Novel / 未知との遭遇、そして


 これは作戦なのだろうか。
 それとも個人的な意思なのだろうか。
 何にしろ今の自分の立場は理解の範疇の外にあった。
 ともかく足元で騒ぐ生き物の声が、現実なのは間違いない。

 「まにょー!(なんだあ、今回はこいつがリーダーなのか?」
 「むにょ!(オレらに任せるなんて、ビュウも思い切ったことをするじゃねーか!)」
 「もにょもにょ……(このままワガハイはベンチ入りだな! いい気味だぜ!)」
 「そもそも言葉、なのだろうか……」
 今まで指揮してきたどの生き物よりも小さなそれを見下ろして、男はぽつりと言葉をこぼした。共に戦場に出る以上、意思疎通がきかない部下を寄こすなどありえない。
 ――と常識で物を考えて、彼は故郷でアンデッドを使役する将軍がいることを思い出し頭を振った。
 「あれらも命令は聞いていた、はずだ。まさか私にその機会が訪れようとは……」
 改めて生き物たちを見下ろして、男はしげしげとその姿を観察した。
 腰の高さほどの背丈で、衣服といえば手のひらほどの小さな靴に鮮やかな紫色のパンツをサスペンダーで留めているだけという簡素極まりないものだけだ。頭上には同色の巨大なツノが一対生えている。一瞬道化師の帽子かと見間違うほど派手なそれに合わせて服は用意したのだろうか。体とほぼ同等の大きさでありながら、気にせず飛び跳ねられる彼らの身体能力には目を見張るものがあった。
 だが今の自分は、彼らの能力をそれ以上知りようがない。本人に聞ければ作戦のひとつも考えられるが、先ほどから発せられる言葉は犬猫と同等と考えたほうが早そうだった。

 「とにかく、マニョ、ムニョ、モニョ、だったか。この作戦中、私が指揮を取る」
 「――私の発言が理解できたなら、返事をしてくれないか」
 不安を悟られまいと、男は棘のような視線を飛ばす。だがいつもなら部下が教え竦む状況も、人ならざるプチデビルの前では意味を成さないようだった。
 「ムニョ!(聞こえてますぜ、リーダーさんよ!)」
 「モニョ!(その手腕、見せてもらうぜ!)」
 「マニョマニョ~(俺らの踊りに腰を抜かすなよ!)」
 各々自由な動きでプチデビルたちは反応した。意思は通じているらしい、と男は安堵の息を吐いた。と同時に彼の意識は戦場へと向かう。今は与えられた任務をこなすだけだ。
 「我ら第六部隊、出撃する。よろしく頼むぞ、アイスドラゴン」
 「きゃるる!」
 そんな彼等のやり取りを見ていたアイスドラゴンが男に擦り寄る。戦場でこれまで見てきた姿のどれとも記憶にない漆黒を切り抜いたような姿だったが、隊長であるビュウがよこしたドラゴンなら間違いないだろう。
 改めてアイスドラゴンとプチデビに頷きかけると男は声を張った。
 「何も問題はない、このパルパレオスが共にあるのだから。恐れず進め、勝利は目の前だ!」
 「まにょもにょむにょ~、うきゃう!」
 普段なら熱狂させるはずの奮い立たせる彼の言葉は、どうにも間の抜けた鳴き声でもって迎えられたのだった。

 ***

 「あっ、見てよあそこ!」
 「……あー? あんまよそ見してると置いてかれるぞ」
 だるそうな声を上げて、それでもラッシュはビッケバッケの指差す方に目を向けた。
 ただでさえ薄暗い洞窟の内部は奥へ行くほど入り組み、そこにモンスターも絡みあって油断ならなかった。
 誘い込まれるように細い通路に入ろうとしている彼らの緊張は否応にも高まっていた。
 「――あれ、パルパレオスか?」
 「それもそうだけど……。ほら跳ねた、プチデビが一緒みたい!」
 「まさか」
 けれどそんな雰囲気を一瞬にして緩くする一団が目に入っては、意識がそちらに向くのも仕方ないかもしれなかった。
 ラッシュはガントレットをしたままの手の甲で目を擦りそうになり、思いとどまると改めて視線の先で飛び跳ねるものを確かめた。
 「まさか、だよな」

