Novel / 祝福の鐘をあなたと


 穏やかな春の日差しが心身を満たし、爽やかな風が耳元をくすぐり吹き抜けていく。薄く伸ばした空の色に広がる霞のような雲が、額縁を飾るレースのようにたなびいていた。
 そして目の前をゆっくりと、踊るように散っては消えていく桃色の花びらたちが、その絵を一枚の芸術品として完成させいた。

 もちろん、その中心にこの男がいてこそ成り立つものであったが。

 「……バハムート?」
 「どうした、ビュウ。変わらずお前は綺麗だぞ」
 「いや、それはアナスタシアに……伝えようがなかったな、あの場面じゃ」
 振り返り苦笑するビュウの視線は、花を散らす木どころかラグーン自体をすっぽり覆い隠しそうなバハムートの琥珀色の目を通じて、数日前の出来事を見ているようだった。

 日を遡ること数日前。カーナの恋人たちの聖地である思い出の教会に、またひとつ幸せな記憶が刻まれた。
 反乱軍に在籍していた頃から付き合いはじめたという、バルクレイとアナスタシアが結婚式を挙げたのだ。一度は散らばった仲間が一堂に会し、幸せに満ち溢れた二人を祝福する。敢えて小競り合いがあったとすれば、それはアナスタシアのブーケトスくらいのものだろう。
 そんな幸せの場に呼ばれたビュウは、世界の平和の象徴であるバハムートを伴って教会を訪れた。あまりの巨体とその場の混乱を防ぐため、実際バハムートは式の初めから終わりまで教会から離れたラグーンに留まることになった。けれどそ突然の決定にかかわらず静かに従ったバハムートの姿に、ビュウは安心して二人の新たな門出を祝うことができたのだった。

 「悪いとは思ったよ。アナスタシアのドレス姿、見せてやれなくて」
 「問題はない。祝いの言葉は伝えておいた」
 「……本当に便利だな、その力」
 はあ、と微かなため息をついてビュウは笑った。バハムートはただ人の言葉を理解し喋るだけではなく、その言葉を直接相手の脳内に伝えることができるらしかった。しかもその範囲まで自在に操れるとあっては隠せる話などいくらでもあるのだが、そこに関しては互いに信用しているし、信頼していると確信していた。

 だからこそ、いつもビュウが振り回されることになるのだが。

 「ついでに伝えておいたぞ。次はビュウの花嫁衣裳を見せてやるぞと」
 「……あのなあ…………」
 なぜか浮ついた気分が伝わってくるバハムートの言葉に、ビュウが凍りつくことはなかった。代わりに返ってきたのは、ため息ともつかない反論だった。
 「せめてタキシードだろ。根本はそこじゃないとは思うけど」
 「なぜだ。私の元にお前がやってきた経歴を、今一度振り返ってもいいんだぞ」
 「どうぞどうぞ」
 バハムートの提案を、ビュウは投げやり気味に返す。だがこんなやり取りは何も今日が初めてではなかった。どうもバハムートから寄せられる思いが真っ直ぐすぎて、直接受け取っていては器があっという間に溢れそうになる。申し訳ないと思いつつも、今回のようなことを真に受けていては、ウエディングドレスでオレルスを一周することすら容易に叶えられるだろう。

 「私がお前を誘ったな」
 「ああ、俺がパピーの健康チェックをしている間に割り込んできたな」
 「だがお前はそれを忘れず、私の誘いを受けた」
 「世界の平和を見守って欲しいと、ヨヨにも願われたからな」
 「だが、それは自身の願いでもあった。違うか」
 「違わない。人に唯一味方した結果全ての神竜を敵に回し、それでもバハムートは人を守るためにオレルスに残った。違うか?」
 「違わない」
 自然と質問が逆転してもバハムートの悠然と向かい合うその姿に、ビュウが安堵の息を吐いた瞬間。結局バハムートはこれを言いたかったのだろう、勝ち誇ったかのように口が上を向き、その声は吠えるようにビュウの鼓膜を震わせたのだった。
 「そしてビュウ、ついに目の前に現れ今度はお前と共にありたいと告げた私を受け入れたな」
 「――確か世界を見守りたいと」
 「そうだとも! ビュウは私の告白を受け入れた。これは人の世でいう婚姻を結んだことと同義だ。そうだろう、そうだろう!」
 「……どうしたらそこまで行くんだ」
 脱力したビュウの吐息とは反対に、バハムートの起こした風は小さなラグーン全てを巻き込み草花を一気に舞い上がらせた。すっかり声を打ち切られても、ビュウはその神の業としか言いようのない幻想的な景色に、すっかり心を奪われていたのだった。

 「人間は、婚姻関係を結ぶ前に贈り物をするらしいな。だが私にできるのはこの程度だ。それでも愛するものを一層美しく飾れるならば――」
 風の勢いが収まる中、舞い上がった花びらはビュウの髪を飾りつけていた。儚い命のもの同士の奏でる美しさをバハムートは愛でていたが、本人は優しくとも怪しい視線に気づいたのだろう、ビュウははっと目を見開いたかと思うとバハムートを鋭く睨んだ。

 「……何をした?」
 「風を撒いただけだ。それがより、お前という存在を際立たせていた。これで風に舞う衣装があれば……」
 「これがあるだろ」
 ビュウに対しては、綺麗などと褒めるのは有効どころか心を動かすことはないらしい。ぶっきらぼうにマフラーを掴んで見せてくる彼に対してバハムートが次の句を考えあぐねていると、ビュウは言い出しづらそうに口を開いたのだった。
 「……俺をそんなに褒めなくていい。バハムートのほうが美しいことは誰もが知っているし、一つのことに対して真摯な姿が何より俺の心を動かしたから傍にいたいと思ったんだ。だから結婚だ夫婦だなんて」
 「ふむ……」
 「――分かってくれたか?」
 思慮深そうにバハムートは目を瞑る。それに囁くように声をかけたビュウは、予期せぬ突風に足元を取られ尻餅をつく。一瞬下がった視線を上げた彼の目に映っていたものは、自分の視界いっぱいに広がろうかというバハムートの瞳だった。

 「そうだ。私はビュウと共にありたい。ただ在ればいいと思っていたが、お前が人である限り人の儀に則り関係を明確にすべきだと思ったのだ。そうすれば間違われることもなければ正式にお前を嫁に迎え――」
 「嫁?!」
 さらさらと流れていたバハムートの声は、ビュウ自ら堰き止められた。だが飛び起きた彼には目もくれず、バハムートは言葉をつむぎ続ける。
 「確認しあったろう。迎え入れられたビュウこそが私の嫁に相応しい。それなら少しでも早く衣装を調えに」
 「待った待った、確かにバハムートの真摯なところは好きだといったが、そもそもバハムートは思ったところをすぐ言葉にしすぎ、ってあれ?」
 「善は急げだ、行くぞ」
 「ちょっと待て――!」
 反論も空しくマフラーを咥えあげられたビュウを連れて、バハムートはふわりと宙に舞い上がった。
 ある日の平和なカーナの空に突然神竜が現れ、世の終わりかと畏れられる出来事があったらしい。
 けれどそれは、また別の話。

祝福の鐘をあなたと
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異種ラブ7という、異種愛イベントに参加した際の無配ペーパー(SS)でした。
前語りのようなものがあるのですが割愛します。ようはアレアレこの距離感最高だな?!
簡単な流れだけ決めて書き始めるので、いつもお尻が詰まりがちなのはページ数規定系の宿命なのかも。学べよ。
20190217



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