ぼくたちドラゴンにも、季節を感じる感覚があって、もちろん好きな季節だってある。
ちなみにぼくが好きなのは空気がひんやりする冬。あっ、冬っていう言葉はパパーー、ビュウたちはおやじって呼んでるーーに教えてもらったんだ。アイスドラゴンは暑い夏が好きで、サンダーホークなんかは大雨が降るならいつでもいい、って言ってたっけ。
モルテンは春が好きなんだって。花がいっぱい咲いてきれいだから、って言うんだけど、ぼくはその花を食べるほうが好きだよ!
ぼくがひとりで食べてるとみんなが気にして集まってくるから分けてあげるんだ。やっぱりひとりより、みんなで食べるほうが美味しいもんね!
でもそんないつもと変わらないはずの春が、今年はちょっとだけ違うみたいなんだ。
***
「おやじ」
「ああ、ビュウか。こんな時間に呼び出してすまんの」
「いや、ちょうどよかった。どうも形式ばったことは苦手みたいだ」
「言いよるのう」
ドラゴンおやじは豊かな口ひげを動かしながら声をあげて笑う。その姿に日常を見たのか、ビュウもつられるようにして笑った。
聖国カーナ、カーナ城前。
春の香りに包まれた故郷は、敵の手から取り戻したことも相まっていっそう思いを引き出すことに適した場所になっていた。
正式に女王となったヨヨの開放宣言、そこから流れるような舞踏会。
人々が喜びと感傷に口を次々と開き、夜遅くまで開場に笑顔を花を咲かせる。隊長であるビュウは立役者の一人として高座から見下ろすことは許されず、さまざまな人の感謝の気持ちを受け取る役目を授かったのだった。
おかげで皆寝不足なのか、今日だけは起床時間に関していつものルールは用いられなかった。一度起きだしたものも再び緩やかな眠りにつき、爽やかな朝に珍しく小鳥の声だけが響いていた。
そんな朝に、ビュウはドラゴンおやじから個人的なことだと呼び出されていた。
といっても彼の話はまさに名は体を表すといったものでドラゴンに関することばかり。自分もあまり変わらないなと思いながらも、いかなるときでも変わらない彼の態度を嬉しく思っていた。
「おやじは寝不足じゃあ……なさそうだな」
「ピンピンしとるぞ。おやじだからきちんと寝ないと翌日に響いていかん」
元気に屈伸などしながら、ドラゴンおやじは年を考えれば残っている歯を光らせた。
「俺は見てのとおり、ろくに寝れてないよ。……ドラゴンたちは元気みたいでよかったよ」
「ほっほ。ビュウにはそう見えるかな」
「……どういうことだ?」
眠気に重くなった目を軽くこすると、ビュウはドラゴンおやじの顔とドラゴンたちを交互に見た。カーナが無事奪還されたとはいえ、昔とは違いドラゴンの管理はすべてビュウに一任されている。そのせいで贅沢に出されたご馳走を分け与えられなかったことが心惜しいが、それを除いてもドラゴンたちは春の光を浴びて元気そうに思い思いの時間を過ごしているようにビュウの目には見えた。
だがドラゴンおやじには違う景色が見えているようだ。だいぶドラゴンのことを理解しているつもりでも、まだまだドラゴンおやじには敵わない。そもそも追いつくことなどあるのだろうかと思いながら、ビュウは小さく首を横に振った。
「早々と降参か。仕方ないのう」
「すまない」
「いいんじゃ。お前さんにはちいと早いかもしれんからな」
ほっほ、と笑うドラゴンおやじの隣で、ビュウは傾けた小首をより深く傾けて小さく唸った。意味が分からない、と口を開くより早く、ドラゴンおやじは小さく咳をした。
「春はな……恋の季節ぢゃ。それは全ての生き物に平等に訪れる。ビュウ、オホン……子供の作り方を知っているかな?」
「……俺は大人だ」
「わかっとるわかっとる。もちろんドラゴンの話ぢゃ」
「なら初めからそう言ってくれ……」
朝からどんな話をしようともけろっとした顔のドラゴンおやじ。そんな彼にすっかり振り回されているな、とビュウはげんなりした顔で言葉を返した。
「ドラゴンたちもちょうど恋の季節を迎えておる。いつもどおりに見えても少しの変化に敏感なのぢゃ。たとえば……サラマンダー、おいで!」
