Novel / Which do you like?


 カランカラン、カランカラン
 澄み渡る青空のように、鐘が高らかに鳴り響く。それは多くの少年少女らの解放の合図でもあった。それを示すように、開け放たれた昇降口からお揃いの制服を着た子供たちがわれ先にときゃあきゃあ歓声を上げながら駆け出してくる。
 真っ直ぐ校門を出て行く子供、校庭で遊びだす子供、別れを惜しむようにおしゃべりに勤しむ子供――。
 それぞれの放課後を楽しむ中、早くも人の絶えた昇降口から、誰かを探すように一人の男の子が現れたのだった。
「ビュウ! もー、待たせすぎよ!」


 こつこつ、がりがりとペン先がすべる音が部屋に響く。
 紙が薄いのか沈黙が続くせいか、その空気は学校の授業を彼に思い出させた。
 だがここは自分の家で、二人はリビングテーブルを挟んで座っている。だが眺めているだけの現実に耐え切れず、彼は尻を浮かせて紙を覗き込んだ。
「交換日記……じゃないよね?」
「女の子の話を纏めてるんだ、忘れないようにね。ねえ、ビュウ」
「なあに?」
 彼女がカーナに越してきてから、長いこと続けている交換日記。互いの生活環境の違いが分かって楽しいのだが、目の前で何かを書いている少女――サラのそれはどうやら違うようだ。何より覗かれたことに気づいたらしく、隠すようにそれを引っ込めると彼女は意味ありげに笑ったのだった。
「ビュウって、好きな子とかいるの?」
「うん……?」
「ほら、もう学校に通うようになって半年は経ったでしょ? この子が気になる、とかこの子とよく遊んでる、とかあるでしょ?」
 いて当然、と言いたげにサラの口調ははきはきしていた。それどころか回答を聞くのが楽しみで仕方ないのか、声ははずに口角は上がっている。
「うーん、よく遊んでる子ならいるよ?」
「やっぱり! それでそれで、どういう子なの?」
 サラの声が弾むとともに、楽しみでたまらないと上体が僅かに浮く。がたんと椅子が鳴る。予想外の反応なのだろう、なぜかビュウはびくんと小動物のように反応する。圧されるように小さく方を竦める彼の答えには元気がなかった。
「シンディーとケイティーっていうね、仲良しの女の子とゴム跳びに誘われるよ。跳び方も分かってきてね、すっごく楽しいよ!」
 彼の頭の中で、遊びが再現されているのだろう。喋っている間の彼の目には光が宿り、口調も弾んでいる。
「……でもね」
「でも?」
 だが目の前の現実は楽しみに浸ることを許してくれない。興味津々のサラの前で、ビュウの口調は戸惑うようだった。
「おねえちゃんが聞きたいのって、好きな子のことでしょ? それならぼく、サラのほうが――」
「えっ?! ……あっ、違うよね」
 ビュウの言葉に割って入っておいて、サラは驚嘆に一瞬声を詰まらせる。だが沈黙して数秒、彼女の中で答えが出たらしく、空気の抜けた風船のように体から力が抜けていった。
 だがその分、彼女の復活は早かった。テーブルの木目に目を落としたサラは、ばね仕掛けのように頭をあげた。
「女の子、って言ったでしょ。見た目は分かりにくくても、お兄ちゃんを出してくるのはずるいでしょ!」
「だって~……」
 有無を言わさないサラの口調に、ビュウは途端に手をもみたじろいだ。だがいくら彼に詰め寄ったところで話は進まないだろう。サラはひとつため息をつくと、深く椅子に座りなおした。
「なんで好きな子がいるか聞いたか分かる? このノートにはね、そういうこと――誰が鋤とか、誰と付き合ってるとか、恋バナを掻いてるの。噂も含めてだけどね」
「こいばな?」
 ビュウは頭をこてんと倒した。頭の中は疑問符でいっぱいだろう。まだまだ恋愛ごとには疎そうなビュウを前に、サラはふふんと得意げに鼻を膨らませると口を開いた。
「そうよ、後は……そう、キスしたか、とか」
