Novel / 「また降ってきたね」


「……あっ、ホントだ!」
 その言葉にしばらく不思議そうに曇り空を見あげていた彼は、鼻先に落ちてきた水滴に声をあげた。
 その声に反応するように、雨はぽつ、ぽつ、とまばらに降っては彼の泥で汚れた毛にまだら模様を作りはじめたのだった。

 カーナ城、中庭。
 今日は朝から雨脚が強く、訓練は中止だ。そうかと思えばたまに雨の中行われることもあり、彼らは声が掛けられるまでそわそわするものだった。
 彼らはまだ一人前と言うには体格も経験もなく、だからこそ有り余った体力を使うことに関して文句はない。なのでどちらかといえば、大人しく待機しているほうが退屈で仕方ないのだった。

 なかなか手入れの行き届いた中庭の中で、彼らのいる場所はほぼむき出しの土が一面を覆っている。なので雨の影響を一番受けやすく、雨が降ればあっという間にぬかるみへと変わる。
 それを大人しく室内から見ている大人たちに代わって、彼らは新たに出来上がった遊び場へ勢いよく飛び出していくのだった。

「おーい、また降ってきたよー!」
「ホント?! やった、いちばんのりー!!」
 赤毛の子に声を掛けられて、一度は室内に戻っていた仲間たちがぞろぞろとグラウンドに戻ってくる。中でも金の毛を針のように逆立てた子は、待ってましたとばかりに飛び出すと、一見沼地のように水を溜め込んだ場所へ駆け込んだ。
「あっ……」
 待って、と二人が止める前に、その子は淵で一旦立ち止まると、屈伸をした勢いだけで腹から沼に飛び込んだのだった。
「ああ……」
 ばしゃん、という大きな水音にかき消されるような悲しい声をあげたのは、隣で話していた青毛の子だった。元々物事を悲観的に見る癖があるせいで、金髪の子が強くお腹を打って痛がっているさまを想像して、見るに耐えず目を瞑っていた。

 だがそんな彼らの耳に聞こえるのは、ばしゃばしゃと水を掻く音と、楽しそうにはしゃぐ金髪の子の掛け声だった。
「はやくおまえらもこいよ! へーきへーき、ちょっとかゆいだけだって!」
「やっぱり打ったんだ……」
 そう呟いて、赤毛の子はくすりと笑う。ちらりと隣を見ると、ちょうど青毛の子が薄目を開けて指の間から沼を見ているところだった。
「だいじょうぶだよ、何もなかったみたい」
「よかった……」
 心から安心したことを思わせるため息を大きくついて、青毛の子は手を除けると沼を見、それから赤毛の子の顔を見て朗らかな笑顔を見せた。
「ぼくたちもまざろうか?」
「うん、そうしよう!」
 遠慮がちに聞いてくるのも彼の言葉の癖だ。こういうときは体ごと前面に押し出して、不安でないことを自分の行動で示してあげればいい。赤毛の子は青毛の子の背中をそっと押すと、ぬかるんだ地面を蹴って沼地へ走り出した。そのついでに、未だに室内に留まっている子へ声を掛けるのも忘れない。
「ねーえー、本当にあそばないのー?」
「うん、いいの。迷惑かけちゃうから……」

 そう言って数回その場で足踏みしたのは、くるりとカールした鮮やかな桃色の髪が印象的な子だった。見た目は派手でも本人曰く「生まれつきだから」とはにかむくらいのおしとやかな性格で、誰かに迷惑をかけることを好まなかった。
 その証拠といえば、膝下まで泥に入って色が変わったことくらいしか体に変化がないことだろう。
 ……ところどころ、体に泥のまだらが入っているのは本人の意思ではないのだが。
「今はいっぱいあそんで、あらうのはまかせればいいだろー?!」
「……はっきり言うねえ」
「ぼくは水あそびが好きだからいいけど……」
 次々に沼に足を踏み入れた二人は顔を見合わせる。体を汚したら綺麗にする。当たり前にことではあるが、金髪の子は特に落ち着きがなく、いつでもどこでも問題を起こす、ある意味目が離せない存在なのだ。
「それに、また泥をかけるつもりでしょう? きれいでいたかったのに……」
「でも一人じゃつまらないでしょ? 少しくらい汚れても、雨が流してくれるって!」
「そこまで言うなら……」
 赤毛の子の満面の笑みに誘われるように、桃毛の子はおそるおそる足を踏み出した。徐々に雨脚が強くなり始めた重い空を見上げ、今だけはこの天気に感謝してもいいかも、と思ったのだった。


***


「おー遊んでる遊んでる。元気なのが一番だよな、やっぱ」
「ああ、ついにモルテンまで……あの子は飛び込まないと思ってたのですが」
「一人だけ仲間はずれは寂しいもんね~もぐもぐ」
「ったく、揃ってビュウのペースに飲まれてやがる……」
 上司である隊長の口ぶりに、並ぶ二人は同じように眼下を見下ろし思いを口にする。ドラゴン好きな隊長ならともかく、今自分たちが気にするべきはそれじゃないだろうという思いと共に、ラッシュは重いため息をはいたのだった。

「また降ってきたね」
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ある一日の一コマをドラゴン目線で。
名前を出さないようにしながら極力人間らしい振る舞いを書いてみましたが特に騙され……る人はいないですよね。はあ難しい。
カーナ陥落のずっと昔の話なので四匹だけです。
20180430



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