説明するより触れたほうが早いのが分かっているのか、ドラゴンおやじはサラマンダーを呼び寄せた。指笛の音にドラゴンたちが一瞬こちらを向くが、サラマンダーを除いてはまたすぐ顔を戻した。だがどこか呼ばれているのを待っているような、そわそわとした空気をビュウは感じとっていた。
「パパ!ビュウ!」
「おいでおいで。よしよし……」
矢のように飛んできたサラマンダーは、二人の間に割り込むように降り立った。どちらも同じくらいに大好きで、どちらかを選べといわれてもできそうにないからだ。
「やけにはしゃいでる……ように見えるな」
「興奮しとるんぢゃよ。ここをこうすると……」
「……!! そこはダメ!!」
「イテッ! 噛まれた……」
ドラゴンおやじは慣れた手つきでサラマンダーの首の下、つまり胸のあたりに手を伸ばした。いつもながら喜ぶはずの仕草は、サラマンダーの怒りを買ったようだった。サラマンダーの口は猛火のようにドラゴンおやじに襲い掛かり、とても人の手で止められそうにもなかった。
普段のドラゴンたちなら、親愛の証とじゃれあいを兼ねて手や腕を咥えることは日常的にしてくる。しかし間違えても歯は立てないし、そうしないように調教される。特にサラマンダーはドラゴンおやじにとっても特別な関係だ。引っ込めた指先から血を滴らせつつ苦笑を浮かべる彼の顔を見ながら、これはただ事ではないとビュウは唾を飲んだ。
「あっ! ごめんね、ごめんね、でもね」
「平気平気じゃ。舐めておけばすぐ治る」
サラマンダー自身も制御がきかないのか、ドラゴンおやじを心配そうに見下ろしながらも何もできずにそわそわしていた。声はかけつつ触れないように少しサラマンダーから距離をとりつつ、ドラゴンおやじは囁いた。
「というわけで、危ないんぢゃ。ワシでさえこれだから、ビュウの言うことなんてもちろん聞かなくなる。そこでカップルを作ってやってほしいんぢゃが……」
「俺が決めてしまっていいのか?」
「もちろんぢゃ。ビュウは結婚する時に仲人さんの言うことをほいほい聞く方かの?」
「……それは今必要な情報か……?」
「ごほんごほん! ではな、後は任せたからの! ジジイはここで退散ぢゃ!」
ひと睨みが効いたというよりは、滑りすぎた口に自ら歯止めをかけようとするかのように、ドラゴンおやじはそそくさと城へと戻っていった。何にしろ止血しなければならないのだから、ここで彼を責めるのも可哀想な話だろう。
「さて」
区切りをつけるようにそう口にして、ビュウはサラマンダーに伸ばした手を咄嗟に引っ込めた。つい傍にドラゴンがいると触ってしまう彼にとって、事は思っていたよりも重大なようだ。
「サラマンダー、お前も子供が残せるようになったのか……」
「こども? それなあに? おいしいの?」
激戦を生き抜いてきた共にして兄妹。そんなサラマンダーが子孫を残せるという。突然にして生き物にしては当たり前の出来事を前に、ビュウの目は自然と熱くなっていた。
「もちろんひとりはお前にするよ。どんな赤ちゃんが生まれるんだろうな」
「――――!!」
「ど、どうした?」
ビュウの口が閉じるのが早いか、何かに弾かれるように突然サラマンダーの目が爛々と輝いた。鮮やかな緑の目に火が灯ったかのように揺れるさまはビュウの心を奪うのに十分すぎた。
「きれいだ。俺が知っているものの、何よりもきっと」
惹かれるように寄り添い、体に触れていることすら忘れてビュウはサラマンダーの顔を見上げていた。そしてそれが、自然とサラマンダーに全てを委ねてしまっていることも彼の意識にはなかったのだ。
「アカチャン! ビュウ、ト アカチャン……!!」
ドラゴンに人の言葉は分からない。だから全てを態度で受け取るしかない。だからこそサラマンダーは歓喜の声を長々とあげると、自身の決めた相手を連れてパパと仰ぐドラゴンおやじの元へ飛んでいった。
「サラマンダー?! 待て、待てったら……!」
突然のことについていけず暴れる、ビュウを落とさないようしっかり口に咥えて。
***
「ほっほ。面白い結末になったようぢゃな」
「……事は重大なんだが」
太陽が正中を過ぎた頃、二人と一匹は王宮の裏側にある昔懐かしいドラゴンたちの運動場にいた。いつも以上のよだれにまみれてさすがに疲れた顔のビュウを前に、ドラゴンおやじはサラマンダーの顔を撫でながら人ごとのように自体を笑い飛ばした。
