Novel / ここからはじまる

 「ビュウ!」
 見慣れた後姿を見つけ、駆け寄ってくるのはディアナ。
 猫のように気まぐれで、くるくる表情の変わる、見ていて飽きない少女。
 「どうしたんだ。また何か新しい噂でも持ってきたか?」
 そして、無類の噂好き。
 「何よー、それじゃ私が噂を集めるために歩いてるみたいじゃない!」
 そういって、ディアナは頬を膨らませる。
 「違うのか?」
 「…違わないけどねっ」
 一変、けらけらと笑う彼女を、微笑んで見つめるビュウ。
 「あのねー…」
 そうして彼女の止まらぬトークを聞きながら、ビュウは思う。
 いつから彼女の他愛もない会話に、心の平和を感じるようになったのだろう?

ここからはじまる

 「そういえば、ビュウとヨヨ様って幼馴染のような関係なんでしょ?」
 マシンガントークを一旦打ち切って、ディアナはビュウに問いかける。
 「みたいなものだけど、どうしたんだ?」
 「あのねあのね、すでに二人の間でAは済んでるって聞いたんだけど」
 「…A?」
 ビュウは眉を顰める。本当に恋愛ごとについては何もしらないのか、この人は。
 「知らないのー、恋愛のABC!Aはキスなんだよーだ」
 「?!そんな話をどこから聞いたんだディアナ」
 気にせずに受け流せばいいものの、思わず聞き返すビュウにディアナはくるりと背を向け、
 「そうかー。本当に済ませてたんだー。へー、意外!」
 言って駆け出す。そんな彼女を止めようとビュウは腕を伸ばしたが時既に遅く、ディアナの姿は 廊下の角を曲がった後だった。
 そもそもそんな話がどこから出たか、確認をしたかったのだが後の祭りだったようだ。
 ビュウは思わず額に手をやり、小さなため息をついた。


 「…はぁ。」
 一方、ディアナも女子の部屋の片隅でため息をついていた。
 「どうしたのよディアナー。そんな世界の終わりが見えちゃったようなため息ついて。」
 カウンターでワインを片手に、時間を持て余しているであろうルキアがディアナの異変に気づいていた。
 「ある意味世界の終わりが見えちゃったのかもー…」
 やる気のない声でディアナは言葉を返す。余りの生気のなさにルキアは席を離れた。
 「何々、何があったのよ珍しいわね。」
 「ビュウのことなんだけど」
 「ビュウの?」
 ルキアは小首を傾げた。彼の周囲に、そんな彼女が衝撃を受けるような噂があっただろうか。それを聞こうとした直後、背後で開いたドアの音に首を上げた。
 「ビュウ!」
 噂の本人の登場に、ディアナは思わず立ち上がらずにはいられなかった。

 ビュウはディアナに気づくと、まっすぐこちらへ向かってきた。そして開口一番、
 「さっきの話のことだけど」
 と、気まずそうな雰囲気で話しかけてきた。とにかく怒っている訳ではなさそうなので、彼の言葉に耳を傾けることにした。
 「済ませたとか済ませてないとか、そういう話じゃないんだ。俺はヨヨの騎士で、守護者だ。それ以上でもそれ以下でもない。それだけは間違わないで欲しいんだ」
 「なーんだ、違ったんだ。それならいいんだ。ごめんねカマかけちゃって」
 「カマ…?」
 ビュウは素っ頓狂な声を出す。あまりの雰囲気の変わりように、噴出しそうになるのを堪えながら、ディアナはクスクス笑いながら答えた。
 「そう、カマをかけたの。さっき聞いたのは根も葉もない噂。ごめんねビュウ!」
 「くそう、すっかり振り回されちゃったな」
 後ろ手で頭を?きながら、苦笑いするビュウに、ディアナはウインクして言った。
 「ごめんごめん、その代わり取って置きの話をしてあげるから許してちょうだい!」
 それなら許す、とばかりに話に食いつくビュウを見ながら、やはり話をするならビュウが一番なのかな、と頭の中で考えるのであった。


 その小さな事件があってからなのかは分からないが、ディアナの視線は自然とビュウを追うようになっていた。小さな情報があれば、それをビュウに話した。
 ビュウはそれを真摯に聞いてくれる。たとえそれがどんなに小さなものでも。
 ついでに自分の悩みを話しても、打開策を教えてくれる。つい最近の話題は、
 「自分のこの魔法の力を戦うこと以外に利用することは可能なのか」であった。
 ビュウの答えは、「それをどう利用するかは利用する人の心持ちひとつ」だった。
 そんな彼を、ただの部隊の隊長としてでなく、一人の男として認識し始めた、その頃。
 ファーレンハイトに、思わぬ客が訪れた。グランベロスの将軍であるパルパレオスであった。

