Novel / 祈りと囁き

 「マテ、ビュウと散歩に行ってくるわね。」
 「またヨヨ様は…ビュウ、しっかり守ってやるんじゃぞ!何かあったらこのマテライト」
 「分かってるよマテライト、それじゃ少し行って来る」
 いつもの調子でうだうだ言い始めるマテライトを右手ひとつで静止させる。
 心配なのは分かるのだけれど、そろそろヨヨへの監視の目を緩めてやってもいいのではないか。
 なんてビュウは思いながら、ヨヨに急かされるように竜舎へ歩き出した。
 無論、いつもの空の散歩をするためである。
 「サラ、おいで!」
 一声かけて、指笛ひとつ。父直伝の技のひとつである。
 きゅう、と可愛らしい声がして飛び出してきたのはビュウの愛竜、サラマンダー。
 普段から一緒にいるせいか、こういうときの対応も素早いものだ。ひらりと飛び乗ると、ヨヨの手をとって鞍に引き上げる。ヨヨが腰に捕まったことを確認すると、掛け声ひとつ。
 「サラ、行け!」
 サラマンダーはひらりと空に舞い上がった。今は昼過ぎ、太陽が翼を眩しく照らしていた。

祈りと囁き

 今日もカーナ上空はよく晴れていた。太陽が眩しい。
 「それで、今日はどこへ行くの?」
 ヨヨは今日も上機嫌だ。腰に捕まったまま、弾んだような声が肩越しに聞こえてくる。
 ビュウは考えを巡らせる。ヨヨを喜ばせられそうな場所はどこだろう。
 ふと、前にラッシュ達からある話を聞いたことを思い出した。
 「首都のはずれに、打ち捨てられた村があって、そこで肝試しをしたことがある」
 確かそんな話だった。肝試しだなんて子供じみたことだが、ドキドキを味わうにはいいかもしれない。
 「ヨヨ、今日は空の散歩じゃなくて少し行ってみたい場所があるんだ。そこでもいいかな?」
 「ビュウが行ったことのない場所なんてあるの?それなら喜んで!」
 ヨヨに声をかけると、地上にいるならぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいるであろう喜び方をした。
 ベルトを持つ手が上下に揺れているのが分かる。
 それなら行くか、と声をかけると手綱を握りなおし、記憶を頼りにその村へと向かった。

 その地は荒涼としていた。荒れ果てた家々、枯れた井戸。何より村の中心であったであろう広場にそびえる竜の像が、半ばで折れていたのが印象的だった。
 「…ここは…」
 ヨヨが不安げに呟く。記憶の中ですら名前の分からない、小さな村だった。
 「大丈夫だよヨヨ、誰の気配もしない。奥へいってみよう」
 ヨヨは少々怯えた様子でもあったが、ビュウの言うことにこくりと頷くと差し出された手を握った。
 かつては人々の快活な声が響いていたであろう、村の中心をゆっくり歩く。
 ラッシュたちはさぞ何かがあったかのように言ってはいたが、見た限りただの廃村であるらしい。
 打ち捨てられた家々の中は、ここにかつて生活していた跡があったとは思えないほど片付いており、時が経ってゆがみ始めた床板の下からは、青々とした草が顔を覗かせていた。
 ただ家によっては、異様に打ち壊された跡もあり、それが少し好奇心と恐怖を誘った。
 「この村になにがあったのかしら…」
 そのヨヨの問いは、村の家々を抜けた先の開けた場所にあった。

 「教会…?」
 ビュウは眉を顰めた。確かにその建物は教会と言われれば教会なのであろう。しかしこんな名も知られていないであろう村に、教会の大本が設置を許可するものだろうか。とても疑わしいことであった。
 「入ってみましょう。ここに何かがあるかもしれないわ」
 そう言ってヨヨは、ぐいぐいとビュウの服の袖を引っ張る。ビュウはあまり乗り気ではなかったが、ヨヨの頼みとあっては仕方がないとばかりに続いた。

 教会であろう建物に入った二人は思わず息を呑んだ。ここが聖カーナの教会であろうものなら、ありえない光景が目の前に広がっていた。
 焼け落ちた柱。乱雑に打ち壊された椅子や床。砕かれたステンドグラスの一部から教会内に光が漏れて、尚も不気味な雰囲気を醸し出していた。
 それより何より、目に飛び込んできたもの。
 「…何なの、この石像たち…」
 ヨヨは思わずビュウの腕にしがみつく。正視していられない、とばかりに顔を背けた。
 無理もない。祭壇まで続く道中に整然と並んでいるそれは、明らかにドラゴンの像ではなかった。
 目に赤いガラスでも埋め込まれているのだろうか、翼のない巨大な獣の像たちが、こちらを見下ろしていた。
 一部は打ち壊されてはいたものの、それらはまるでこちらを恨めしげに見下ろしているようだった。
 「本当にここで何かがあったとしか思えない、奥へいってみよう」
 「本当に奥へ行くの・・・?」
 先ほどまで先導していたとは思えない、消え入りそうな声で問うヨヨに、ビュウは力強く頷いた。
 「大丈夫。もし何かがあっても俺がヨヨを守るから」
 するとヨヨも安心したようで、差し出された手をしっかり握ると祭壇へと向かった。

