Novel / 登るべきは王の玉座か


 「……どうして乗らない?」
 「いやその、ええと」

 口を開けば空気が揺らぎ、一声喋れば大地が震える。
 そんな存在を前に、ビュウは自分が成そうとしていることの重大さを改めて実感したのだった。

 バハムート。
 神竜の王にして、カーナの、そしてオレルスの新たな守護神。
 それがついに肉体を持ち、自分の前に現れたかと思えば言い放ったのが、これだ。

 「遠慮をすることはない」
 「……そう言われると余計に緊張するんだけどな」
 王にしては砕けた物言いがビュウには懐かしい。その昔、自分が何も知らなかった子供だった時分王の椅子に座らせてくれた亡きカーナ王を思い出させた。
 だが目の前の存在とは程度が違いすぎた。王そのものに乗れというのだ、子供を膝に乗せるのとは話が違う。
 懐かしい感覚に苦笑しながら、ビュウはぽりぽりと頭を掻いたのだった。


 「そもそもの話、バハムートがここにいることに俺は驚いてるよ」
 「オレルスに存在することで、新たな争いの火種になる、と?」
 「いやいや、そんな心にも思ってないことを」
 両手を目の前で振って、ビュウは必死に否定した。腹の底からバハムートに対して抱えている思いは、畏怖であり、憧憬であり、とても対等の立場になれと言われてひとつ返事できるものではなかった。
 だがそんなビュウの思いを手に取るかのように、バハムートの口から白い牙がこぼれた。
 ――笑っている?
 ビュウは眉根を寄せて訝しんだ。
 だが王の腹を探ろうなどとは失礼にもほどがある。しかし疑いを確信に変えるべく、ビュウは話を続けたのだった。

 「……何より俺が戦竜隊を除隊されたのを待ってたみたいに来るとは思ってなかったんだ。てっきり、俺がドラゴンおやじと呼ばれる頃に迎えにくるとばかり」
 バハムートから目を背けたい気持ちを抑えて、ビュウは噛みしめるように言った。
 今の今までそう思っていた。あの夢幻のような柔らかく激しい記憶の中で、自分は確かにとうに初老を超えたただひとりの老人だった。そして察したのだ、自らの未来の姿を。
 だが確かに、そのとき胸にあった思いは安らぎだった。老いるまで好きなものに触れ、共に生きてきた何よりの証拠に、ビュウはかつて師と仰いだドラゴンおやじに抱いた思いと同じものを感じていたのだ。
 そして何より、そこまで生きて初めてバハムートと対面する価値が自分にあると思ってやまなかった。
 そんな願いは、今まさしく目の前で打ち砕かれているわけなのだが。

 「そうして欲しかったのか」
 「…………」
 「それがお前の本心なんだろう、隠しても無駄だ。それにー―」
 「やっぱり読んでるんだな、俺の心を。ヨヨや、センダックにそうしたように」
 口元まで上げていた視線を、漆黒の夜を集めたような瞳に向ける。
 だがその瞳は広がることも揺らぐこともなく、ただ全てを魅了するようにそこにあるだけだった。
 「それなら分かるだろ、俺が何を考え望んでいるのかくらい」
 そうビュウに言われて初めて、バハムートの瞳が月のようにしなった。心のうちを読んだからこそ、表情に変化が現れたことにビュウは少しばかり驚いた。
 それを含めて読み取ったのかは分からないが、バハムートの口が重々しく開かれる。
 「…………サラマンダーや、彼の残した子供のこと、か」
 「その通りさ。悪いか」
 とても王に対する態度ではないと肝を冷やしながらも、ビュウはここで思いを主張しなければならないと判断した。自分を諦めさせるのは無理だと分かっていても、今からでも対等になるには胸のうちを明かすしかないと思ったからだ。

 だがそのビュウの言葉に対して、返ってきたバハムートの言葉にビュウは思わず目を丸くしたのだった。
 「――――妬けるな」
 「……はは、はははは。心を読んだ感想がそれか。なんだか一気に気が抜けたよ」
 笑ってはいけないと思いつつ、ビュウの顔はすっかり緩んでいた。
 神竜バハムート。オレルスの守護神。そんな名前は畏れる人間がつけただけのもので、個としてのバハムートはただただ大きな、一匹のドラゴンなのだとビュウは気づかされたのだ。

 そう思うと、とたんに愛おしく思えてくるから不思議なものだ。

 「やはり可笑しいか。私が人間一人相手に過剰な想いを寄せることが――」
 「待った。バハムート、俺の心は読まないのか?」
 「……我らにも心乱れるときはある」
 やたら饒舌になり始めたバハムートを止めようとしたビュウだったが、逆にしおれたバハムートの言葉でそれ以上追及できなくなってしまった。
 でもそれでよかった。混乱に陥ったドラゴンを、人の力でどうこうできると思うこと自体が間違いなのは過去の経験で嫌というほど味わってきたのだから。
 だが彼はドラゴンとして唯一会話のできる存在だ。学ぶと同時に、人とドラゴンのよりよい架け橋になってくれるはずだ。
 そんな未来を思い浮かべると、バハムートがとても身近な存在に感じられた。
――それでも巨大な背中を見つめると、竦んでしまうのは時間が解決してくれるのだろうか。

 「バハムート」
 「……なんだ」
 視線を背中から顔に戻すと、ちょうどバハムートの視線と目が合った。それでも初めに感じた威圧感は消えていて、むしろ申し訳なさそうな雰囲気すら感じる。
 「今すぐ乗れっていうのは、俺にはできない。でもバハムートの想いを無駄にしようとは思わない。だからこそ新しい相棒として、よろしくな。 …………これでいいか?」
 「上出来だ」
 冗談なのか本心なのか、分からない返事をしてバハムートは嬉しそうに笑った。
 ――そんな気がした。

登るべきは王の玉座か
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あるツイートを元ネタに?バハムートの一方的な愛情が重すぎるバハビュウでした。
すっかり一匹のドラゴン扱いされてしまった神竜の王バハムート。
そんな彼に対する感情が乗り切らずサラマンダーにお熱なビュウの明日はどっちだ。
171023



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