Novel / イタズラ、花咲き


「なあサラマンダー、すげーニュースがあるんだ! 聞きたいだろ?!」
「んー?」
 穏やかな日差しの中、まどろんでいたサラマンダーはラッシュの声で目を覚ました。白い花を咲かせる花木(かぼく)の下は、ここ最近秘密のお昼寝スポットだった。
 もちろんビュウには教えてある。だからこそ違う足音に対応がいい加減になってしまうのだ。
「……ラッシュ? どうしたの?」
「んー、へへっ、やっぱいいもんだな」
 習慣的な鼻先へのキスを受けて、ラッシュは照れくさそうに笑った。特別でもなんでもないのに、と思いつつサラマンダーはゆるゆると首を持ち上げると辺りを見回した。
「ねえ、ビュウはどこ?」
「……はあ。起きてすぐそれかよ」
 不機嫌を隠そうともせずラッシュは吐き捨てる。こういうところがサラマンダーには少し苦手だった。そんな彼の補佐のためにいるはずの二人の姿も気配もないようだ。
「どうせビュウを探してんだろ。 そんなに好きか?」
「! うんー!」
 姿はなくとも名前で反応してしまうサラマンダーの大げさすぎる頷きにがくりと肩を落とし、それでもラッシュはしゃんと顔をあげるとにんまりと笑ってみせたのだった。
「……でもな、それも今日で最後だ。ちゃんと聞けよ」
「なになに?」
 顔を下げてラッシュを見つめる。とび色の目は輝き上気(じょうき)した頬は赤く色づいていた。どうも走った疲れからくるものではないと思ったのもつかの間、彼は大きく息を吸うとクラッカーでも鳴らしたかのような声で告げたのだった。
「今日からは、俺が戦竜隊隊長なんだぜ!」


「――ってことなんだ」
「なるほど。それはラッシュが言いだしたんだな?」
 突然の宣言に対して、当のビュウは驚く様子もなく事実を確認する。初めからこうなることが分かっているからか、ビッケバッケとトゥルースは僅かに顔を見合わせると息を合わせたように頷いた。
「申し訳ありません、隊長」
「ごめんよ、アニキ……」
 自然と身を寄せ小さくなる二人の肩を叩いて、ビュウは小さく首を横に振る。そのままそっと前へ押し出すと、三人はゆっくりと路地裏から大通りへと歩みを進めた。
「何がどうなったか教えてくれるか?」
「はい。今日がエイプリルフールだから、二人まとめて驚かせてやろうというのがラッシュの提案でした。止めはしたのですが……」
「なるほど、らしいな」
 口の端から苦笑を漏らしてビュウは空を仰いだ。遠くに見える城では、きっと今頃サラマンダー相手に苦戦しているに違いない。そもそもまだドラゴンの扱いに慣れていない彼がひとりでいようものなら、他の隊の人間がまず黙ってはいないだろう。
「ラッシュ、ひとりで大丈夫かな」
「俺が手打ちにしてやるから安心しろ。 といっても早めに見つけてやらないとな」
 不安そうに手を揉むビッケバッケを元気づけてやろうとビュウは明るい声を出す。彼らの責任は自分も責任とはいえ、どうしても甘くなりがちな舎弟の対応に思わず笑ってしまうのだった。


「ラッシュはどこに――あっ?!」
 誰が先に発したか、驚きの声が庭園に響き渡った。三者三様の視線の先ではどうにも動きのぎこちないサラマンダーが、目的も持たないふうに噴水広場を横切ろうとしていたのだ。
「サラマンダー?」
「ラッシュ!」
 かける違いはあれど、向かう先は同じ。よろりと立ち止まったサラマンダーの背中には、しがみつくようにラッシュが乗っていた。
「よお、わざわざ来てくれたのか! やっぱり視線が高いっていいな――っておい!」
「降りてください! ごっこ遊びは終わりですよ!」
「まずいよーラッシュ、早く謝ろう? ね?」
「あっ……ぶねーだろ、何だよビュウまで連れてよ」
 上機嫌から一転、足を掴まれ文字通り引きずり降ろされたラッシュはしたたかに打った腰をさすりながら立ち上がる。ビュウの姿はとうに見つけていたのだろう、ちらりと視線を送った彼は何かに気づいたのか一転二人をじろりと睨んだ。
「もしかして、もうビュウにバラしたのか?! 何とか時間を稼げって言っただろ!」

