「なあ、ビュウよ」
「どうした?」
なに気ない会話のきっかけだったが、ビュウが反応して振り返った場所にいたのはかつてはカーナの守り神と畏れられ、今はオレルスの守り神として敬われるバハムートだった。
彼は伸ばすには長すぎる首を窮屈そうに曲げ、翡翠のような緑の目でビュウを見下ろしている。だがそこに神としての厳かさは微塵も感じられなかった。
「疲れてはいないか」
「ああ、もう今日はくたくたさ。全く誰のせいなんだか」
自嘲気味にはは、と笑うとビュウは手を伸ばしてバハムートの目元をそっと撫でた。応えるように目を細める彼の目に、沈みゆく夕日が輝きを与えた。
「……きれいだ」
「どうした、そういえば長らく鱗を磨いてもらってなかったな」
見とれるように視線を外さないビュウから逃れるように空に目を移したバハムートは、思い出したように呟いた。巨大な身体を覆う漆黒の鱗に対して、彼は何の思いも抱いていなかった。
――ビュウとこうして空を飛ぶ毎日が訪れるまでは。
彼は反乱軍の一員として以上に、ドラゴンに愛情を注いでいた。
見た目や臭いなど、何かと敬遠されがちなドラゴンの品位を向上すべく、一人で努力してきたのだという。そのひとつが見た目をきれいにするための洗浄、そして鱗を磨くことだった。
見た目に気を配る必要を感じたことのないバハムートも、手間隙をかけ鱗を磨くビュウの熱意と、何よりその後に見せる満面の笑みに、気づけばすっかり魅入られていたのだった。
「ああ、最近忙しかったからな。それより自分から言い出すなんて、俺は嬉しいよ」
笑顔がくしゃり、と崩れてビュウの口元から白い歯がこぼれる。目線を戻したバハムートは、眩しいくらいの彼の笑顔に目を細めた。
「……ああ、私の身体そのものに興味を示されるのも悪くない」
もごもごと口を動かして、バハムートは彼なりの喜びを口にした。
そこらの人間相手になら多少尊大な物言いをするバハムートも、ビュウの前では不思議と素直な感情を表すことができるのだった。
……それでもビュウに対する感情はごまかしてしまう自身に、もやもやとしたものを抱えてはいたのだが。
「そういうお前の髪も、なかなかのものだと思うが」
「どうも。でもバハムート、それは言う相手が違うと思うぞ」
「……そうか。風と光を良くあらわしていると思うのだが」
「だからなあ」
懸命にビュウの髪を褒める言葉を捜したバハムートだったが、肝心のビュウは苦笑すると髪をかきあげた。肌に冷たい風がビュウの金髪を撫で、太陽の光がそれを捉えて白い輝きを放つ。
それをバハムートはドラゴンにはない人間の美しさだと思っていたのだが、受け流されてしまったことに少しの寂しさを覚えた。
ビュウはそれを感じ取ったのか、でも、と前置きして柔らかく笑った。
「俺の髪も、お前の鱗と同じようなものなんだろうな。生まれ持ったものをきれいだって思えるのはいいことだと思うよ。親に感謝しなきゃな」
「生まれ持ったもの、か……」
ビュウの言葉を反芻して、バハムートはその意味を考えた。
確かに人間は美しい。醜い部分も含めて、その輝きがバハムートには眩いものだった。
しかしその輝きも、命が尽きるとともに消えてしまう。その儚さが美しいのかと問われたら、彼は違うと答えるだろう。
なぜならビュウがこうして、幾星霜を生きた自身を「きれいだ」と手放しで褒めてくれる。
これこそが何よりの証明だとバハムートは実感していた。
だからこそ。
「なあ、ビュウよ」
「どうした」
何気なく反応したビュウに対して、バハムートの表情は真剣そのものだった。
少し間を置いて、彼は重々しく口を開く。まるで自身の願いを込めるかのように。
「――私に、お前の翼を美しいと褒めさせてはくれないか。それこそ永遠に」
「……はあ」
うんうん、と頷きながらバハムートの言葉をゆっくり消化したビュウの口から出た言葉は、なんとも間の抜けたものだった。
「……どうだ?」
「正直言って分かりづらい。これが女に対する告白なら二言めには振られてるぞ」
