Novel / カクテル


 「なあホーネット」
 呼ばれて声の主に顔を向ける。
 そこに立っていたのは最近何かと忙しいであろう、反乱軍の隊長ビュウ。
 人の良い笑顔を浮かべてはいるが、そんな彼が戦場に立った時の表情は鬼気迫るものがある。
 それはそれとして。
 「なんだ隊長様、何かご用か?」
 「嫌いなものを教えてくれ」
 「――…………は?」
 互いに出会って浅い上、思考が読めないため構えていたのが仇になった。
 思わず腑抜けた声が口をつく。
 そんな反応が面白かったのか、ビュウは目を細めてはは、と笑う。
 「いきなりで済まなかった。いや、あの娘たちが」
 言ってビュウはちらりと背後に顔を向けた。彼の視線を追うと、そこには二人のウィザードが寄り添うようにして立っていた。
 こちらの視線に気付いたのか、二人は慌てた様子できゃっきゃと騒いでいる。
 「反乱軍の隊長ってのは、雑用までこなすのか」
 「まあ。楽しいものだよ」
 ビュウに視線を戻し、からかい半分で言ってみたものの本人はそれなりに楽しんでいるようだった。
 「なら教えてやるがな、俺の嫌いなものは『うにうじ』だ。想像しただけで鳥肌が立つね」
 口に出しながら、首筋がぞわぞわとざわめくをのを感じ取り思わず頭を振るう。
 「そっか、ありがとな。じゃ」
 ビュウは笑みを浮かべながら感謝を口にし、手をひらひらと振りながらウィザードの元へゆっくりとした調子で戻っていく。
 それを見送りながら、何か悪いことが起きなければいいが、と普段は信じもせぬ神に心中で祈った。




 神なんて、いない。
 「…………当たり前だよな」
 カクテルを一人傾けながら、ホーネットはちらりとグラスの隣の物体に視線を動かす。
 そこに置いてあるのは手に乗る程度の小さな瓶。栓はきちんと閉めてあるものの、その中にはうぞうぞと動く『うにうじ』がみっちりと入っている。
 可愛らしさの演出なのか、金の縁取りがされたピンクのリボンが丁寧に巻かれてあるのが虚しい。
 「飽きないな、あの子も」
 相手はもう分かっている。ウィザードのエカテリーナだ。
 明らかにビュウに騙されている事自体、彼女は理解しているはず。だがそれでも二週間に一度、決められたかのように自分の元に贈られる。
 これで何年目だろうか。
 一言のメッセージもない、送り主不明の贈り物がホーネットの元に届けられるようになって少なくとも二年は経つか。
 それも、ホーネットがファーレンハイトでの操舵手としての役割を終えてからの年月だ。
 ファーレンハイトを降り、それまで一緒に船を動かしてきたクルーと共に購入した自らの船を駆る。
 今は一人の貨物船の一主として、オレルスの平和になった空を自由に飛んでいる。
 無論エカテリーナには、現在地など伝えていないし彼女がどこにいるのかも知らない。

 だが来るのだ。必ず来るのだ。気付けばクルーが、不安そうな顔をしながら持って来るのだ。
 初めは不気味だと思っていた。クルーと共に対策も考えた。だが全ては無駄に終わった。
 こうも決まってうにうじと向き合っていると、ホーネットもうにうじを見る事に関しては慣れた。
 さすがに手に取るまでにはいかず、それは決まってパピーの餌になってはいるが。
 やめてくれ、と伝えるべきか思ったことはある。しかし彼女の事だ、何が起こるか分からない、とビュウに渋い顔をして言われたことを思い出す。
 その時だけはさすがに、思わずビュウの後頭部をはたき倒してしまったが。
 今の所は特に困った事もない。受け取り続ける限り、この関係は続くのだろう。
 「驚くかねえ?」
 そう独りごちて、ホーネットは机の引き出しからペンと紙を取り出す。
 書き出しはどうするか、と少し考えて、ホーネットははたと気付いた。
 「そういえば、真面目に顔を付き合わせて話したこと、ないんだよな……」
 これが届いた時、どんな顔をするだろうか、と考えてホーネットはふっ、と息を吐いた。



 「可愛いウィザード様へ」

カクテル
BACK← HOMENEXT

深夜の真剣文字書き60分一本勝負 から。
お題・カクテル(バー)
お題はこれ見た瞬間これが脳内占拠したので。
20140524



top