「なるほど、そういうことか」
「……げっ」
 水面を打つように静かなビュウの声がラッシュの耳朶(じだ)を打つ。顔を向けたまま動くに動けないラッシュの視線の先で、サラマンダーに寄り添ったビュウはあくまでも穏やかにほほ笑んでいた。
 だがこういう時の彼こそ恐ろしいものはない。嘘とはいえサラマンダーを僅かであっても乗り回した件を加味しても、この先無事に太陽を拝めればと思ってしまうのだ。
「――なあトゥルース、ビッケバッケ」
「…………………」
「……だよなあ」
 視線をどうにか動かして助けを求めてみても、二人の感情を動かすことには失敗したほうだった。そもそもが自分だけいい気になろうとした地点で、作戦は破綻していたのかもしれない。来年は三人で誰かを驚かせてやりたいものだ。
 ――この身が無事であるならば。
「ラッシュ、今からこれまでの事態を処置する。サラマンダー」
「きゃふふ」
 あくまで穏やかな言葉を皮切りにサラマンダーは鎌首をもたげ、ビッケバッケとトゥルースは自分から距離を置く。いまさら悪態をつく意気もなく命乞いもできないラッシュにとってできることは、ただ痛みは最小限であれと祈りながら身を固くして目をつむることくらいだ。
 爽やかな水音をバックに、少しずつ近づいてくるドラゴンの息づかい。僅か数秒が永遠に感じられ、汗が吹き出し足が震え目じりに涙さえ浮かぶ。そんな彼の感情をもてあそぶように吹く生暖かい息がついに耳にかかったとき、最後まで優しい声を確かに聴いた。
「サラマンダー……舐めろ!」
「あっ――」
 温かくてぬるりとしたドラゴン独特の舌遣いを首筋に感じたその瞬間、ラッシュの血は沸騰するように熱くなり全身を駆け巡ったそれに耐えられなくなった体はかすかな呟きを残して頭から後ろに倒れこんだのだった。
「ラッシュ?!」
「大丈夫?」
「きゃふう……」
 寸でのところで二人に支えられて、ラッシュはゆっくり石畳の上に寝かされた。腹の上で手を組んで目を閉じているこの状況だけを見たら、目撃した誰かが勘違いしそうだ。
「――まさかこうなるとはな。二人とも、運ぶのを手伝ってくれ」
 ビュウが言い出す前に二人は体を支え、ビュウが足を支えるとゆっくり元来た道を戻っていく。その後ろをそろそろとついていくサラマンダーが申し訳なさそうに瞬きをする目元に、ビュウはそっと口づけを落とすとウインクひとつ。
「後でラッシュに伝えてくれないか、「お前はしばらくサンダーホーク専門だ」ってな」
「……ふふ、お互いに苦手みたいですもんね」
「ぼくたちは? 大丈夫だよね?」
 答えの代わりにビュウが頷くと、ビッケバッケの緊張もやっとほどけたようだ。花咲く庭園をゆっくり進みながら、彼らは訪れた春をその身で感じていたのだった。

イタズラ、花咲き
BACK← HOMENEXT

というわけで2021年版ビュウサラエイプリルフール……の予定でした。
一歩間違えれば乗っ取りか……?! と思える場面も許せてしまうのは本気のなさ以上に平和だからなんだろうな~なんて思えてしまいます。まろやか。
2021/04/01



top