Novel / いつか流星になる日まで


 「どうしたらお星様に手が届くの?」
 子供らしい、それでも誰もが一度は抱いた純粋な疑問。しかし叶うことはなくいつしか諦められる夢。
 しかしそんな夢を叶えるために、彼らは流星を追いかけている。

 「ねえビュウ、今年ももうすぐだね!」
 「そうだな、そのためにこんな所まできたんだ」
 「きゃうう!」
 身体を撫でられたサラマンダーが二人に続いて甘えた声を出した。
 「サラも楽しみなんだね!今年はたーくさん星が降るといいね!」
 「きゃうー」
 準備をいったん止めてメロディアがサラマンダーにそっと寄り添う。彼女の全身を支えるように身を寄せて嬉しそうに鳴いたサラマンダーの声は、静かな荒野に伸びやかに消えていった。

 オレルスに平和が訪れた後、ビュウはバハムートと共に世界を見守る役目についた。
 ビュウは半ば命令に近いそれを受け入れ、日ごろ文字通り見回りをすると同時に伝令のような役目を果たしていた。
 しかし仕事がある程度落ち着くと、ビュウはバハムートに断りを入れてとある夢を叶えるためにサラマンダーを駆ってオレルスを飛び回ることにした。
 その傍らには一人の少女。
 ビュウは自らのためではなく、彼女の純粋な夢を叶えるために飛び立ったのだ。

 「本当に何もないんだねー」
 「仕方ないよ、ここを開拓するのは難しいだろうから」
 そう答えて、ビュウは荒涼とした荒野を見渡した。
 ここはベロスの空域の中でも北端にある荒野。ベロスの持つ土地の中でも特に人が住むのに適していないと判断され、有史以来この姿を保ち続けているのだという。
 「ホーネットも誘ったのにこなかったんだもんねー、ぶーぶー、弱虫ー!」
 「船を借りたかったのはその通りなんだけどな、はは、さすがに船のローンまでは持ちきれないよ」
 不満を漏らすメロディアを慰めながら、ビュウはホーネットの表情を思い出すと眉根を寄せて苦笑した。

 この旅が始まる際に、三人でまず向かったのはホーネットの元だった。
 彼はファーレンハイトの操縦士としての役割が終わった後、恋人とまで称した船と成り行き上引き剥がされ、新たな小型艇を購入して運搬の仕事を続けていた。
 オレルスの空を安全にかつ快適に旅するには船が一番だ。そしてビュウと同じく空を愛する同士として、流星を追いかけようと打診したのだが船の返済額という現実を前に断られてしまった。
 しかしその代わりとして、時折物資を融資してくれたり寝床として利用することを許可してくれた。
 ――それくらい、ビュウたちの旅は長いものなのだった。

 「せっかくメロディアの手料理が食べられるのにね!」
 そういってメロディアはスープを一口味見して、小さく首をかしげた。
 「そうだな、出発した頃に比べたら見違えるほど美味しくなったと思うよ」
 「そんなこと言ってー、褒めたって量は増やせないんだからね?」
 「ぎゃうー」
 「大丈夫だよ、サラの分はちゃんとあるんだからね」
 心配そうに寄ってきたサラマンダーにメロディアが微笑みかけると、彼は安心したのか小さく喉を鳴らすと火の元を離れる。
 「さて、食べたら片付けて出発だぞ、星は待ってくれないからな」
 「はーい!」
 「きゃうう」
 ビュウはそういい立ち上がると、寄ってきたサラマンダーにバケツのように深い彼専用の食器皿を手渡して空を仰いだ。
 空はどこまでも広がる漆黒のキャンバスで、一面の星を散らしたらそれだけで記憶に残るものになりそうだった。

 キャンプを見失わないよう火をくべてから、サラマンダーは夜空に向けて飛び立った。
 火のように燃える彼の体も、一面の黒に覆われるとたちまち飲み込まれどこにいるか分からなくなる。
 旅立ってすぐは、辺りに何も見えなくなる恐怖から夜間飛行を諦めたことがままあった。
 しかし今となっては期待に夢を膨らませる、絶好の舞台なのだった。
 「今日はすごくたくさんの流星が見られるんだよね?」
 「ああ、そういう予想だね。一年に一度だって」
 「この日のために、私たちオレルスを飛んできたのかな」
 「……どうだろう、今日もダメな日で、ふとした日に叶うかもしれないよ?」
 「そう、そう、だよね」
 メロディアは言いよどんで、ビュウの背中に体を預けた。彼の変わらぬ心音が、彼女の心を落ち着かせた。
 「でも変わったことを言い出すものだよね、メロディアも」
 「なあに、いまさら」
 「星に触れたいなんて子供のうちに卒業するものだと思ってたから」
 「ビュウ、メロディアが年齢的にはまだ子供だってこと忘れてない?」
 「年齢の問題なのかな、それなら俺もまだ子供だな」
 「ビュウが?」
 思わぬビュウの言葉に、メロディアは背中から耳を離してビュウを見上げた。振り向いた彼の顔と目が合うと、互いの顔に自然と笑顔が浮かんだ。
 「うん、といっても俺の場合は少し違うけどね」
 小さく頷いて前を向いたビュウの表情を見たくて、メロディアはサラマンダーから少し身を乗り出した。
 「――ビュウは、星になりたいの?」
 「……さすがメロディア、ただ飛び回るだけで終わらなくて良かったよ」
 落ちないようにと乗り出したメロディアを片手を出して支えると、ビュウは彼女に笑いかけた。
 そこには後ろめたさも悲観もない、いつもの優しいビュウの表情がそこにあった。
 「知ってるよ、ラグーンから落ちたり埋葬された人は、星になって降り注いだ先で生まれ変わるんだって。言い伝えでしかないけど私、おじいちゃんを見てて思ったんだ、言い伝えを集めてたくさんの人に見てもらえるようになったら素敵だな、って」
 「その手伝いをできて俺も幸せだと思うよ。世界にはまだ言い伝えが眠ってる。だからすぐ星になりたいとは思わないけど」
 「ビュウ……」
 「いつか、こうして飛んでいるうちに星になれたらいいな、とは思ってるよ」
 「そしたらサラとも私とも一緒だね!」
 「うん、そして生まれ変わって証明するんだ、この言い伝えが本当だ、ってね」
 「神竜の伝説みたいだね!」
 「伝説……。伝説を追いかけてるんだな、俺たち」
 「きゃるる!」
 サラマンダーが同意するかのようにかん高く鳴いた。そんな彼の首筋を優しく撫でて、ビュウは後ろを振り向く。
 すぐそこには乗り出すというより寄り添うように立ち上がったメロディアの顔があった。
 自然と頬を寄せると彼女は一瞬驚いたようだったが、すぐに倣って瞳を閉じる。
 二つの微熱と流星とが夜空に溶け合って、ひとつの新たな物語が紡がれ始めていた。

いつか流星になる日まで
BACK← HOMENEXT

七夕要素どこいったんだろうね?
多分「一年に一度の流星の下でキスしたカップルは結ばれる」とかそういうベタなところに落ち着いてそうです。
メロディアは「星に触れる」という非現実的なことと「ことわざを集めていたおじいさんの跡を継いでオレルスじゅうのことわざを集めて出版する」という現実的なことをしたいとビュウに話し、ビュウはその夢をかなえたいと話に乗っかった上でやがて来るであろう死に対してある意味前向きな願いを叶えるために動いてる、無論パートナーはサラマンダー。
といったところです。何かごめんねメロディア……。
2016/07/07



top