Novel / パジャマパーティーはお菓子の香り


「ええっ、そんな楽しそうなことをディアナはしてたんだね! いいなあ!」
小鳥の声と静寂だけが客の、がらんと寂しいテードの一軒家。
突如上がった羨望に満ちたビッケバッケの声が、そんな静けさを一気に吹き飛ばしたのだった。

「……なんだなんだ、昼間からサボりか?」
声に引きつけられて、離れて掃除をしていたラッシュは用具もそのままにビッケバッケの元へ足を運んだ。向こうからはトゥルースもまた、手を布巾で拭いながら近づいていた。やはり人の話は気になるもので、かち合った目線に二人は自然と笑みを零していた。
それぞれが持ち場の掃除をしていたはずなのに、どうやらこの二人は堂々と立ち話に花を咲かせていたらしい。多少は悪いと思ったのか、机に放置された布巾を握り直すとビッケバッケはすがるようにディアナを見つめた。
「ちがうってば! ためになる話を聞いてたんだよ。ね、ディアナ!」
「そうそう。それに、あなたたちにとっても楽しい話なんだから!」
助けを求められて、すかさずディアナはビッケバッケとラッシュにそれぞれ頷き笑顔を見せる。……少なくとも手を抜いていたことに違いはないらしい。
全く反省の色を見せない二人に向かってラッシュはわざとらしく息をつく。だが娯楽の殆どない島暮らしを続ける上で、ディアナのもたらす話は暮らしに彩りを添えているのもまた確かだ。
「それじゃあ、聞いてやろうじゃないか。せっかく全員揃ったんだ、これで話がつまらなかったら後の掃除はお前らにさせるからな?」
「えっ?!」
「ちょっと、冗談きついわよ……まったくもう」
驚きに目を丸くするビッケバッケとは対照的に、ディアナはあくまでも冷静に息を吐きつつじとりとラッシュを睨む。これが本当のつもりだと言いだそうものなら、しばらく口をきいてもらえなさそうな迫力が彼女の目にはあった。
「私も気になって来てみてしまいましたが……。ディアナ、良ければ聞かせてもらえませんか?」
三人がやいやい言い合う様を横目に、トゥルースはいつの間にか椅子に腰を掛けていた。気まずそうにラッシュから視線を外したタイミングでそう微笑まれると、さすがに彼女もこれ以上言い合っても無駄だと感じたのだろう。調子を合わせるように小さく頷くと、生来の明るい調子で話し始めたのだった。

「パジャマパーティーって知ってる? ようはお泊まりなんだけど、何が違うのって言ったら美味しいものを持ち込んで、一晩しゃべり明かすってことなの!」
「ね、ね、とっても楽しそうだよね!」
身振り手振りを交えながら、ディアナは説明を終える。その終わりに被さるように、ビッケバッケは二人の顔を交互に見ながら目を輝かせた。
まるでもう事柄が決定されているかのような口ぶりに、それでもラッシュは水を差しては悪いと思いつつも突っ込まざるにはいられなかった。
「それってつまり……、昔おれらがやってた事と変わらないんじゃねえか?」
「美味しいものを並べる余裕はなかったですけどね」
くすくす、とトゥルースの小気味よい笑い声が三人の間を通り抜ける。ラッシュがそれを肯定する隣で、ビッケバッケは一転しゅんと肩を落としながらも同意していた。
「しょうがないよ、だって起きてる分だけお腹が減るんだからさ。でも不自由は不自由なりに、あの頃も楽しかったよね?」
「そりゃあ、三人一緒だったからだろ。もし一人だったら、毎日不安でたまらなかっただろうな」
落ち着きを取り戻したビッケバッケの声を、ラッシュはさらりと引き継いだ。だがこのままでは、しんみりした空気に場が支配されてしまいかねない。次の言葉を探して視線を泳がせるラッシュに向かって、敢えてディアナは口角を上げにんまりと笑った。
「へー、意外。ラッシュってそういうことも言うんだ?」
「言ったら悪いかよ! ……ったく」
多少なりとも恥ずかしい自覚が、ラッシュにもあったらしい。ばつの悪そうに口を尖らせ彼女から視線を逸らすと、その先にいたトゥルースが話題を柔らかく受け止めた。
「そもそも美味しいものが手に入ったら、もったいなくてちまちまと食べてましたもんね。ディアナはそこに何を持ち込んだんですか?」
「それそれ! ボクも知りたい!」
瞳に光を宿らせて、ビッケバッケは声を弾ませた。一方のトゥルースはそれで役目が終わったとばかりにゆっくり息を吐く。そんな二人と輪に戻るタイミングを見計らうように視線を泳がせるラッシュとに視線を巡らせると、ディアナは胸の前で両手を合わせて微笑んだ。

