Novel / きみのためなら


 底冷えする寒さが、ファーレンハイトを襲っていた。
 カーナ解放を迎え、惜しまれつつ飛び去った解放軍を到来する冬は大いに歓迎していた。
 自然の脅威にたびたび立ち向かい圧倒してきた解放軍だったが、寒さばかりは昼夜をともに過ごすにあたっていとも簡単に白旗をあげたのだった。


 「うーさっみい」
 「みてみて、息が白いよ!」
 「元気だなあお前……」
 変化が楽しいのか、意味もなく息を吐くビッケバッケ。そんな彼に対する思いを、ラッシュは白い息とともに吐き出した。
 「こんなに寒い思いをしたのも久しぶりですね」
 ビッケバッケを挟んで反対側を歩いていたトゥルースは手のひらに息を吐いた。
 「みんな部屋にこもって温まりやがって、くそっ」
 「面白いくらい誰も見かけませんもんね」
 悪態をつくラッシュにそう声をかけながら、トゥルースは辺りを見回した。
 ラッシュ、トゥルース、ビッケバッケの三人はとある人物を探してファーレンハイト内を歩きまわっていた。
 しかし目的の人物どころか、彼らを待っていたのは足元から凍えていきそうな無人の廊下ばかりだった。
 「みんな温まりたくてひとつになってるの、昔のぼくたちみたいだよね。犬がいればもっとあったかいのにねえ」
 「ここじゃ犬を飼う余裕はないですよ、ビッケバッケ。確かにだいぶ世話になりましたね」
 「うー、今ここに犬がいたらな」
 ビッケバッケの言葉に引き込まれるように、トゥルースは昔を思い出し、ラッシュは寒さから逃れるように犬を抱くしぐさをすると誰とはなしに悪態をついた。
 「そういやあいつも見かけないよな」
 「あいつ?」
 「パルパレオス将軍のことだよ、きっと」
 「うっせ」
 名前も呼びたくないのか、にこにこと答えたビッケバッケにラッシュは睨みを利かせた。
 「ヨヨさまを見かけないのは分かるんだ。でもあいつは男部屋にろくに寄らねえしブリッジくらいでしか見ない。おかしいと思わねえか? きっと……」
 「ヨヨさまと一緒に温まってるんだよ、ねえ?」
 「んだとビッケバッケ!」
 「わあ、ラッシュが怒った!」
 我慢の限界といわんばかりにラッシュは語気を荒げると、感情のままにビッケバッケを追いかけた。普段なら騒ぐな走るなと咎められるところだが、今だけは彼らが主役だった。
 ビッケバッケは変わらず笑顔のまま走りだすと、そのまま商業エリアに飛び込んだ。


 「こんにちは!」
 「どうも、ビッケバッケさん。どうしましたかこんな寒い日に」
 まず目についた人物に、ビッケバッケは挨拶した。彼は薬や雑貨を扱う商人だ。ビッケバッケは個人的に世話になっており、彼は商人を大先輩として尊敬していた。
 「えへへ、えっとね」
 「追いついた! 覚悟……」
 ビッケバッケが説明しようと口を開いたそのとき、ばたばたと足音を立ててラッシュとトゥルースが現れた。ラッシュの物々しい言葉と表情に、商人は状況を飲み込めず互いをしばらく見ていた。
 「……艦内マラソンですか?」
 「さ、寒いからな」
 息の荒いラッシュを見てそう考えたのだろう。商人の搾り出した考えに、ラッシュはごまかそうと愛想笑いをするので精一杯だった。
 「すみません騒がしくて」
 「いやいや。体を動かしたくなるのはよく分かるよ。それで何か用かな?」
 「おじさん、ビュウのアニキを見なかった?」
 「ビュウさん、ですか」
 「ええ、少し用事がありまして」
 ビッケバッケの問いをトゥルースが補足すると、商人はうーん、と少しの間唸った。
 「ああ! それなら甲板に出て行くのは見たよ。ずいぶん前の話だし、それから見てないから戻ってきたのは見逃してるかもしれない。いやあ、こんな日にもドラゴンの世話を欠かさないなんてさすがだね」
 「ありがとな!」
 話が終わるか終わらないかのところでラッシュは一言残して駆け出した。残った二人も頭を下げると彼の後を追った。


