「はえー……」
「すげーな、初めて見たぜ! な、トゥルース!」
「ええ……」
口をぽかんと開けたまま、一点を見たまま動かないビッケバッケ。興奮した調子で辺りを見回すラッシュの声に、トゥルースの表情は不思議と無感動だった。
三人は意気揚々と出発し、普段通る路地を抜けて大通りを闊歩する人々に混じった。
始めはいつもの習慣と警戒心がどうしても抜けず、見ず知らずの大人に睨まれたりもした。
しかし突然言いだした事とはいえ、気を大きくした彼らの歩みはまるで初めから表の住人であるかのように受け入れられた。
気分のままにたどり着いたそこは、おおよそ普段の彼らのでは行かないであろう古く趣のあるカーナの街並みだった。
「ここまできてよかったねえ、ラッシュ」
「そうだな、なんかしらねーけど大人どもが優しいし。気味悪いぜ」
ほのぼのとした口調のビッケバッケに対して、ラッシュは眼下を警戒するように視線を送ると首を横に振るのだった。
「どの家も古いですが立派なものばかりですし、歩いている人の服も立派ですよね」
「……つまり?」
「たぶん、ですがここはお金に余裕のある方々が住んでいるんでしょうね。それも私たちが生まれるよりずっと前から」
トゥルースのわかりやすい説明に、ラッシュは言葉の代わりに舌打ちを返した。
「ねえ、今日からここに住もうよ! おとなしくしてたらきっと追い出されないよ」
不機嫌そうに腕を組むラッシュの隣から、目を輝かせたビッケバッケの顔が覗く。何か言いたそうなトゥルースを遮って、相変わらずむすっとした顔をしたラッシュが口を尖らせた。
「あのなあ、まさか気づいてないなんて言わせねえぜ?」
「うんー、きっとみんな帰るお家があるんだよ、ねえ?」
「……そうなら良いんですけどね」
二人の疑いの目も恐れることなくにこにこと笑顔を浮かべ、そう口にするビッケバッケ。今だけは人を疑わず前向きな彼の考え、ぎすぎすし始めた空気をほぐしたのだった。
けれどそんなビッケバッケの提案をおとなしく呑むわけにもいかない。ラッシュにちらりと視線を送った後で、諦めから小さくため息をついたトゥルースはぽつりとつぶやいた。
「……ここがこれだけ綺麗なのは、住んでいる方々の努力の結果なんです。だから」
「そっかあ。だから路地に入ってもゴミ箱がひとつもなかったんだね。野良犬が迷い込んでもすぐに見つかっちゃうねえ」
割り込んでもなお、ほのぼのと見てきた景色を思い出し口にするビッケバッケ。そのまま何か気づいたのか両手を合わせた。彼に似つかわしいぱふ、という間抜けな音に、二人は笑みを浮かべつつ彼の顔を覗きみた。
「忘れてた。ボクたちも野良犬だったんだ。だからすぐに捕まっちゃうよって、トゥルースは言いたかったんだよね?」
「ええまあ、そういうことです」
「つーか忘れてたってなんだよ……ったく」
ゆっくり頷くトゥルースの余裕とは反対に、ラッシュは言動に突っ込みながらも三人が上ってきた方向への警戒は忘れていなかった。
三人がいるここは古い様式の物見の塔で、珍しさにつられて階段を上ってきたのだ。都合よく無人であり辺り一面を見渡すことができ満足していたが、この場所が無人である理由もわかった上でなお長居できるほどラッシュも図太くできてはいなかった。
そんな彼の思惑が伝わったのか、トゥルースはゆっくり立ち上がる。手を取られていたビッケバッケは名残惜しそうに立ち上がり、トゥルースの顔を見上げたが彼は小さく首を横に振るだけだった。
「んじゃ、戻るか」
「そうですね、ここに来るまでにずいぶん歩きましたから。今戻れば夕飯には間に合うでしょう」
それが帰宅の合図といわんばかりに、二人は大人一人がやっと歩ける幅の通路を歩き始めた。変わらず手をつながれているビッケバッケは、転びそうになりながらも二人の後に続く。
「ねえ、またここに来れるよね?」
確認するかのように、彼自身の願いでもあるかのようなそのつぶやきは、誰に肯定されることもなく風に流れていったのだった。
兵隊ごっこナイトトリオその2。その1はここ。
後もう一回続くのぢゃ。
前回トゥルースの台詞で終わったので今回はビッケバッケ。
カーナ王都って歴史はかなりありそうなので新旧ごちゃまぜのようなイメージがあります。
170613