「えーっ、どうだったかな? 大体は分け合えるお菓子だったけど、たまにはお酒も持ち込んだりしてたな。酔ってくると話の内容が変わってくるから、それはそれで楽しかったかな!」
物の詳細をディアナは語らなくても、三人の豊かな想像力はカーナの町中にある菓子屋へと足を運んでいた。鼻腔を満たす甘い香り、目にも楽しい鮮やかなお菓子たち。今でこそある程度自由にお菓子を食べ、酒を嗜むようにはなったが、明日すら分からない暮らしをしていた頃はショーケースに張り付くことすら危険を伴っていた。
「いいなあー……」
誰からともなく声が漏れる。すっかり牙を抜かれた彼らが夢想に酔っている中、とある事実に気付いたトゥルースが数度瞬きをするとディアナに向き直った。
「……どうも私たちはパジャマパーティーが特別な事だと思っていたのですが、その口ぶりだとそうでもなさそうですね」
「――ん? そうだけど。そんなに改まって確認するようなこと?」
「んだと?! おれらがどれだけ苦労してきたか――」
きょとんとしながらも答えるディアナに対して、突然ラッシュは肩を怒らせると食ってかかった。それこそ直接掴みかかりそうなほど彼女に寄っていくその腕を、まあまあと宥めつつビッケバッケは掴むと引き戻した。
「ほらラッシュ、熱くならないで。どうどう」
「……ちぇっ」
柔和な表情に絆されたのか、ばつの悪そうにラッシュは口を尖らせる。それで良しとしたのだろう、ビッケバッケはその顔をディアナに向けると
「ごめんね。ボクたち何かと食べる物には苦労してきたからさ。でも凄いね、そんなに夜更かしできるなんて、さすがカーナお抱えのプリーストだなあ」
謙遜無しで一方的に彼女を褒めた。ともに世界を救った仲間とはいえ、お世辞抜きだとどうにも恥ずかしいらしい。
「ええと、そうじゃなくって……」
ディアナは頬を軽く掻きながら、へらへらと表情を崩して言葉を続けた。
「私がこっちに来る前はね、実は暇してたんだよね。あなたたちみたいに元々お城に仕えてる訳でもなかったし。で、同じカーナ出身の子と連絡を取り合って、お互いの家を行ったり来たりしながらパジャマパーティーしてた、ってわけ!」
これ以上の説明はいらないでしょ、と言いたげに、ディアナは胸の前で手を合わせると三人の顔を見回した。それぞれが頷きその場は解散、という雰囲気だったが、次に彼女の口から飛び出た言葉にはつま先を一斉に向けることになった。
「……でも、ここはあなたたち三人の家で、一緒に暮らしてるんでしょ? 確かにここは仕事場でもあるけど、たまの夜に飲み明かしたりすることはなかったの?」
「――言われてみれば、ベッドルームも同じなのに特別そういうことはしていませんね」
トゥルースはぽつりとそう呟くと小さく首を捻った。だがそんな彼に思い切りよく突っ込みを入れたのはビッケバッケだった。体も一緒に振り切ったのか、椅子の背にぶつけたらしい手をかばうようにさすりながら苦笑いを浮かべる。そんな彼のおっちょこちょいは、自然とほぐれかけていた場ををひとつに撚りあげていたようだ。

「えへへ。だってさ、ラッシュも一緒になって怒られたよね。でしょ?」
「――そうだよな! トゥルースはいつもこう言うんだぜ、「寝床に食べ物を持ち込んではいけません!」ってな」
照れ笑いを浮かべつつ同意を求めるビッケバッケの視線を、少しだけ思い出していたラッシュは大きく頷いた。合わせたように動く顔の先で、当のトゥルースはばつの悪そうに溜息をつき微笑みを浮かべた。
「……確かに。そう言いだしたのは私ですし、今でもそう思うのは事実です。ですが、ディアナの話に興味を持ってしまったこともまた事実です」
「じゃあ……!」
どちらともなく口を突いて出た言葉に、トゥルースは一つ大きく頷くと口元をほころばせた。
「やりましょうか、私たちなりのパジャマパーティーを。ただし、持ち込む物の可不可はディアナに決めてもらいましょう。お願いできますか?」
「やったぜビッケバッケ!」
「やったあラッシュ!」
トゥルースの言葉は、二人の騒ぐ声に遮られた。大仰なまでに両手を広げ、抱きついて喜びをこれでもかと全身で表していた。普段なら子供っぽいと笑うディアナだったが、今回に関しては困惑せざるを得なかった。
「えっ、私なの? どうして?」
「妙なことだとは理解しているのですが……。私自身に経験がないことと、一定の規則があった方が無茶をせずに済むこと。後は――」
笑顔にくしゃっと皺を寄せて、突然トゥルースは言葉を濁らせた。話しにくい彼なりの事情があるのだろう、とディアナはそれ以上理由を問うことなく笑顔で頷く。そして未だにわいわいと予定を立て始めているラッシュとビッケバッケに向き直った。
「うん? まあ、そういうことならいいよ。二人ともいつまで踊ってるつもり?」
「あ、話は終わったか? ビッケバッケと相談してたんだけどよ、ほら!」
「うん。この島、町で買えるようなお菓子なんてほとんど無いから、結局作るしかないかなって話してたんだ。良ければディアナに聞きながら、一緒に作れたらなーと思って。どうかな?」
ラッシュに話を継がれて、ビッケバッケはハキハキとしゃべり始める。まるで遠足を前にはしゃぐ子供のような姿に、ディアナは戸惑うことなく二人に頷いていた。
「オッケー! じゃあまずは、何が作れるか倉庫にレッツゴー!」
「ゴーゴー!」
「おいおいビッケバッケ、あそこに何があるかを一番知ってるのはお前だろ……?」
喜んだのも一瞬、ふとラッシュは事実に思い当たってビッケバッケの背中に声をかける。だがその声はどうやら彼の耳には届かなかったらしい。足取りも軽くディアナを追い抜いた瞬間を目の前にしてしまえば、もはやいつか望んだショーケースの中身が再現出来なかろうが関係ないのだ。
「――おい待てって! トゥルースも早く来いよ!」
「ええ。ラッシュも焦って階段から落ちないでくださいよ」
すれ違いざま、ラッシュは動きの緩慢なトゥルースに声をかけることも忘れない。満面の笑みを浮かべた彼が了解の意味で小さく手を上げる姿を見送ると、トゥルースもまた食糧倉庫になっている地下へと足を向けた。