 確かに戦っているのはパルパレオスだった。特徴的な二対の剣を物ともせず振るう姿は全てのナイトの憧れだ。
 どうやら彼は、洞窟の奥に封じられた宝物庫に乗り込んだところらしかった。同行しているウィザードたちが硬く封じられた岩石の壁を打ち壊し、武力で勝るナイトがモンスターを打ち倒す。それがここでの攻略方法だった。
 だが今日に限っては、自分たちはまっすぐにボスへ向かっていた。それがビュウの作戦のようで、従うしかない以上文句などつけようもなかったのだが。
 カッ、と視界の先で光が炸裂した。遅れてパリパリと耳に届いたのはそれが稲妻である証拠だろう。あれだけの威力は残念ながら人の手では出すことができない。
 「なんですか、今の光は?」
 「プチデビだ。よしよし、しっかり活躍してるみたいだな」
 「ビュウ!」「アニキ!」
 二人の声が重なる。立ち止まる二人を不自然に思ったのか、それともこうなることを見越していたのか。
 疑問符を浮かべるトゥルースとは対照的に、ビュウは満足そうな表情を浮かべて岩陰から姿を現した。
 そんな彼らの前で、今度は火柱が吹き上がった。ただでさえ足元に数々の火の吹き溜まりがあり、消しつつ足場を確保しなければ危険な場所で望んで炎の魔法を使うものはそういないだろう。
 ――プチデビでなければ。
 「あれでは消し直しが必要でしょうね……」
 「しゃーねーけど、プチデビの踊りって何が出るかわかんねーんだろ? よくそんな」
 無茶苦茶な作戦を立てたな、と言いかけたラッシュの口が、にこやかなビュウの表情の前に閉口する。
 もしかして、始めからこうなることを見越していたのだろうか?
 そんなラッシュの顔を一瞬、冷たい風が撫でていく。案の定溶岩を消し止めたのだろう、と確認するためにそちらへ向き直った彼らの視線に、宝物庫から出てくるパルパレオスの姿が映った。
 もちろん、その後ろにプチデビ三匹を引き連れて。

 「楽しそうだねー、遠足みたい!」
 「ビッケバッケ……!」
 「あっ!」
 普段なら和やかな空気を作るビッケバッケのひとことを、トゥルースはすかさずたしなめた。穏やかに見えてもここは戦場だ。相手に声は聞こえなくとも、戦友を笑っていい理由にはならないはずだ。
 「……アニキ」
 恐る恐るビッケバッケはビュウに向き直り表情を伺った。そんな状況でも、視界の端にプチデビたちがパルパレオスの後ろに従いながら飛び跳ねているのだから集中力を試されているとしか思えない。
 「いや、いいよ。俺がパルパレオスを試してみようと思ったのが運の尽きなんだから。よし、俺たちも先に進もう」
 ビュウの返事にほっと息をつくビッケバッケとトゥルース。彼の意図など、理解できるのは彼自身くらいなものだ。それでも複雑な立場の彼を一員として迎え入れようとするビュウの考えに、ラッシュは感心したのだった。
 「よーし、行くぜ! ついて来いよお前ら!」
 「あっ、危ないですよラッシュ!」
 「置いてかないでよー!」
 疑問が解決されれば、後は突き進むだけだ。ラッシュは我先にと声をあげると駆け出した。記憶が正しいなら、この先の岩石の壁を越えればすぐボスの元にたどり着くはずだ。
 迫り来るモンスターの足音がラッシュの筋肉を強張らせる。その中にあっても、ラッシュは間もなく合流するはずのパルパレオスにプチデビの踊りに巻き込まれた感想をいち早く聞きたいと思ったのだった。

未知との遭遇、そして
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パパオにプチデビ引率させた、ってツイートのネタを見たので
と思ったらまさかのタグ祭りでさらに便乗。パパオ幼稚園です。ほのぼの…?
でも結局こうなったのは全てビュウの塩梅次第なので、ただ根暗で意地悪い男にしたくなかった結果こうなりました。
反乱軍全員洗礼くらってそうなので。バハラグが味方も範囲攻撃を食らうシステムじゃなくて良かった良かった。
彼らが攻略中のダンジョンはゲームの進行とは噛み合わないので、そういう修練用のものなんだと思っておいてください。
2019/09/07



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