 「ビュウのやつ、どこ、に……」
 真っ先に甲板にたどり着いたラッシュは、ドアを開け放ったまま目の前に広がる景色をただ呆然と見つめていた。
 「待ってよラッシュー!」
 「焦っても仕方ないですよ……あっ」
 ラッシュが立ち止まったおかげで追いついた二人も、その景色をしばらく見ているだけだった。だがビッケバッケは両手をあげてそれに向かっていった。
 「わあ、ドラゴンがおしくらまんじゅうしてるよ!」
 「ビッケバッケ!」
 無邪気に走り出すビッケバッケを、異口同音に呼ぶと二人も慌てて走り出した。
 甲板は寒さの最もたる場所で、重い暗雲と吹きすさぶ風が彼らの体温をあっという間に奪ってしまいそうだった。あっという間に赤くなる鼻で懸命に息をしながらドラゴンの元にたどり着いた三人は、いつもなら喜び暴れるはずのドラゴンたちが一声もあげずに佇んでいることを不思議に思った。
 「ドラゴンたちも寒いんだねー、こうしてればあったかいもんね!」
 ビッケバッケはそう声をかけると、手近にいたサラマンダーを優しく撫でた。彼は喉を鳴らすと頬ずりで挨拶を返した。
 「こんだけ大人しいと不気味だよな、なんか」
 「隊長に命令でもされているのでしょうか……」
 ラッシュとトゥルースはドラゴンたちを見上げながら、首をかしげて呟いた。
 「……こほん」
 ややあって、トゥルースは小さく咳払いするとツインヘッドに向かって遠慮がちに口を開いた。
 「あの、ビュウ隊長がどちらにいるのか分かれば教えていただきたいのですが……」
 「ドラゴンに聞いてもわかんねーと思うぞ」
 すかさず無粋な突っ込みがラッシュから入る。
 が、しかし。
 「きゃうー、ぎゃうう」
 二つの異なる声とともに持ち上がる、ツインヘッドの首。彼らの五本ある首のうち二本が、寒風をふさぐために移動していたのだろう。それを三人はすっかり見落としていた。
 そしてその首のあった場所から、聞きなれた男の声が三人を呼んだ。
 「どうした? 俺を探してるのか?」


 「アニキ!」
 「ビュウ!」
 「ビュウ隊長、そんなところに」
 「いいから入ってこいよ、寒くて仕方ない」
 口々に驚く三人に対して、ビュウは笑顔で手招いた。
 三人が言われるままにドラゴンたちで作られたかまくらの中に入ると、待っていたようにツインヘッドが隙間に蓋をして光が遮られた。頭がちょうど内側を向いているらしく、暖かい息遣いがときどき三人を驚かせた。
 「……狭くねえか? ここ」
 「そりゃ俺一人のために集まってもらったんだ。それでも暖かいだろ?」
 開口一番に文句をいうラッシュに特に怒ることもなく、ビュウの口調は優しかった。
 「アニキすごいね!」
 「確かに暖かいですが、隊長はいつからここに?」
 「いつからだったかな。世話を済ませて戻ろうと思ったら揃って嫌そうな顔をしたもんで、互いにこうすれば暖かいと思ってな。あまりにも気持ちいいからさっきまで寝ていたくらいだよ」
 「そりゃ見つからねーよなあ……」
 饒舌なビュウに届くと思わなくても、ラッシュは今までの苦労を吐き捨てるように嘆息した。そんな彼の肩を叩きつつ、トゥルースはそれなら、と口にした。
 「ドラゴンが寒がっているなら、ブリッジに置いてもらえばいいのではないでしょうか。マハール攻略の際もブリッジから出撃したではないですか」
 「あれはな、戦術上必要だからとホーネットに無理をいって入れてもらったんだ。その場の後掃除は俺の仕事じゃないからな」
 「ホント、クルー泣かせだよな、ビュウ」
 「はは。それにな」
 「どうしたの?」
 ビッケバッケの問いかけの後、闇に沈黙が落ちる。
 「くるるるる」
 明らかに暗闇の中に、あまり聞き覚えのない甲高い鳴き声が響いた。
 「この声は?」
 「パピーさ。この子がまたふわふわしててなあ」
 「もしかしなくても、この中にいるのでしょうか?」
 トゥルースが問いかけるも、ビュウの意識はすでにパピーに奪われた後のようだった。しばらく媚びた声でパピーを可愛がるビュウと、それに応えるパピーの声が三人を襲ったのだった。


 「……それでな」
 「突然始めんな!」
 げっそりした三人をよそに突然トーンの戻ったビュウに、ラッシュは突っ込まずにはいられなかった。
 「パピーだが、実はホーネットも可愛がっててな」
 「ホーネット? ドラゴンと関係あるの?」
 「説明すると長くなる。ともかく中々触れ合わせてくれなくてな。それで思いついた」
 うんうん、と呟きつつ頭を縦に振っているのだろう、ビュウにラッシュは今日一番の大声を出した。
 「なんだかんだ言って、パピーを独り占めしたいだけかよ!」
 彼の叫びは風に乗って、ホーネットの耳に届いたとか届かなかったとか。

きみのためなら
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会員制サークル・「Blown Fluffy」2nd issue(2016/11/20発行)に初めて寄稿したものです。
「書きたいものを書きたいように」ということでいつものようにバハラグです。みっちりすぎて後書きを入れるスペースが全くありませんでした……。
未プレイでも分かりやすいようにほのぼのした本編に沿わない完全二次のものを書きましたがこんなんでよかったのかなー。
次回の寄稿もたぶんこんな感じです。きっと。(2016/10/28付)



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