 さっと顔が赤くなり、サラはとっさに両手で顔を覆うと大きく頭を振った。見られていないか、と指の間からビュウの表情を伺うが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「そっかー! 好きならいっぱいキスするもんね! ぼくもサラと――」
「……あれってキスって言えるの?」
 サラの声は赤面していたとは思えないほど冷静だった。だがサラが突っ込みたくなるのも分かる。ドラゴンの愛情表現はこう――、人のそれとはあまりにかけ離れていて恋だの愛だのを語る相手にはならないのが現実なのだ。
「んー、べたべたになるけど、その分もっと仲良くなれるでしょ?」
 あくまでもビュウはけろっとした顔で答えてみせる。サラも関係は理解しているが、求めている答えではない。だからこそイライラもしないのだが、少しだけビュウのことが心配だった。
「仲良くなるのはいいけど、もっとお友達を作ったほうがいいよ。お城に行ったら大人ばっかりなんでしょ?」
「う、うん」
 お城、という単語を聞いたビュウの返事はぎこちない。サラからしたら城は特別な日にしか入れない場所だが、彼は特別に登城を理由に学校を休むことを許されているのだ。普段の城の様子はビュウの口から語られる内容とつぎはぎするしかない。
 いくら一芸徴用とはいえ、大人に囲まれた彼の立場は大変そうだ。
「大変、そうだよね」
「うん。でもお姉ちゃんだってたいへんなんでしょ? 大人はみーんな、たいへんたいへんっておおいそがしだもん!」
「あはは、ビュウらしいや」
「むー、それってほめてるの?」
 マイペースさを言葉でのびのびと表したビュウの明るい表情に、サラはたまらず笑い出す。口を突き出す彼のそれすらも愛らしく、サラは肯定の意味で頷きながらゆっくり息を整えた。
「でもね、忙しくてなんにも考えられなくなったとき、傍に人がいてくれるだけで明日も頑張ろうって気持ちになるんだって。ビュウにもそういう人、いるんじゃない?」
「うーん……」
「……ね?」
「…………サラマンダー、はだめなんだよね?」
 確認するように、ビュウはおずおずと口に出した。そんなに恐がらせてしまっただろうか。ほんの少しの後悔を胸に、サラはくすりと笑うとそうね、と呟いた。
「サラマンダーと同じくらい大切な人が、ビュウにもできたらいいね」
「うん!」
「じゃあ、この話はおしまい! ねえビュウ、おやつ買ってあげようか?」
「ほんと?! えへへ、お姉ちゃん大好き!」
「うーん……。やっぱり違うなあ」
 ビュウのきらきら輝く満面の笑みを、つねに傍に置いて大事に愛でていたいと思う。けれど一瞬のきらめきを残して椅子を降りる彼の好意が甘味に向いている事実を、サラは小さなため息とともに確かめたのだった。
「お姉ちゃん? 早く行こうよ!」
「そんなに急いでもおやつは逃げたりしないわよ、ちょっと待って!」
 どれだけおやつを待ち望んでいたのか、気づけばバッグを肩に掛けてビュウは玄関ドアを開けていた。逆光で表情は分からなくても、弾む声がサラを磁石のように引き寄せる。サラは彼の期待に負けないように声を掛けると、手元のノートを慌しくバッグに押し込んだのだった。

Which do you like?
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何気ない日常のひとコマ。
といっても、この話の内容自体が現行の話の先を行っているというアレアレ。
サラマンダーへの心理的距離がもっと近づくのがこの辺りから。そんな二人を見守りつつ好奇心旺盛なサラちゃんのお姉さんぶりが読めるのは「ちいさなつばさたち」シリーズだけ!(という宣伝で締める)
20200524



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