夜の帳が落ち、二人は寝室にいた。
トゥルースはランプの付いたテーブルの元で本を読んでいる。
最近気に入っているのだという、シリーズ物の最新刊だそうだ。
そんな彼の向かいに座っているラッシュにとって、そんな事はどうでもよかった。
ラッシュの興味はただ一つ。
眼鏡をかけ、一心に本に向かうトゥルースの表情をじっと見つめていた。
「……先程から、ラッシュは何を見ているんですか」
トゥルースは本から目を離すと、ゆっくり顔をあげる。
さすがのトゥルースも、視線をひたすら浴びて気にならない訳がないらしい。
眼鏡を外しながら、彼はラッシュを訝しげな表情で見た。
「何って、そりゃー」
ラッシュは間の抜けた声で答えた。
「トゥルースの顔を見てるに決まってんだろ」
「……はあ」
釣られて気の抜けた声がトゥルースの口から零れる。
それを追うようにして、ラッシュは口を開いた。
「可愛いトゥルースの、な」
「な……っ?!」
思わぬ言葉に絶句するトゥルースをよそに、ラッシュは満面の笑みを浮かべていた。
「オレさ、思ったんだ」
ラッシュはテーブルに両肘を立て、そこに顎を乗せた。
普段なら行儀が悪いとトゥルースから小言が飛んでくるが、今の彼にそんな心の余裕はなかった。
「な、何ですか藪から棒に」
「トゥルースってよ、いつもは猫みたいだけど、オレからしたら犬みたいで可愛いなーって」
「そのよく分からない対比は一体何です、そもそも可愛いというのは」
「褒めるとそうやって耳が赤くなって、口数が増えるのも可愛いと思うぜ?」
ラッシュに言われて、トゥルースは思わず両の耳たぶをつまんだ。
やたら熱を帯びているように感じるのは、何も冷え込んでいるだけではないらしい。
「そ、そもそも可愛いというのは男子に使う言葉ではありません。褒めるのであればもっと」
「もっと?」
ラッシュの促されるような一言に、トゥルースは耳たぶから指を離すとゆっくり息をついた。
「立てた武勲や、精神や、あり方について褒めるべきなのではと」
「トゥルースはそうやって褒められたいのか」
「決して賛辞が欲しくて努力をしているわけではないですけどね。ほら、ラッシュも隊長に一言褒められればやる気が出るでしょう?」
「それは嬉しいぜ。だけどよ」
ラッシュは口元を尖らせた。トゥルースははて、と小首を傾げる。
「何か不満でもあるんですか?」
「不満じゃねーんだけどさ、何つーか、オレは、その」
言葉が上手く出てこないのか、ラッシュは手を顎から外すとぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「家族、っつーか付き合ってる相手として、だな……」
ラッシュの言葉尻が濁る。それを浚うように、トゥルースの口が開いた。
「要するに恋人として、褒めたいのですね?」
「そう、それだよそれ!」
ラッシュの瞳は輝いた。が、反してトゥルースの吐く息は重かった。
「ラッシュ。確かに私達はつきあい始めて大分日が経っています。しかし褒めるのであれば、普段から感謝や労いの言葉は掛け合っていますし、隊長のように的確に行動や結果を褒めて頂く方が」
トゥルースの言葉は、テーブルに打ち付けられた激しい音にかき消された。
それはラッシュの両の掌だった。よく見れば、腕がふるふると震えている。
「さっきから話を聞いてればよ」
そこで一旦言葉を切ると、勢いよく立ち上がったラッシュはトゥルースの目を射るように見つめた。
「隊長が隊長が、ってそんなにビュウに褒められるのが嬉しいか?!」
「待ってくださいラッシュ、隊長の件は例として出しただけであって」
「それでもトゥルース、凄く嬉しそうだったじゃねーか!何だよそんなにビュウが好きかよ!」
「好き嫌いの問題ではなくて、尊敬する相手からの好意を無下にはできないでしょう?」
「……分かってるよ」
トゥルースの諭すような言葉に、ラッシュの肩がすとんと落ちる。
「分かってるけど、オレ――誰よりトゥルースの事が好きな自信があるから。誰よりトゥルースの良いところ、知ってるから。だから」
どんどん語尾が尻すぼみしていくラッシュに、トゥルースはにこりと微笑んだ。
「ラッシュ」
「……なんだよ」
不満げな表情を浮かべるラッシュをよそに、トゥルースは彼を手招きした。それに従いラッシュはテーブルをぐるりと回ってトゥルースの前にやってきた。
するとトゥルースは立ち上がり、ラッシュの左手をそっと包むように握った。
「先程は怒らせてしまってすみません。そもそも軍属ですらないのに例に出すのは失敗でしたね」
「べ、別にそんな怒ってねえし」
「後、ラッシュの気持ちはよく分かりました。私もとても嬉しいです。しかし私にどれだけ良いところがあるのか今一分かりません」
「もしかして、トゥルース」
「はい。私の良いと思うところを教えてくれませんか、ラッシュ」
トゥルースの言葉が終わるか終わらないかと言うところで、ラッシュの表情は晴れ渡る空のように輝いた。
そしてトゥルースの手をしっかりと握り返すと、小さな咳払いをひとつ。
「じゃあ、じゃあな。一つ目な、笑った顔がスッゲー可愛い!」
「また見た目の問題ですか、他には何かないんですか?」
「それなら二つ目な、トゥルースの作った飯が超美味い!」
「料理ならビッケバッケの方が上手ですよ。私には無難な物しか作れません」
「何言ってんだよ、オレが作ったら黒い塊になるんだぜ!」
「それはラッシュがきちんと手順を守らないからですよ」
トゥルースは苦笑した。ラッシュは分かっているのかいないのか、くつくつと笑っている。
「他にはまだありますか?」
「沢山ありすぎて困るけど、そうだ、トゥルースがオレとしてるときの我慢してる顔がたまんねえ!」
「たまんねえとは何ですか。それにはしたないです。大体……」
「事実だから仕方ねーだろ。何ならあっちで見てやろうか」
説教口調になりそうなトゥルースを上手い事かわすと、ラッシュは右手でベッドを指した。
誘われるように視線をベッドに移したトゥルースは、それにしても、と呟いた。
「この状況でどうすると言うんですか。ビッケバッケが気持ちよさそうに寝ているというのに」
「ビッケバッケは一度寝たら朝まで起きないから平気だろ、お陰で助かってるんだからトゥルースも感謝しろよ」
「感謝しろとは何様ですか全く。でも」
そこで言葉を切ると、トゥルースはラッシュに向き直った。
「このままだと埒が明きそうにないですし、ラッシュが寝るまであっちで聞きますよ」
「よし、なら朝になるまで我慢比べだな!行こうぜ」
言い終わるかというところでトゥルースの手を引き始めるラッシュ。そんな彼の手の温もりを感じながら、トゥルースは呟いた。
「たまには、ちやほやされてみるのも良いかもしれませんね」
「ん、何か言ったか?」
「いいえ、何でも」
ちらりと表情を伺うラッシュに向かって、トゥルースはにこりと微笑んだ。
短くて申し訳ない。
事の始まりはひとつのつぶやきからでした。と言うわけでラシュトゥルほのぼの。
当初はラッシュがビュウに嫉妬するなんてつもりは全くなかった。プロット打たないからこうなるんだ反省しろ自分。
ちやほやされる事に抵抗がないトゥルース可愛い。ただし相手はラッシュのみ。
言いたいのはそれだけでした!!
一夜漬けの物なので変なところがあったらごめんなさいね……
20130217 朝六時半回ってるうへぇ