「……あの、ディアナは後を追わないのですか?」
そんな彼の足はすぐディアナに並んだ。号令を掛けさも先頭を行きそうな雰囲気を出しながらも、彼女は未だに一歩も踏み出してはいなかったのだ。
「うーん、急がなくても何があるかは分かってるし、二人の熱に水を差しちゃうのも悪いかなーと思って」
軽く机に腰など掛けながら、当のディアナは平静を保ったままにこりと笑いかける。もしかしたら初めからその予定だったのではとすら思わせるその余裕に、置いて行かれたトゥルースは不思議と安堵を感じていた。
「あとは――」
「え?」
その声色を、幾度となくトゥルースは聞いていた。どこかで仕入れた噂話を、共犯者を増やすべく仲間に呼び掛けるときの声だ。自然と身構えてしまっていたのだろう、彼女は机を離れると明るいいつもの笑顔で謝り始めた。
「ごめんごめん、変な話じゃないからさ。でも気になってたんだ、私に今日の仕切りを任せた理由が、ね」
「――なるほど、覚えていたんですね。何も隠すほどのことではないのですが……。とりあえず私たちも向かいましょう」
思わぬ理由に苦笑しつつ、トゥルースはディアナの肩越しに地下へ向かう階段を指差した。それに頷き返すとゆっくり歩き出す彼女にすぐ並んだトゥルースは、ほんの少しの緊張を伴って口を開いた。
「言いにくかった理由はとてもくだらないんですよ。規則を私が設けたとしても、結局二人を甘やかしてしまう未来が見えているからなんです」
――トゥルースが口を閉ざすと、聞こえる音は二人の足音だけだ。
それをややあって破ったのは、ディアナのなんとも楽しげな笑い声だった。
「くすくす、あはは……。トゥルースらしい理由で良かった!」
「そ、そうですか……?」
いい年だからこそ身内へのひいきが気恥ずかしいのだ、と緊張の面持ちで反応を待っていたトゥルースは、予想外の回答に表情を和らげた。そんな彼の姿に安心したらしいディアナは、何を納得したのか大きく頷くとはじけるような笑顔を見せて口を開いた。
「うん、やっぱり三人はこうして仲良くしてるのが一番安心して見てられるかな、って!」
「その意見は、一体どこ目線なんですか……?」
少しずつ近づいてくる地下ではしゃぐ二人の声に混ざって、思わずトゥルースは目をしばたかせる。それに器用にウインクを返すと、ディアナはわざと大きく階段の一段目を踏み出した。
待ってましたとばかりに開け放たれる地下倉庫の扉。並んで輝く二人の笑顔。十分とは言えない灯り中で確かに光る存在に、トゥルースもまた急ぎ足で階段に足を掛けたのだった。

パジャマパーティーはお菓子の香り
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というわけで一年ぶり?のナイトトリオの日でした。
そもそも何だそれという話ですが、ようはアレアレ語呂合わせです。
7月10日が前期、9月10日が後期扱いなのですがそもそも書き手が肝心の日付の投稿に間に合ってないので何のこっちゃって話ですね。
時系列は戦争終了後、三人が本格的な仕事を始める前にディアナがやってきて、仕事を兼ねつつ同じ屋根の下で暮らしてるうちの1日って設定でした。
要するに「竜と銀のロンド」の設定そのままなんですが思い返せば本の形に出来ていないのでは……?
多少成長しても変わらない三人の関係が好きです。だからこそ自身の夢を見つけて違う道を歩くと決めた後の関係が気になって仕方ないんですよね~~!(いくら家族同然とはいえ個々の欲求はあって然るべきだと思うので)

2022/09/10



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