 祭壇にあったのは、一冊の本であった。
 しかしほとんどが破り捨てられていて、まともに読めそうなページは初めの数ページ程度であった。
 祭壇の奥にある、半ば打ち壊され原型を留めていない像を前に、ヨヨはその本を手に取った。
 「残された者たちに記す、ここは…バハムート様の加護を信じない、異教の者の依り代であった…?」
 「異教の者って…カーナにはバハムート信仰が根付いているはずじゃ」
 ビュウが疑問を感じたその瞬間、背後から視線が突き刺さった。
 思わず身構えて振り返る。するとそこには人の形を取っているとは思えない、靄のようなものが数体、無論無言ではあったのだ――立っていた。
 ビュウは首筋あたりに鳥肌が立つのを感じ取っていた。書籍で、アンデッドを作り出す技術があること、また生きる死体となって彷徨う人間の話は読んだことはあった。
 が、実際死体とも形容のし難い、このような生き物への畏怖が先立つ。理論と実体験では全くの別物であった。
 「ビュウ、お願い」
 今にも足を踏み出し、タイミングさえあれば斬りかかろうと距離を詰めるビュウをヨヨがけん制した。
 「この人たちは悪い人じゃない。きっとここに人が来てくれるのを待っていたの」
 靄は相変わらずその場でゆらゆら揺れている。否定もなければ肯定もしない。
 「だからお願いバハムート、この人たちの魂を救ってあげて・・・!」
 ヨヨは懐から十字に龍の絡んだネックレスを取り出した。いつも教会で祈る際に使っているものだ。
 その場に座り込み、ネックレスを掲げると胸に抱きしめるようにして祈り始める。
 その時ビュウが見たものは、破れたステンドグラスから西日が差して、その靄とヨヨとを包む様であった。
 ヨヨの祈りが教会に小さく響く。するとその靄は、西日が引いていくのと同じようにすっと消えていった。


 ややあって。ヨヨはその場から立ち上がると微笑んだ。
 「ビュウ、このままだと日が暮れちゃうわ。マテを待たせるといけないから、早く戻りましょ?」
 その光景を絵画を眺めるように見ていたビュウは、夢から覚めるようにはっとして頷いた。
 帰り道は何事もなかったのように順調で、夕日が廃村の陰影を美しく浮かび上がらせていた。
 外に待たせていたサラマンダーは待たされていたのが退屈なのか、大きな欠伸をしていた。
 「サラマンダーごめんね。ちょっと遅くなっちゃった」
 ヨヨはサラマンダーに笑いかけながら、頭をそっと撫でてやる。サラマンダーは満足げに一声鳴いた。

 空は綺麗な茜色。東の果ては夜の帳が下り始めていた。
 サラマンダーを手繰りながら、ビュウはヨヨに質問した。
 「あの教会はなんだったんだろう。それにあの靄も」
 「あの教会は…何だか自分にも分からない。でもあの靄はきっと、バハムートを信じながら息絶えていった人たちの残した形なんだと思う」
 ヨヨは、いつもとは珍しくはっきりと答えた。
 「そうじゃなければ、きっとあんな風に気配を出したりしないでしょ?ビュウもそう言ってたよね、『居場所を知って欲しければ、自分から気配をさらけ出すもんじゃ!』って。あれ、これはマテライトだったかしら?」
 途中からくすくす笑いをするヨヨ。そんなヨヨの様子にほっとしながら、ビュウはもうひとつ問う。
 「その、ヨヨはあそこで怖いとか恐ろしいと思いはしなかったのか?」
 「ビュウがそんなことを聞くなんて意外だわ。でもね、私もちょっとだけ怖かった。」
 ヨヨはビュウの服の裾をぎゅっと掴んで、答える。
 「だから、怖くない、といったら嘘になっちゃうけど」
 指先が僅かに震えているのを感じる。
 「あなたが、ビュウがいたから怖くなかった。ビュウを信じていたから、何も怖くなかったのよ。」
 とくとく、とひとつに重なる心音。サラマンダーの翼が夕日に溶けて優しい色を放っていた。

祈りと囁き
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ビュウヨヨへの3つの恋のお題:怖くない、と言ったら嘘になるけど、でした。
自分の中のビュウヨヨはこんなんです。小さくて甘いのが好きなんです。大きくて切ないのも美味しいんですが。
書いてて年齢が不詳になってきた。15とかそれくらいを想定していたのですが撃沈度MAXすぎましたorz 0626



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