「……ということで。よろしいですかな?」
にやり、と口の端を吊り上げてグドルフは周囲に同意を求めた。
いや、同意などというものは建前でしかないだろう。彼が物事を会議に出す前に、話は全て終わらせているのだから。後は腹心たちに形ばかりの挙手をさせ、数でその場を押さえる。単純極まりない方法だったが、専制政治でないことを都合よく利用するにはこうするのが一番なのだ。
「分かった。ラディアの能力は私もこの目で見ている。ゴドランド国民への対処は考えてあるんだろうな」
有無を言わさぬ雰囲気を纏わせてサウザーはそう口にした。周囲はもちろん、何かと意見を求められるパルパレオスも静かにそれを聴いている。何かとサウザーの意見を是として閉会することの多い会議だったが、それだけ彼が物事を理解している証拠なのだろう。
「もちろんですとも。ゴドランドについては私、とラディアにお任せを」
「……と言っているがラディアはどうだ」
「――はい。私の力をお役に立てられるよう、グドルフ殿と協力しつつ尽力したく思います」
仰々しく言ってラディアをひと睨みしたが、どうやら心配は無用のようだ。いつものような考えの読めない顔をして、彼女はサウザーに淡々と発言した。
その様子をサウザー含め、周囲は不気味に思っているだろう。だがそれと同時にどこか安心したような顔も見て取れた。ラディアの持つものを思えば、不穏の元が遠くへ行くことを喜びたくなるのもよく分かる話だった。
「そうか。どうだ、反対者は」
静かに放たれたサウザーの言葉を最後に、ラディアがゴドランドを治めることに一応の決着がついたのだった。
***
「さて」
とん。
「あっ」
立ち止まると同時に背中に当たる冷たい感触と若い女の声。ラディアだ。
「そのぴったりついてくるのをそろそろやめんか」
「ごめんなさい、おじさま。でもこうしていいっておじさまが……」
縋るように顔をあげたラディアの目は、グドルフの鋭い瞳に怯えるように伏せられた。その哀れな子犬のような仕草に、さすがのグドルフも物腰を柔らかくせざるを得なかった。顔だけを向けるのをやめ彼女に向き直ると、その細すぎる肩にそっと手をかける。
それでもびくり、とラディアは肩を震わせた。この距離は永遠に近づくことはない。それを選んだのは自分で、あの時あの瞬間に戻ることなど叶わないのだ。
「はあ……」
「お気に触りましたか、グドルフ殿」
「いやいい、いいんだ」
言葉遣いを改めるラディアに弱々しく笑いかけると、グドルフは再び重い息を吐いたのだった。
「いいか、ラディア」
「はい」
今度はラディアの両肩に手をのせ、腰を折って目線を合わせる。こうすれば獲物を逃がさず、かつ確実に話を進めることが出来る。過去何人もの部下と会話をしてきたグドルフの戦術の一つだ。必要なら懐から忍ばせることもできるが今回は必要ないだろう。
なぜなら――
「これでゴドランドの統治もその方針も、私とお前のものだ。分かっているとは思うが、我らが家系の名誉を傷つけることのないように」
「分かりました、おじさま」
死者のように青白く痩躯の、生気を感じさせないラディアの表情にわずかな笑顔が宿った。儚く風に揺れる花のような笑顔に、グドルフの手は思わず彼女の頭を撫でていた。
「おっと」
「おじさま?」
ごほんごほん、とわざとらしく咳をして、グドルフはその手を背中に隠した。透き通る緑の目からは視線をそらさずに、彼は敢えて厳しい顔をして大きく頷いてみせた。
「いいか、これからお前に命じることはベロスの未来、強いては我らが家系を繁栄させる大きな足がかりともなるのだ。心してかかるように」
「われらが、みらいの、ために」
言葉を吹き込まれた人形のように、ラディアはグドルフの台詞を繰り返す。小さく数回頷いて、彼女は再び顔をほころばせた。
「おじさまのために、私、頑張ります」
「そうだ。それでいい」
ラディアの言葉に少し引っかかりは覚えたが、グドルフはその場を収めるために肩を数回叩くと姿勢を正した。こうして将軍同士が長らく時間を共にすると、望まぬ誰かに見られる可能性も上がるからだ。
これで彼女への根回しは十分と思えたが、この小さな姪とこうして話す時間を取ったのはいつ振りだろうか。そんな人としての心情が、彼の口を自然と軽くしていたのだった。
「お前の持つ魔法の力と死者蘇生の力を私は大きく買っている。何より夜の長いゴドランドはお前が活躍するに十分な土地だろう。……ラディア」
「はい」
「命じられて治めるだけでは無能な統治者だ。全てを飲み込み夜の統治者になるのだ。やがてそれは昼の世界にも轟くだろう。お前にはそれが出来る。期待しているぞ」
「ありがとうございます、おじさま」
ラディアの言葉を待たずに、グドルフはマントを翻し一人廊下を歩き出した。振り返る必要などない。後は手駒が思い通りに動いてくれるよう、要所で手を下すだけだ。
かつかつと廊下にグドルフの靴音が響く。それが聞こえなくなるまでラディアは頭を下げていた。この行為に特に疑問を持ったことはない。かつてそうだったように、今も変わらない関係に敬意を表しているだけだ。
バタン、と重いドアの閉まる音と共に頭を上げたラディアは、グドルフの励ましを頭で反芻していた。しかし久しぶりの会話かと思っていれば雨のような言葉の数々に、彼女の思考はすっかり固まり胸に熱いものがこみ上げていたのだった。
「…………」
言葉に詰まり、胸に両手を当てる。確かに聞こえる鼓動は早鐘を打ち、全身に巡る血液が体中を駆け回っているのが分かった。
ああ、これが、嬉しいってことなんだ。
頬まで赤く染めたラディアを、状況を知らないものが見たらさぞ不気味がるだろう。だがそんなことはどうでもいい。このことを知っているのは二人だけなのだから。
「夜を、私のものに――」
思いを口に出し、ラディアはまだ明るい昼の空の向こうに待っている自分の王国を想像していた。
それと同時に、いつか見たはずの陽光の下で笑う叔父の、そして家族の姿を揺れる陽炎の下に見ていたのだった。
ツイッターでやりとりしていてこういうこと?と思いつつ勝手に書いてしまいました。
メインは後半になっちゃった。以下書きたかったこと。
・本会議はもっとちゃんとしてると思う(勉強不足)
・グドルフとラディアは血縁関係(グドルフの家が本家)
・ラディアからグドルフへの呼び方は「おじさま」
・グドルフから見たラディアはあくまでも駒
・だけど二人きりになるとどうしても気が緩む
・ラディアはグドルフの思惑に気づいていない
・グドルフ派の人間の誰かは気づいていてもいいと思う
・「夜は私のもの」発言すらグドルフの刷り込みならいいなという妄想
(でもそれだと「どちらかというとグドルフ派」のソースが薄くなっちゃう)
・年の差最高
・匂わせるだけで書いてない辺りはむしろ書いてくださいお願いします
170812