Novel / とある雨の日


 しとしと。しとしと。ぴとん。
 「ひゃあ!」
 上から垂れてきた雨粒が鼻先に当たって、思わず大きな声が出る。
 「どうした? ああ、雨だれか」
 それをくすくす、とビュウは笑う。
 いいなあ、ビュウは。ぼくのおなかにすっぽり隠れているから、雨に濡れたりしないんだ。
 でも濡れて風邪を引かれたら困るのはぼくだから、こうして雨から守れていることは少し自慢してもいいと思う。
 今ここにいるのは、ぼくたちふたりきりなのだけど。

 ばたばた。ぼたぼた。
 雨は次第に強くなり、石畳の上を急ぐ人の足音もほとんど分からなくなってしまった。
 時間が経つに従って、軒からはみ出たぼくの体を少しずつ雨が濡らしていく。
 「雨が上がったら、また綺麗にしような?」
 「うん!」
 「嬉しいのかな、良かった。やっぱり石鹸じゃないとな」
 うんうん、と納得のいった様子でビュウは頷く。それを見下ろしながら、ぼくはたくさんのシャボン玉が浮かぶ光景を思い出していた。

 ビュウはよくぼくを洗ってくれる。
 といってもぼくが特別、ってわけじゃないのがちょっとくやしい。
 「ドラゴンなんていくら洗ってもくさいんだから」
 そう誰が言ったのかは忘れてしまったけれど、そのときのビュウの悔しそうな顔は覚えている。
 だからなのかはわからないけど、それからビュウはずっと時間をかけてぼくたちを洗ってくれるようになったんだ。
 そのたびにお庭が、真っ白な泡とたくさんのシャボン玉でいっぱいになる。
 きれいになって、遊べるその時間がぼくたちは大好きだった。
 自分のにおいが消えてしまうのは少し残念だけど、ビュウの笑顔を見ると全部吹き飛んじゃうんだ!


 「…………でも、やっぱりいい匂いだよな」
 「うん?」
 くんくん、くんくん。
 軽い重みが何度も付いては離れていく。
 何かと思ってビュウを見れば、彼はぼくのおなかに顔を埋めては匂いを嗅ぎ、そして離すを繰り返していた。
 その合間にああ、とかふう、とかため息のようなものばかりが口をつく。
 ……でも顔は赤くないし、熱もないみたいだし、風邪じゃないはずなんだけどなあ?
 「あっ」
 ぼくの顔を見上げて、ビュウはやっと気づいた、という顔をした。
 でもそれはすぐにんまりとした笑顔に変わる。匂いを嗅ぐことを、心の底から楽しんでいる顔だ。
 「せっけんの、におい、する?」
 「やっぱりな、俺思うんだ。一生懸命洗った人の作った匂いも好きだけど、生き物の持つ強い匂いのほうが好きなんだって」
 ぼくに語りかけるようにそう言いきると、ビュウはもう一回ぼくのおなかに勢いよく 顔を埋めて胸いっぱいに息を吸った。
 ビュウの言っていることは難しいしよくわからないけれど、ずっとにこにこしているってことはぼくのにおいが大好きなんだろうな!

 「…………ふう」
 ゆっくり、名残惜しそうにビュウは顔をあげる。そしてずっとぼくが見ていることが恥ずかしいのか、ごまかすように少し体を動かして首にもたれかかった。
 この距離だとビュウの声がよく聞こえて好きだし、ビュウもよく分かってくれているのかお話しするときはいつもここを指定席にしている。
 そんなビュウが、雨を吹き飛ばしそうなくらいご機嫌な顔をして口を開いた。
 「やっぱり昔から一緒だったせいかな、お前の匂いがすごく落ち着くんだ。確かに雑食だし臭うかもしれないけど、それなら犬も猫も一緒だろ? 雨に濡れた犬はとびきり臭いって嫌がられるけど、それを好きだって人もいるはずだよ、なあ?」
 「ぼくもビュウのにおい大好きだよ、ぼくのにおいがするもん!」
 ビュウの好き、という気持ちがぼくの心としっぽを動かした。
 ぱたぱた、ゆらゆらと揺れる尻尾を目にしたビュウの目じりが途端に下がっていくのが分かるみたいだ。
 この喜びをもっと分かってほしくて、ぼくはビュウの濡れた首筋と頭の辺りに鼻を寄せてすんすん、と匂いを嗅いだ。人の匂いが一番するのはこのあたりで、たくさん毛が生えている場所は頭くらいしか知らないから。

 「ビュウのにおい~」
 「こらこら、くすぐったいだろ。耳を舐めないでくれ」
 ぐっ、と口の中にビュウは手を入れてきた。こうしたらやめなきゃいけない、と思考が働く前に口はビュウから離れていた。
 「ごめんね、ビュウ」
 「俺こそごめんよ。でも気持ちは十分伝わったよ、サラ」
 言葉と一緒に、ビュウはぼくのくびにぎゅう、と抱きついた。
 体のぬくもりと、心臓のどくどくいう音がぼくとひとつになるみたいで大好きだ。でもぼくからぎゅーっとできないことが、このときだけはちょっとだけもどかしい。

 でも時間はそれを許してくれなかったみたいだ。
 いつの間に軒を打つ雨の音は聞こえなくなっていて、逃げ惑っていた人たちが傘をさしながらまばらに表に出てくる。今なら濡れても、風邪を引くことはないだろう。
 「落ち着いたのか」
 ビュウもすぐそれに気づいたようだった。でも空を見つめる青い目が、少し寂しそうに見えたのは気のせいなのかな。
 大雨の日だってかんかん照りの日だって、ぼくたちはずっと一緒なのに。
 「サラ?」
 「あっ、うん?」
 声をかけられるまで、ぼくは少し考え事をしていたみたいだ。でもそんなことはすぐに忘れて、ぼくは顔を口元にぴたりとくっつける。
 それを待っていたかのように、ビュウはぼくの耳元で囁いた。
 「…………でも今は、ほっとする気持ちとそわそわする気持ちが一緒にくるんだ。それも全部、この立場になれたからだと思うんだけどね」
 言い終わると同時に、ビュウは顔を離すとぼくの鼻先に口付けをした。お返しに鼻先をぺろりと舐めてやると、彼は白い歯を見せてにこりと笑う。
 そして事が終わったと言いたげに立ち上がると、徐々に青空の見え始めた空を仰いだ 後でぼくに振り向いた。
 「帰るぞ、サラ。これくらいなら誰にもどやされないだろうし」
 「うんー!」
 狭い軒の中で思い切り伸びをしたぼくの声は、静けさを取り戻した町にとてもよく響いたのだった。

とある雨の日
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濡れたサラマンダーの匂いに興奮するビュウをサラマンダー視点で。のつもり。
萌えてはいても表現するのは難しいなあと思っているので一度書くと自分の萌えポイントをこれでもかと詰め込んでしまう。でもみんなそういうもんですよね。
共感ポイントが多いと私も嬉しいです。
サラ女に加えるつもりでしたがしまった男の子設定で書いてしまった(後悔はしていない)
20171017

追記
書いたものを読んでいたら、なぜかこれだけアップされていなかったので季節柄もあり上げてみました。
もっと性癖に突っ込んだものも書いてみたいですね~!!



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