Novel / 「父の日ィ?」


 「父の日ィ?」
 「はい、そうです。ほら」
 苦虫を噛み潰したような顔をしたラッシュに変わらぬ表情で頷くと、トゥルースは手に持っていた紙を差し出した。
 「なになに?」
 つられるように覗き込むビッケバッケの動きに引かれて、ラッシュもまたそれに目を落としたのだった。

 「大切なお父さんに、心をこめた一品を」
 「けっ。道具屋もあこぎなことしやがる。大体なあ、ここのやつらは親元を離れたのばっかだろ、意味ねえって」
 「あげる人がいないから、ってラッシュは拗ねなくていいんだよ?」
 さらにケチをつけそっぽを向くラッシュに向けて、恐れることなくビッケバッケは放言した。今ここに三人しかいないからこそいえる言葉でもあったが、案の定ラッシュはこめかみをひくつかせながら振り返る。
 「てめえビッケバッケ!」
 「わあ、ごめんよー」
 いち早く逃げ出すビッケバッケをラッシュは追いかける。もちろんすぐに捕まって、頭を両手のこぶしでえぐるように挟み込まれた。しかし互いにおふざけなのか、それ以上は痛めつけようとも逃げ出そうともしない。二人の笑顔が何よりの証拠だった。
 昔から変わらないこの関係を、トゥルースはにこやかに見つめていた。

 「……しっかし、なんでこんなもん持ってきたんだよトゥルース」
 「私だって自主的に手に取ったわけではないんですよ、店の前を通りがかったら貰ったんです。きっと満遍なく行き渡っているのだと思います」
 改めて紙を囲う三人。配られたことに深い意味はないと説明されても、ラッシュの表情はどこか不満そうだった。
 そして次の瞬間、彼はトゥルースの手から紙を掬うように奪い取った。そのまま片手でくしゃりと紙を丸めると床に投げ捨てようとして躊躇し、ばつが悪そうにズボンのポケットにねじ込んだのだった。
 「これでこの話は終わり。いいだろ」
 「えー……」
 不満を漏らすビッケバッケを軽くにらんで黙らせると、用は済んだかのようにラッシュはその場を立ち去ろうとした。ドアへと伸びる足取りが速いのは気のせいではないだろう。
 「ラッシュ、待ってください」
 「……なんだよ」
 それでも声を掛けられると無視できないのは、心残りがある証拠だろう。昔と比べて心に余裕ができたのは嬉しいことだ、と胸をなで下ろしながらトゥルースは言葉を続けた。
 「あなたの気持ちはわかります。でもせっかく一年に一度の記念日なんですよ、日ごろお世話になっている方に感謝の気持ちを伝えるいい機会だとは思いませんか?」
 「おれらみたいな親なしでも祝っていいのか……?」
 振り返ったラッシュの表情はどこか不安げだった。彼にも彼なりの立場や悩みがあるのだろう。それを吹き飛ばそうと、できる限りの笑顔を浮かべてトゥルースは頷いた。
 「もちろんですよ。さあ、戻ってきてください。そして誰に何をあげるか決めましょう」
 「ラッシュ、さっきの紙を破かなくてよかったね」
 「うるせえ」
 頭をかきつつ二人のもとに戻ってきたラッシュは、ズボンから紙を取り出すと黙々と皺を伸ばしてトゥルースにそれをつき返した。
 「――さて」
 両手で丁寧に紙を受け取って、トゥルースは一息置いた後で二人の顔を見た。
 「三人で一人でも、一人ずつちがう相手に贈ってもいいと思います。二人は誰に贈るか決めてますか?」
 「贈る相手って、一人……だよな」
 「まあ、そうですね。私は候補が二人いますけど」
 小さく頷いて、トゥルースは悩んでいるのか少し俯く。一方でラッシュは既に決まっているのか、トゥルースの答えに目を輝かせるとなぜかビッケバッケを見て笑いかけた。
 「誰にあげるかなんて、聞かれなくても決まってるよな」
 「うん!」
 「そうですか。それなら私も一緒にさせてください。何をあげるかくらいはそれぞれ決めましょう」
 元気よく頷くビッケバッケと笑顔の戻ったラッシュを見て、トゥルースはにこにこと笑いながら紙を二人に手渡したのだった。


 「……で、その相手が俺だった、と」
 突然現れた三人を前に苦笑を浮かべるビュウに、トゥルースは思わず小さく頭を下げた。
 「すみません」
 「なんで謝るんだよ。わっかんねえな」
 口を尖らせるラッシュの隣でにこやかに見守るビッケバッケ。
 こう見ればいつもどおりなのだが、今回ばかりは完全なるトゥルースの見込み違いだったといえるだろう。
 「オイラたちが一番お世話になってるのはアニキだもんね!」
 「だと思ってたんだけどよ、ビュウ、なんか変だったか?」
 「そういう意味じゃおかしくはないな」
 首をひねるラッシュに頷いてみせてから、ビュウは昔を思い出すように静かに目を閉じた。
 「そうか、お前たちもここまで大きくなったか」
 「……しみじみすんなよ、気持ち悪いぞ」
 生意気に聞こえるラッシュの軽口も、ビュウにとってはむしろ聞きなれたものだ。噛みしめるように数度頷くと、改めて三人の顔をじっくり見回した。
 自分と数歳しか変わらない彼らを拾い上げたのは直感に近いものがあったが、こうして成長し直接感謝を伝えられるようになるまで成長したのだ。それが自分ひとりの功績でないことは重々わかってはいる。だが晴れ晴れとした彼らの顔を見ていると、直接成長を見守ってきた一人として胸にこみ上げてくるものがあった。
 それをぐっと飲み込んで、代わりに目一杯の笑顔で三人の思いに応えた。
 「隊長、いつもありがとうございます」
 「アニキ!えへへ……これからもよろしくね!」
 「……ありがとよ」
 面と向かっては照れるのか、はにかみながら背中に隠していた花束をそれぞれビュウに手渡した。彼の両手はたちまち花束で埋め尽くされる。
 「お前たち……」
 溢れそうな感情をすんでのところで唾と一緒に飲み込んで、ビュウは言葉を続けた。

 「それが言えるなら、マテライトにも同じことが言えるはずだな?」
 「えっ」
 驚きにその場の空気までもが固まりそうになる中、ビュウだけは笑顔のまま三人の背中をぐいぐい押し始める。
 「いやあ、実はお前たちの分まで用意して待ってたんだよ。始めはどうなるかと思ったぞ、俺宛てっていうのは予想外だったけどな。嬉しいのはホントだからな。罠にかかったとかわめくんじゃないぞ」
 いつになくよく喋るビュウに半ば強制的に移動させられつつ、三人の表情は仕事をやり遂げた後のように自信と喜びに満ちていたのだった。

 ――四人から花束を受け取ったマテライトの号泣が、ファーレンハイトを震わせることになるのだが、それはまた別の話。

「父の日ィ?」
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遅れてるけど父の日。とりあえずこれだけは書いておきたかった。
年長者と若者の年齢差がかなりはっきりしているであろうファーレンハイト内で、
お父さんといえばマテライトでお母さんといえばゾラだろう、という安直な考え。
それを壊してくれたシオン君ありがとうごめんなさい。
170620



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