Novel / ある噂の終わり


 「やあ」
 「ビュウ! 気分はどう?」
 「まあまあ、かな」
 答えてビュウはルキアに柔らかな笑みをみせたのだった。

 オレルスとは空の色も雰囲気も違う、異世界アルタイル。
 違和感だらけの場所にやってきて、解放軍と名を変えグランベロスを統べるグドルフを撃破した彼らの間に、戦争が終わるという噂が沸き立っていた。
 「……空の色はこんなに不気味なのにね」
 「ルキアは不安、ってところか」
 ビュウの言葉にルキアは手すりに肘をかけもたれかかると、小さくため息をついたのだった。
 「ほら、気持ちが揺らいだとき、って空を眺めると落ち着いたり励まされたりするでしょう? でもこれじゃまるで空が戸惑ってるみたい」
 暗色を取り混ぜたような今の空の色は、ルキアの心を乱すには十分だった。
 めでたい話で持ちきりなのは、この先に立ちはだかる存在への不安への比例でもある。だからこそ、彼女はこうして一番空に近いブリッジまでやってきたのだ。

 「でもほら、冷たいけれど風は吹いていて、雲もしっかり流れてる。どうしてこんな色なのかは分からないけど、逆にその謎を明かしたくて俺はわくわくしてるよ」 
 けれどそんなルキアに反して、ビュウの口調はいつものように落ち着いていた。それどころか不安な顔は見えず、目前の空の謎に目を輝かせているのだ。
 「ふふ、やっぱりビュウって不思議な人」
 「……そうかな?」
 少し眉根を寄せるビュウに、ルキアは慌てて首を横に振った。
 「違うの! 否定的な意味じゃなくて、その……」
 うん、とビュウは頷いた。とにかく悪意がないことだけは分かってくれたようで、ルキアはほっと胸をなで下ろした。
 「空気が重かったり、不安が張り詰めているときでも、ビュウはなんでもないように振舞うでしょう? それはずっと、励ますための演技だと思ってたの。でもそれがビュウなんだ、って今になって気づいたのよ」
 「助力が必要なら行動を起こすけど、それ以外は別に。俺が口出ししなくても、協力して解決できるみたいだしな」
 ビュウはにこりと笑ってみせた。必ず皆の顔を見て回り、言葉を交わす理由は仲を確認するためなのだろう。
 その彼の地道な努力にルキアは頭の下がる思いをしたが、すぐにビュウの視線が自分から逸れたことに気づいて同じ方向へ目を動かした。

 「……あら」
 「あの子も初めての場所に興味津々なんだろうな、すごく落ち着きがないだろ?」
 「可愛いわね。ちょこまかしてる」
 ルキアがそう感想を漏らすのと、ビュウがため息をついたのはほぼ同時だった。思わず彼の顔を見ると、ビュウは苦笑いを浮かべていた。本当に自分というものを隠さない人だ。
 「やっぱり、時間が許せばドラゴンに乗りたいって思うのかしら」
 「ここにいる時間はそう長くないだろうし、次そう簡単にこれるとも思えないしな。それでもオレルスに戻ってからのことを考えれば、結構複雑なんだぞ?」
 使命と好奇心を天秤にかけようと思っても、初めから結果がわかりきっている以上すっぱり諦めるしかないのだろう。それでも言葉の端々からでるドラゴンへの思いに、ルキアの口は自然と開いていた。
 「ビュウは、どうしたいって思いはあるの?」
 「……カーナの騎士でありたいという気持ちは強いよ。でもしがらみのない気ままな場所で暮らしたいって気持ちもあるかな」
 「結局はヨヨ様次第なのね。今ならなんて仰るかしら」
 「さてね。温情ある命を下して欲しいもんだね。 ――ルキアはどうするんだっけ」
 「故郷に戻って村の復興の手伝いをしながら、静かに世界の平和を祈ってようかな、なんて。それでもしばらくは落ち着かない日々が続きそうだけど」
 仲間のいる場面では軽く打ち明けたが、ルキアの気持ちに嘘偽りはなかった。心落ち着く場所に帰って、騒がしくも賑やかな日々を送りたい。少しずつもとの姿に戻っていく村を見守りながら、なんでもない一日を過ごしたい。
 この場所であった出来事や出合った人々との思い出はそのうち思い出せなくなるだろう。けれど、それすら自分の血肉となって、ルキアは生きていくのだ。
 ――こうして隣にいる、ビュウとの出会いや交わした言葉さえも。

 そう思うと、自然と目頭が熱くなった。
 そして思い出す。冗談半分とはいえ、ビュウに声を掛けたあの日のことを。
 ビュウの熱い吐息、燃えるような瞳。曖昧にすら思えた僅かな時間に、二人の関係は急に近づいたように思えた。

 そして今。ビュウの口から自分の名前が出てこないことに、ルキアは心中で諦めてしまっていた。それは自分の口から語ったことも同じ。二人のこれからの人生に、互いは存在しないのだ。
 「……だから、ときどきお邪魔しても大丈夫かな?」

 「――え? ええっ?」
 「これからどうなるか、なんて誰にも分からない。だから俺からも適当なことは言えない。だけど人の噂に上がらずひっそり関係を重ねるのなら、きっとルキアも頷いてくれると思ったんだ」
 「……ビュウ、酔ってたりしない?」
 穏やかな笑顔を浮かべるビュウの目が大きく見開かれた。最初が最初だから、こう茶化されても仕方がないのかもしれない。けれど。
 「そうだと思うなら思えばいいさ。訪ねにいくからさ、サラマンダーに乗って」
 「ドラゴンに乗った王子様かしら。ふふ、楽しみにしてるわ」
 笑みを返したルキアの手元に、ビュウの手が重ねられる。驚く彼女の耳元にビュウの顔が重ねられたが、囁かれた言葉はアルタイルの風に吹かれて流れていったのだった。

ある噂の終わり
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「戦争が終わって日常に戻る女の子たちとビュウのあれこれを練り練りしたいな~」
から生まれたビュウルキです。ジャンヌは積極的にタイチョーを手伝いそうだし、ドンファンは元がアレだしで一番平和に生きることを望みそうなルキアに決まりました。
でもそれじゃ結局ビュウを縛り付けることになるよな~と悩んだ結果のオチですいかがでしょうか通い夫。
読んで気づいた方がいたら凄いですが一応ここと繋がってます。何年前だよ……。
読み直したら萌えたのでやっぱりビュウルキもいいな!ってなってます。単純極まりない……。
時間が出来たら二人の時間の補完をしたいですね~!
20171210



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