「人間じゃなくてもいい?」
「ええ、それはちょっと困るなあ」
店主は目をしばたかせると、広くなり始めた額を触った。困ったことなどがあるとついついいじってしまう、彼の癖だった。だが最近同職の友人に「今日もデコ磨きか」と笑われたことが少し気にかかり、意識的に触らないようにはしているのだ。
それでもつい触ってしまったそれを目の前の小さな客にじっくり見られて、彼は慌てて手を揉みつつ話を進めることにした。
「そもそもだなあ、ちゃんと募集要項は読んだのかい?」
「読まなきゃこないよ、人手がほしいんでしょ?」
「そりゃあ猫の手でも借りたいくらいさ。だからといって、実際に猫を連れてきて許されるのは子供だけだぜ、お嬢ちゃん」
「あっ、おじさん今メロ――私のこと子供扱いしたでしょ!はいこれ」
この地で長らく仕事をしてきた彼にとって、目の前の彼女は経験の浅い子供にしか見えなかった。しかし彼女はそれを気にしているのか、肩から斜めにかけていた鞄の中から書類を取り出しつきつけてくる。それは彼女たち、ラグーンを巡り金を稼ぐ旅行者には必須の身分証明書だった。
「メロディア、年齢16歳、ね……。確かに立派な大人だな、悪かったよ」
「わかってくれたらいいんだ。それでね、お仕事のことなんだけど」
目を通して書類を返すと、メロディアという少女は満足そうに頷いて笑ってみせる。出身地にゴドランドと書いてあるのを見た彼は、彼女は一人前の魔法使いとして修行の旅を続けているのだろうと想像を膨らませた。
「確かに人手はほしいけど、魔法でどうこうするのは難しいと思うぞ? それに人間じゃないって、お嬢さんは魔物使いだったりするのかい」
「できたらよかったんだけどね、結局仲良くなれなかったなー……じゃなくて!」
過去を回想するようにメロディアは少しだけ遠い目をした後で、メロディアははっとすると店の出口に向かって呼びかけた。そういえば彼女が店に入ってきてから、やたら外の人通りが賑やかになった気がする。
「ワガハイ、後の三人も連れてきて!」
「ほらメロディアが呼んでるぞ、行くぞプチデビ三銃士!」
メロディアの呼びかけに応じて、一瞬外で歓声が上がった。何が起こったのかと彼が立ち上がるより早く、店のカーテンを開けて見慣れぬ姿が彼の目に飛び込んできた。
「もにょー!(人間なんてちょろいぜ!)」
「むにょー(おひねりもらってきたんだぜ)」
「もにょもにょ……(仕事なんてしなくていいんじゃねえの?)」
「やあやあ初めてお目にかかるな人間よ。我がワガハイ。そしてここにいるのがプチデビ三銃士。何の仕事かは知らんが、泥舟に乗ったつもりで我々に任せるがいい!」
「あのー、メロディアさん。この生き物は……」
「初めて見るのかな、プチデビだよ。物の片付けはできないけど、人を呼ぶのだったら任せてほしいなと思って」
突然目の前に現れた、子供ほどの背丈の奇妙な生物とそれと言葉が通じるのかおしゃべりを始めるメロディアを前に、彼は胸騒ぎを覚えつつも仕事の概要が書かれた紙に、自分のサインを書き上げた。
「こんな賑やかな旅行者は初めてだ。一応そっちのも話せるみたいだし現場に行ってみてくれ。もし採用されなくても俺を恨むのはよしてくれよ」
「ありがとうお兄さん! 任せてよ、お店をちゃんとお客さんでいっぱいにするんだから!」
「行くぞプチデビたちよ! 人間どもに我々の恐ろしさを認知させるのだ!」
プチデビたちがぞろぞろと出て行った後で、メロディアは小さく笑うとひとつ礼をして店のカーテンをくぐっていった。
突如巻き起こった嵐のような展開に、彼は奇妙が生き物がいっていたことを反芻しながら眉をひそめた。
「恐ろしさ、を見せ付けられるような見た目じゃないと思うんだが……まさかなあ」
時計の針の音に飲まれた彼の声。その疑問が答えになって返ってくるのは、もう少し先の話。
終戦後のメロディアとくっついて旅をするプチデビの話、のつもり。30分。
書きたいポイントを絞らないと説明不足感が漂ってくるのは仕方ないけど反省。
170420