「来れるもんなら来てみな!」
そう声を張り上げて、少年はふんぞり返るようにしてもう一人の少年を挑発していた。まだ二次性徴に程遠い少年の声は、近くの家々の壁にきんきんと響き渡って消えていく。
それに応えるように、彼の胸に抱かれたそれも短いしっぽを振って声をあげた。
「ワン!」
「……なあ、それ本気で言ってんのか?」
「当たり前だ、お前もこの先に何があるのかくらいは知ってるだろ?」
「ワン!」
ジト目で問いかけるもう一人の少年に対して、犬を抱いた少年はなおも声を張り上げることを忘れない。そして再び吠える子犬に視線を落として、むっとした表情でそれを突き出した。
短い腕の中で所在なく揺れる子犬の体が、今の少年の立場を示しているように見える。そんな偶然の一致に、突き出された少年の表情は自然と緩んでいた。
「なにがおかしいんだよ」
「え?」
「とぼけるなよ、笑いやがって! ぼ、オレが小さいからバカにしてんだろ!」
「んなこたねーよ」
その話は二人の少年にとって、共通の痛い話題なのだろう。小さく首を振って、金髪の少年は改めて犬を抱えた少年を注視した。
背丈は同じくらいに見えた。むしろ犬を抱えた少年のほうが栄養状態がいいのだろう、並ぶと見た目では劣るのは簡単に想像ができた。
見た目で敵わないなら、と金髪の少年の攻撃の矛先は犬を抱えた少年の口ぶりに及んだ。
「それよりお前、自分のことぼく、なんていってんのかよ。その口ぶりじゃどうせガキなんだろ? 一人じゃ怖いから、犬なんて抱えて大人に守ってもらおうとか思ってんだろ」
まくし立てるように金髪の少年は犬を抱えた少年を煽った。効果はてきめんで、すぐ犬を抱えた少年の顔が赤くなっていく。それに加えて力が入ったのか、大人しくぶら下がっていたはずの子犬が暴れだして少年の手元を抜け出した。
「きゃん! きゃんきゃん!」
「あっ、待って……」
少年の声を聞き入れるはずもなく、子犬は甲高い声を残して金髪の少年の横を駆け抜けていく。もちろん拾い上げるつもりはない。仮に拾ったとして、敵に塩を送るようなものなのだから。
「なんで追いかけてくれないんだよう!」
「……ああ?」
「うっ」
子犬が手元を離れたとたん勢いが消えてしまったかのように、子犬を抱えていた栗色の髪をした少年の口調は幼くなっていた。隙を見せないように金髪の少年が睨みつけると、栗色の髪の少年は口を噤むと足を一歩引いた。これで形勢逆転をしたも同然だろう。
「で、どうすんだよ。この先には何があるって?」
「……分かるでしょ、市場だよ。ぼく、近くのお店のおじさんと仲良くなったから、他の子と仲良くなったらいやだなって思って、ここで通せんぼしてたんだ」
「それでよくやってこれたな」
「あの子犬にはちゃんとご飯もあげてね、人がきたら吠えるように教えたんだ。なのに……」
語尾と共にしぼんでいく栗色の髪の少年の表情に、金髪の少年はやれやれ、とため息をついた。
「んなもったいないことしないで力のあるやつと協力すればいいだろ。ま、おれらみたいなのに頼む奴はいないだろうけどな」
「ねえ、君はけんかに強かったりするの?」
「……あのなあ」
とぼけているのか素なのか、にこにこと問いかけてくる栗色の髪の少年に対して、金髪の少年の口元は自然と緩んでしまっていた。
「それなら手伝ってほしいんだ。おじさんは優しいし、ここはあんまり人もこないし。もちろんちゃんとご飯はあげるからさ」
「おれは犬扱いかよ」
犬のように唸って金髪の少年は栗色の髪の少年に睨みをきかせた。しかし変わらず人のいい笑顔を浮かべている栗色の髪の少年は、こちらに向かって手を伸ばすと小首を傾げたのだった。
「へーきだよ、ぼくだって市場の人から犬って呼ばれてるもん」
「……お前も苦労してんだな。おれはラッシュ。お前は?」
「ビッケバッケ。変な名前って言わないでね、気に入ってるんだから」
「そっか。まあ、気が変わるまでよろしくな」
「うん!」
自らビッケバッケに近づき手を取るラッシュ。笑顔で頷くビッケバッケの後ろで、午後五時を知らせる市場の鐘が鳴り響くのだった。
即興二次小説やったら「犬の壁」がお題として出てきてよっしゃー!ってなったのに出先で匿名で電車の乗り換えついでにブラウザを閉じたら当たり前だけど内容が消えたのでこっちで。
トゥルース合流前の仲があまりよろしくないラッシュとビッケバッケ。ついでに言えば二人は見知らぬもの同士、っていう
170812