リンゴーン、リンゴーン
新たな年の朝を告げる鐘が、街中に響き渡る。それに耳を澄ませた両親は、同席している息子に愛おしそうな視線を向けたのだった。
「今年は、家族揃って新年を迎えられたな」
「そうね、フルンゼが元気でいてくれて、母さん嬉しいわ」
「父さん、母さん……」
フルンゼの興味は、久しぶりに聞いた鐘の音より両親の声に吸い寄せられた。顔を窓から戻した彼の顔を、愛おしそうに見つめる四つの目。
ああ、生きて帰ってこれたんだ。そんな思いが、フルンゼの心を満たしていく。それは暖炉でパチパチと爆ぜる薪のもたらす熱よりずっと温かく、それでいてしっとりと彼の思いに沁み込んでいた。
「帰ってきたときは、一回りもふた回りも成長したように思っていたけど……」
「どうしたの母さん、それじゃ僕が――」
「ほらフルンゼ」
「え?」
成長を否定されたようで反論しようと上げた声を、父はあくまで優しく止めに入る。投げかけるような視線と目元に添えられた右手。それに答えるように倣うフルンゼの指先に、体温とは違う温もりが伝った。
「――あっ」
「ふふ、やっぱり気のせいだったかしら」
「そ、そんなことないよ!」
指先で微かに光るものを見下ろして、それでもフルンゼは目の前の現実を否定するようにぶんぶんと頭を振ってみせた。それがますます意地を張る子供のようで、しんみりし始めた空間に笑顔の花を咲かせた。
「た、確かにっ、僕が涙もろいのは認めるよ。でもほら!」
親の思いを知ってか知らずか、フルンゼは己を誇示するように立ち上がった。両手を広げてから腰に据える。それが彼らをますます笑顔にさせていることさえ知らずに。
「腕も足も、身長だってこんなに伸びたし。あっそうだ、僕の槍を見たでしょ!」
「ああ、えらく強くてカッコいい槍だったな」
「でもやってることは変わらなかったじゃないの。んー、動きにキレが出てて良かったと思うわ」
「えーっ?!」
見当違いな褒め方に、フルンゼはその場の空気を突き破りそうな声を出した。確かに二人の前で「いつもの」を披露したとき持っていた槍はインビンシブルといい、見た目こそ過度な装飾のない槍にしか見えない。だが一度それを振るえば、魔法のようにうねり、輝きを放ちながら自在に変化する水流になる。友人と共にこの槍を振りかざしたのは二度目だったが、振り返るたびに褒めてやりたくなる出来であることに違いはなかった。
「でも、こう、もっと他に……」
「――冗談だよ。なあ母さん」
「ええ。不安に思わせてたらごめんね」
「え~っ…………」
言い出しかけた訴えと共に、フルンゼの声は霧散した。まるでこの家の中だけは時が止まっていたかのようだ。それはフルンゼに、悔しいという気持ちを思い出させていた。
「あんなに幼い子が反乱軍に参加すると言ったときはどうしたものかと思ったよ。でもお前はこうしてここにいる。父さんはそれが何より嬉しいよ」
「父さん……」
だがその胸のわだかまりが解決するのも時間のように思えた。父親の満足げな笑顔と力強い言葉に、フルンゼはまた目頭が熱くなった。
「そうねえ」
ちらりと隣に座る夫を見て、母親はフルンゼに向けて大きく頷いてみせる。上げた顔の口元からこぼれる歯が、彼に更なる安堵をもたらした。
けれど、どこかお茶目でおせっかいな母親は、まだ何か言い足りないのか視線をフルンゼから奥の窓へと移らせる。カーテンが閉まって向こうは見えないが、その奥にあるのは彼にとって親友ともライバルとも、何より腐れ縁にすらなりそうな男の実家だった。
「――母さん、何か」
「もう、分かってるくせに」
止めようと口を開いたときにはもう手遅れだった。母親は年がいにもなくウインクなどしてみせる。彼女としては最大級の褒め言葉なのかもしれないが――。
「レーヴェ君との息もぴったりだったじゃない。二人揃って一回りもふた周りも大きく立派に成長して、きっとレーヴェ君のお母さんも今ごろ喜んでるに違いないわね!」
「あー……うん、そうだね」
「なによ、人ごとみたいな声出して。まさかフルンゼ、比べられるのが嫌で拗ねてるの?」
「そんなわけ!」
本能的に反応したフルンゼは、ややあって気まずそうに口を手で覆い隠した。
「……そんなわけ、ないよ。もう子供じゃないんだから」
伝えたい言葉を口にして、フルンゼははにかんだ。その様子に安心したのか、両親もつられて笑う。それでも彼らにとって、フルンゼとレーヴェは二人一組の扱いなのだろう。納得したように頷きながら、母親はさぞ楽しそうに口を開くのだった。
「でも私たちの見てないところで、色々あったんでしょう?二人でどうやって乗り越えてきたのか、喋らなくても聞いちゃうんだから!」
「かあさ~ん……」
「こらこら、母さんもそれくらいにしてあげなさい」
思わず出た情けない声は、父親のそれに包まれた。安堵の表情を互いに浮かべたまでは良かったが、それでも彼が気になるのだろう。その唇の端が、僅かに吊り上げられる。
「時間はたっぷりあるんだ。フルンゼにも、もちろんレーヴェ君にもしっかり話を聞かないとな。何しろお前たちは、世界を救った一員なんだから」
「父さんまで……」
安らぎは困惑に変わり、そして大きな苦悩となって彼について回るだろう。どうして二人に起こった事の一部始終を、問題がなかったかのように二つの家庭に伝えることが出来るだろうか。
――でも、この悩みを抱えるのは自分だけじゃないんだ。
「今はそれよりも、目の前のこれのほうが大事なんじゃない?」
「それもそうだな。この日のために取っておいたカーナ産のあまいワイン、これをフルンゼと飲める日を楽しみにしてたんだから」
父の言葉に母は頷き、机の上で冷やし続けていたワインボトルに手を伸ばした。カーナの中でも暖かな地方で採れる葡萄らしいことがラベルに印刷されている。一度興味が移ったらそれにしか目にないと言いたげに、父はいつの間にかオープナーを手にしたのかコルク栓を開け始めていた。
「フルンゼは、向こうで酒を飲んだことは?」
「もちろんないよ」
「そうか。それなら父さんがこれから、酒の美味しさをたくさん教えてやるからな」
「もう、気が早いですよ」
ポン、という小気味よい音に合わせて、母はワイングラスを差し出す。芳醇な香りと共に溢れ出す深いワインレッドが彼らの目を楽しませた。
「何はともあれ、家族がこうして再び集まることができた。それを迎えることができた喜びと新年に、乾杯!」
「乾杯!!」
父親の音頭とともに、掲げられたワイングラスがカチンと音を鳴らす。
新たな年と、大人としての新たな一歩。期待に胸を膨らませ、フルンゼは遠く鳴り続ける鐘の音に今一度、耳を澄ませるのだった。
ビュウヨヨへの3つの恋のお題:怖くない、と言ったら嘘になるけど、でした。
自分の中のビュウヨヨはこんなんです。小さくて甘いのが好きなんです。大きくて切ないのも美味しいんですが。
書いてて年齢が不詳になってきた。15とかそれくらいを想定していたのですが撃沈度MAXすぎましたorz 0626