやすくい道が、自然にできるとは思えないだろ?」
 サラマンダーの目は、まっすぐ伸ばしたビュウの指先を追った。人のいない場所にしては、固められた土の道は確かに違和感を覚えさせるものだった。思い返せば、ビュウがこの島に着陸するよう言ったとき、目印にでもするように円形の広場まで用意していたのだ。わざとと言うには手が込みすぎているだろう。

 「……本当に物好きな人がいるんだな。会えるものなら会ってみたいよ」
 「どうして?」
 呟いて立ち上がるビュウに問いかけて、サラマンダーは彼の頬を舐める。それに応えるように口付けを返すと、ビュウはくすりと微笑んで数歩進み出た。
 「あの地図に書いてあったんだ。「翼を持つ者のみにその資格はある」って。つまりこの場所を作った人もドラゴンと暮らしていて、一緒の時間をゆっくり過ごすためにいろいろ用意したってことさ」
 くるり、と片足を軸にサラマンダーに向き直ったビュウの表情からは喜びが溢れていた。そのままサラマンダーの胸に倒れるように歩み寄ると、両手を回しても指先が届かないほど豊かな胸をぎゅっと抱きしめたのだった。

 「ビュウ~~」
 その体を包み込むように、サラマンダーは長い首をぐるりと這わせると隣に並んだ顔をぺろりと舐めた。これ以上にないだろうという幸せそうな顔のビュウを見つめていると、彼のいう言葉の意味が分かる気がした。
 「ボク、ビュウとずっとこうしてたいよ!」
 「ああ、サラも嬉しいのか。この場所を用意してくれた人にいつかお礼を言えたらな」
 ぐうぐう、と喉を鳴らすサラマンダーの胸に顔をうずめながら、ビュウは大切な者と過ごす時間を分けてもらえたことに感謝した。

 やがて時間がやってきて、ラグーンを離れなければなえらないときがくる。
 それでもビュウは、サラマンダーと過ごすこのひと時を記憶に刻もうと大きく息を吸い込んだ。新鮮な緑と強くなり始めた獣の香り。ここでの体験が、またお互いの関係を強くするのだろう。
 木陰を吹き抜ける風が、今だけは二人の物語を彩っているのだった。

「地図が上下逆さまじゃないか」
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とにかくビュウサラ相思相愛が読みたかった。
思いつきで書くからぐだぐだする。SSはいつもそんな感じ。
別エンドはイチャコラせずに宝箱までたどり着いて中身はからっぽ、代わりにサラマンダーの羽を入れて製作者に気づいてもらえたら、って感じでした。
20180912



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