 その頃から、明らかにファーレンハイト内の空気が変わっていた。皆そわそわしている。祖国であるカーナを取り戻す時が近づいているからであるからだろうか。
 無論、自分も祖国の奪還は喜ぶべきことだった。それについて、持って いる限りの噂を集め、ビュウに伝えた。ビュウは微笑んでいつもありがとう、と言ってくれた。
 そして祖国奪還。苦労は多かったものの、それを上回る喜びがそこにあった。

 が、どこか元気のない人物が一人。ラッシュである。
 ディアナはラッシュを、人気のない場所に連れ出した。いつもなら生意気な口を利いてばかりで言うことを聞かない彼も、今回は不思議と素直について来た。
 「ちょっとラッシュ、どうしたのよ。そんなに元気がないの初めて見たわよ」
 「ああ…ちょっとばかり見たくないものを見ちまったもんでさ」
 はは、と乾いた笑いが彼の口からこぼれた。ついで出るため息。
 「思い出の教会、あるだろ?」
 「あの色々な噂のある教会のこと?」
 「そう。俺、そこで見ちゃったんだよ。ヨヨ様とパルパレオスが、一緒に入って行くところ…俺はそれを見るのが限界だった」
 がくりと肩を落とすラッシュを他所に、ディアナは言葉が出なかった。
 ビュウはただの主従関係だと言っていたが、そんなはずはあるまい。それが周知の事実であり、その関係を二人が超えていることは明白であった。
 そのはずであったのに。


 「…遠くに行ってしまったようで」
 ビュウは、風の吹き荒ぶかつてカーナの竜宿舎があった場所で、サラマンダーにもたれながら呟いた。
 「俺は、これからもヨヨの騎士でいられるのか…?これからも、側で微笑む姿を見守れるんだろうか」
 答える相手のない問いが、風に飲まれて消えて行く。ビュウの心を知らず、雲ひとつない青空が彼を見守っていた。
 ふと、青空の中に微笑む姿を思い出した。それは一人の少女のもので、見慣れたものであった。なんでもない日常の中にもたらされる平穏。
 その平穏を探しに、彼はカーナ城内に彼女の姿を探すことにした。

 彼女の姿は、意外とすぐに見つかった。
 「…ディアナ」
 声をかけるより早く、彼女は駆け寄ってきた。そしていつもの笑顔を浮かべる。
 「ビュウ!カーナも平和になったし、どこかへ散歩に行かない?」
 「場所は?」
 「ビュウにお任せ!」
 満開の花のような笑顔。これが自分の日常だったのか、とビュウは思い返す。
 「それなら、いい場所がある。竜に乗っていく必要があるけど、行くか?」
 彼女はうんうんと首を振る。そんな彼女を連れて、サラマンダーの元へ行く。
 その手はどちらからのものなのか、自然と繋がれていた。
 サラマンダーは空を翔る。始まったばかりの二人を乗せて。


 サラマンダーがたどり着いたのは、おおよそディアナには検討のつかない場所だった。
 漆喰作りの続く町並みを見下ろす、小高い丘の上。おおよそ竜でなければ辿り着けない場所であろう。
 そこに、肩を並べて二人は立っている。
 「ここの景色、なかなかだろ?俺は何かあったとき、サラを連れてここによく来るんだ」
 「何か…あった時?」
 ディアナには直接聞く勇気はなかった。でもそれで十分だろうとは考えていた。
 「ああ。一人の女性のことがあったんだ。俺はこれからも側にいれるのだろうかって」
 ビュウはまっすぐ町並みを眺めながら、一人語るかのように呟いた。
 「でも、もう大丈夫。俺の側にはいつでも側にいてくれる存在がいるって事に気づいたから」
 そう言って、ディアナに向かって微笑む。ディアナは思わず胸が高鳴る。
 「だから、教えてくれよ。また、楽しい噂話をさ」
 ディアナは息を呑む。そして、精一杯の笑顔を持ってビュウに語りかける。
 「ねぇ、ビュウを好きな子のとっておきの噂があるんだけど、知りたくない?」
 何かな、と言って少し屈んだビュウに、精一杯の背伸びをして頬にキスをした。
 1秒、2秒、時間を数えるのすら放棄するほどの時間。
 終わってから、ディアナはとっておきの笑顔をビュウに向けた。
 「これくらい、私がビュウを大好き、ってこと!」


 辺りは夕日が昇り、漆喰に反射する金の影と、二人を覆う赤い影とが、これから始まる新しい物語を織り成しているようであった。

ここからはじまる
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この後無事に平和が訪れたら二人は旅に出るのでしょう。それはそれは楽しそうな関係かも。
にしてもビュウフレ支持派な自分がこんなものを書いててよいのかと思いながら結構楽しかったです(コラ 0710



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