Novel / ヒーロー願望


「はあ、今日も何もなかったな」
 手足をベッドの上に投げ出してラッシュは嘆息する。まるで世の不穏を求める悪党のような物言いに、違和感を覚えてトゥルースは顔を左へと向けた。
「それでいいのでは? まさかラッシュ、町の見回りを率先して言い出したのは……」
「んなこたねーよ。でもよ、でっかい活躍をして褒められるのって憧れるだろ」
「……ああ、先週の表彰ですか」
 少しだけ考えてトゥルースは小さなため息をついた。
「でもその勇気を出すに値したからこそですよ。刃物相手に素手で立ち向かうなんて、自信と経験がなければなし得ません」
「もしおれらがその場にいたら、同じ事をしてただろ?」
 たいていの場合、ラッシュを諫めることは彼の気分を損ねて終わる。それだけ反骨心があると言えばいいが、へそ曲がりな彼の行動は事あるごとにトラブルを起こしてきた。
「昔なら無理だよラッシュ、今はナイトだからできる……かな?」
 火種がくすぶる臭いを嗅ぎとったビッケバッケが、寝落ちしかけていたにも関わらず眠い目をこすりながらベッドを降りて二人の間に立った。だがここで丸め込まれてたまるかと、ラッシュは身を起こして胸の内を吐き出した。
「やれるかどうかじゃねえだろ。ナイトだからやるんだよ」
「それもビュウ隊長のおかげですよ。隊長の顔に泥を塗るのは――」
「っち、そうやってお前らはビュウの後ろに付き従ってりゃいいだろ!」
 枕元のランプの火を揺らして、ラッシュはぎろりと二人を睨むと黙ってベッドに潜り込む。しばらく壁を睨むにしろ、その手前にベッドのあるビッケバッケは就寝をしばらく我慢しなければならないだろう。
 
「……はあ。すみませんビッケバッケ」
「トゥルースは悪くないよ。きっとボクでもラッシュは止められなかっただろうし。ね?」
 ランプ越しにビッケバッケはにこりと笑った。暗く沈んだ宿舎の廊下に二人の囁きはかき消えていく。
 思い悩んで顔を伏せるトゥルースとは対照的に、起こされたにもかかわらずビッケバッケは何か閃いたのか目を輝かせた。
「ねえトゥルース、ラッシュは誰かのヒーローになりたいんだよね?」
「ヒーロー……? まあ、言われてみればそうかもしれません」
「それならぼくらのどちらかでもいいってことだよね? ちょっと閃いたんだけど……」
 ビッケバッケの提案に乗ろうとトゥルースは耳を寄せる。ランプの明かりから外れた二人の内緒話は、深い暗闇に吸い込まれていったのだった。
 
 ***
 
「この中から探すのか? 骨が折れるな」
「大丈夫だよ! すぐ出てきたんだからきっと見つかるよ!」
 相づちを打ちつつ明るく笑うビッケバッケ。それに頷いたラッシュの表情は、声とは裏腹に自信に満ちているようだった。
 
 カーナ王都、とある市場。
 トゥルースが早朝、ビュウから言伝を受けて買い物にきたのがここらしい。らしいと言うのもビッケバッケの言うことを信じれば、という話だが、トゥルースが最後に話をしたのが彼だというのだからラッシュにとっては疑う余地はなかった。
 
「……にしても巡回の時間になっても帰らないのは心配だよな。なんか変な感じだぜ」
「地図が読めるようになったからいいけど、ここにトゥルースがいなかったらきっと迷子になってるね」
「今は城に帰ればいいんだからな、上ってきゃどうにかなる。でも今はトゥルースがいないと……ん?」
 城の方角を仰いでラッシュは不敵に笑う。笑顔で応えるビッケバッケの向こうにうごめく不穏な影は、ラッシュの足を自然とそちらに向けたのだった。
 
「ぐうう……ぐるる……」
「きゅるる! きゅうう!」
「ぐふー、ぐふふー」
「なんだなんだ、ドラゴンだらけじゃねえか」
「どうしたんだろうね……あっ、ラッシュ!」
 市場の隅、木箱などの資材が積み上げられた人々の死角。一見休憩のために集められたようにしか見えないドラゴンたちは、一斉に何かを求めるように頭を突っ込んでいる。
 ラッシュたちの割り込みにも全く動じない彼らを押し分けて二人が見たものは、なんとか木箱の隙間に挟まってドラゴンの唾液にまみれるトゥルースの姿だった。
 
「た……助かりました……」
「大丈夫か? うっわ、すげえ臭いだな」
 励ますつもりで顔を近づけ、むせかえるような生き物臭にラッシュは顔をしかめて鼻をつまんだ。ビッケバッケと二人で手足を拭いてやりながら、トゥルースから事の顛末を聞いていた。
「それにしてもラッシュ、あれだけ走ってまだ元気なんですね。私はしばらく休ませてもらいたいです」
「昔とったなんとやらってな! にしてもトゥルース、何を買いにきてたんだ?」
「ドラゴンが嗅ぐと酔うという薬です。私も本でしか知りませんでしたが、まさかこんなことになるとは……」
「へえ、これがねえ。投げ捨てろって言われて何かと思ったけど……」
 手のひらにのるほどの麻袋をもてあそびながら、ラッシュは悪ガキのごとく笑顔をトゥルースに向ける。悪い予感は往々にして当たるものだ。手を出される前に対処しなければというトゥルースの思いが、自然とラッシュの手を握っていた。
「――ありがとうございます、ラッシュ。あなたがいなければ私はきっと」
「いいんだよ、気にすんな。これでトゥルースに貸し一つ、だな」
「菓子でならすぐ返せるので勘弁してくれませんか」
「とびきり甘いので頼むぜ!」
 すっかり日常を取り戻したやりとりに、奇妙な臭いを残しつつ三人は石畳を歩いてゆく。行き場のなくなった麻袋をラッシュから受け取ったビッケバッケは、それをズボンのポケットに隠すように押し込んだのだった。
ヒーロー願望
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174回二代目フリーワンライのお題でした。さりげなく協力してくれる兄貴分、いいよね(そこ?)
2021/08/07



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