うんざりした物言いだったが、ビュウの表情はどこか楽しそうだった。
「お前の言い回しが分かりにくいのは慣れてるからな。で、結局のところどういうことだ。」
「……こう見ても私は神だ」
「世界の守り神さまが何をいまさら。で?」
「私に叶えられないことはない。いや、私にも限度というものが存在するが」
「言えてるな。でも竜人をドラゴンという形で生かしてくれたのは感謝してるよ」
心からビュウはそういった。この世界にドラゴンが存在しなければ、こうしてバハムートと会話をすることもなかっただろう。
そのビュウの言葉に反応するようにバハムートはまばたき、小さく頷いた。それを言葉で後押しする。
「それだ」
「え?」
「ドラゴンにしてやろうか」
「……え?」
唐突な、それでもできることが当たり前のようにバハムートは淡々とそういったのだ。これで呆然とするなというほうが無理があるだろう。
「いや、少し押し付けがましかったな。言い直させてくれ」
言葉を失ったビュウを前に何を気にしたのか、バハムートは申し訳なさそうな顔をした。
「ドラゴンに、なりたくはないか?」
「……できるのか?」
半信半疑、搾り出すように声を出したビュウに向かって、バハムートは大きく頷いた。しかし言い損ねていたことに気づくとああ、と口にした。
「惜しいことだが今すぐ、というのは無理だな」
「そりゃそうだよな、驚いたよ。できたとしたらとんでもない魔法だ」
小さく笑って、ビュウはバハムートの冗談を笑い飛ばそうとした。だが彼の両の目はなおも真剣にビュウを見つめていた。
「お前を人のまま失うのは惜しいと思っている。だからこそこの空にふさわしい姿となり、私のそばにいて欲しい。そしてその翼を、美しいと褒めさせて欲しいのだ」
「そう言葉にされると、さすがに照れるな」
淀みなく、それでいて熱を含んだバハムートの言葉に、ビュウは視線をつと逸らすと頭をかいた。
そんな彼の顔に、バハムートの視線はなおも注がれている。
しばらくして、降参とばかりにビュウは目線を戻した。バハムートの表情が、安心から緊張からほぐれたかのようにビュウには見えた。
「確かにお前からしたら、人間の寿命なんて一瞬だもんな」
先ほどのお喋りが嘘のように黙りこくるバハムートを前に、ビュウは小さく息を吐いた。
両手をバハムートの顔に伸ばしてつま先立ちになると、黒く冷たい鱗に手が届く。
そしてビュウは誓いを立てる花嫁のように、彼の目元に口付けを落としたのだった。
「そのときがきたらよろしく頼むよ、バハムート」
「ああ、任された」
口付けを味わうようにそうゆっくり口にして、バハムートは愛しい相方の姿をその目に焼き付けた。
だが潤むビュウの目が、熱を帯びた表情が一瞬で普段のおどけた笑顔に変わる。
「でもな」
「……どうした?」
「俺にはまだ人としてする事が山積みだ。それを終わらせるまでは待ってくれよな」
「それくらい造作もない」
そう答えたバハムートとビュウの表情に、同じ笑顔が生まれたのだった。
「――で、明日の予定だけど……」
「どれどれ」
おもむろにビュウはポケットからスケジュール帳を取り出し、バハムートにも見えるように掲げてみせた。
それを見ようとバハムートはよりビュウに身体を寄せ、ビュウもまたバハムートに身を預けるように寄り添う。
居心地のいいこの関係がいつまでも続くという事実に、二人は深い安らぎを覚えていたのだった。
以前書いたものに「バハムートは奥さんだと思う」とかオカンだとか散々書いたので今回は逆です。
ずいぶん前にとったアンケートの結果も兼ねています。たぶん。
バハムートはビュウとその他の人の前だと態度がえらい変わると思ってます。そしてポエマー。
明らかに互いが好き好んで一緒になったもんだと思っているので、もっと二人のラブラブが見たいです。
ゲーム公式のビュウの相手はバハムートだと熱く主張したい。
あっ、夫婦の日ということで書きました。(遅い)23日になっちゃいましたけどね!
20161123