「パパ、ぼくパパになるの! ねえねえ!」
「そうぢゃな。よかったなあ、今から赤ちゃんが楽しみぢゃ」
「あかちゃん、あかちゃん! ねえビュウ、ビュウ!!」
「こーら。よしよし。くすぐったいよ……ようし、ようし」
触れられるようになったとはいえ特定の単語に反応しているのか、やたら興奮しては露出した肌のあちこちを舐めてかかるサラマンダーをどうにかビュウはなだめる。
敢えて手を出さないようにしているのか、事を単純に楽しんでいるのかにやにやと笑みを浮かべながら二人のやりとりをドラゴンおやじは見ていた。やっと一息ついたビュウにタオルを差し出してやりながら、確認の意味でぽつりと呟く。
「ビュウは本当に、ママになる気はないのかな?」
「種族が違っても問題なく作れるっていうなら、考える、けど……」
頭をかきながらサラマンダーに視線を移す。散々絡まれた後のせいか、サラマンダーの押しの強さに男らしさを感じられるようになったのだから不思議なものだ。物足りなさそうな視線をどうにか振り払ってドラゴンおやじに戻したビュウは、小さなため息を落とした。
「そもそも俺は男だぞ。いくらドラゴンにオスメスがないからってその壁は破れないだろ? それに……。サラマンダーが俺を選んでくれたのはとても嬉しいけれど、俺はドラゴンたちを幸せに導く立場でいたいんだ。カーナ戦竜隊隊長としてな。おやじなら分かってくれるだろ?」
確かな、それでも寂しそうな笑顔がビュウの顔に浮かんでいた。放っておけば涙が零れそうな光を宿した彼の目に、ドラゴンおやじはゆっくりと頷き返した。
「……わかったよ。ビュウがそう言うならワシがどうにかしてやろう」
「助かる。ドラゴンのペアに選ぶならアイスドラゴンを頼みたい」
「ほいじゃ。後はワシに任せるんぢゃ。……本当にいいのかい?」
もう後はないぞ、と言いたげにドラゴンおやじは目を細めた。ビュウはサラマンダーを見ようとゆるりと頭を動かし、それでも踏みとどまるように目を閉じるとゆっくり首を縦に振った。
「ビュウ、ビュウ……」
「ほれ、サラマンダーが呼んどるぞ」
「……決めたんだ。もう振り返らない」
「ほいほい。それじゃワシは準備をしてくるからの。後はごゆっくり」
頷いたまま顔をあげないビュウを前に、ドラゴンおやじはそっと言葉を残すと二人のもとを離れていった。土を踏む音が遠くに消えた後、残されたビュウはゆっくり顔をあげると改めてサラマンダーと向き合った。
「……ごめんな。俺じゃお前のお嫁さんにはなれないみたいだ」
「ビュウ……?」
「俺だって本当はこんなことは言いたくなかった。でも大丈夫、これからも俺たちはずっと一緒だからね」
「ズット、イッショ?」
「…………?!」
ビュウの目からはらりと涙が零れる。確かにサラマンダーが言葉を返したように聞こえて、彼は目を見開くと全ての音を聞き取ろうと耳をそばだてた。
「くう、くうう」
「……はは、そうだよな」
腹の音にも聞こえる、気の抜けたサラマンダーの声。そんな日常が唐突に戻ってきて、ビュウの沈んだ気持ちは一気に吹き飛んだのだった。
ひとしきり笑うと、彼はサラマンダーの首筋を軽く叩く。これから乗るよ、の合図だ。
「きゃうう!」
「よし、これから軽く散歩にいこう。終わったらお前の本当のお嫁さんに挨拶しなきゃいけないからな」
「ぎゃう、ぎゃうう!!」
ひらりと背中に飛び乗り、わき腹を軽く蹴る。すると初めから二人がひとつだったかのように翼は地面を離れ、爽やかな春の空に舞い上がった。
ぐんぐん遠ざかっていくカーナ城と慣れ親しんだ城下町を眼下に、二人きりの時間はあっという間に過ぎていく。
「これで、よかったんだよな」
暖かく優しい風を纏いながら呟いた、ビュウの思いはそっと風に溶けていくのだった。
調子でねえなーなんて思いながら書き上げたらなんとかなった。
でも異種間好きが隠し切れなかった。すまない。
ネタを勝手に拾い上げてしまったぽんずさんにもごめんなさい。
欲を言うなら嫁であることを受け入れたビュウのその後が(ry
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