「昨日まで寒かったのがウソみたいにあったけーな!」
「そうだねえ、お昼寝したら気持ちいいだろうなあ」
寒さに震える日々を過ごしていた三人は、ある朝目覚めると突然の暖かさに迎えられていた。それでもとっさに着替えられるような余裕は彼らにはない。今だけは不恰好な厚着のまま、彼らは縄張りである河川敷沿いを歩いていた。
「ほら、あそことかどうだ?」
ラッシュが指差した先にあるのは、なんら景色の変わらない堤防だった。だが暖かな太陽の光を浴びて輝く草花が、自然と彼の足を誘っているように思える。
だが行くか行くべきか。そんなことを考えるより早く、ラッシュは堤防にあがると足を伸ばして座り込んだ。
「この後の予定を忘れてないですよね?」
「わーってるって。ちょっと横になるだけだって。ちょっとだけ……」
「ちょっとだけー」
気づけばラッシュの隣にビッケバッケが座り込み、呆れた顔のトゥルースに向けてとぼけた声をあげていた。そんな二人に白旗をあげたのか、それとも彼自身も陽気に誘われたのか。結局トゥルースもラッシュの隣に座ると、地面に背中を預けたのだった。
ふうー……
息を吸って、吐いて。
いつもなら肺を刺すような冷たい空気に、揃って体を震わせるところだ。だが今だけ感じられる水のにおいといくらか残る青草の香りが、彼らに少し遠い春を思い出させていた。
ふわあ、と陽気に誘われるようにあくびを始めにしたのはビッケバッケだった。それはあっという間に二人に移り、彼らは目じりに涙を浮かべながらくすくす笑い声を重ね合わせた。
「こんな小春日和が続けばいいんですけどね――」
ため息にも似たものをつきながら、トゥルースはぽつりと呟いた。そんな彼に向けたラッシュの顔は、驚きとも疑問ともとれる複雑な表情をしていた。
「ああ? 何いってんだ、春はずっと先だろ」
ラッシュはトゥルースの知識を頼りにしていた。いや、せざるを得ないと言ったほうが正しいだろう。彼に出会うまで力で切り開いてきたトラブルが、知識ひとつで解決する現場に何度も立ち会ってきたのだから自然と頼りにしてしまう。
だが、そんなトゥルースが水も凍る冬に春だと言い出したのだ。悪い意味で目を見張るのも仕方のない話だった。
「ラッシュ……」
しかし、疑いの眼を向けるラッシュに対して、両隣の二人はどことなく哀れむような視線でそれを受け止めたのだった。
「……やはり、あなたにはもっと知識をつけることが必要だと思います」
「あのねー、小春日和っていうのはね、春みたいにあったかい日のことをいうんだよー」
相次ぐ発言に、ラッシュは目を丸くして傍らのビッケバッケに顔を向けた。変わらずにこにこしている彼と苦笑いを浮かべているトゥルース。二人の符号に、彼は思いついたことを口走った。
「なっ……、なんでお前がそんなこと知ってんだよ。実はお前ら二人してオレをはめたんだろ?! だいたいおかしいと思ってたんだ。いきなり外に出ようなんて言い出してさ」
上半身を起こし、二人を交互に指差しながら一気にまくし立てる。その勢いに二人は目を丸くしたが、やがて視線が合ったのかくすくすと笑う声がその場を染め上げた。
やっぱりか。落胆にも似た気持ちで、ラッシュは肩を落とした。
「いえ、単にこれだけ暖かいは久々なので誘っただけですよ。ラッシュだって言ってたじゃないですか、「早く暖かくならないかな、動きにくくて仕方ない」って」
「え?」
だがそんな彼にかけられた思いやりのある言葉に、ラッシュは間抜けな顔を二人に晒したのだった。しかしそれを見たトゥルースは笑うどころか、困ったように頬を掻くと目線を逸らす。
「……仕方ないじゃないですか、ラッシュの口調は私には真似しづらいんです」
――どうやらラッシュもトゥルースも、方向違いの勘違いをしているようだった。
「なーんだ。確かにあっちいよな、これ。脱いじまおうか」
けれどそれに気づいたラッシュの口調は相変わらずだった。いや、少しでも二人を疑っていたことを知られずに済むならそれが一番いいだろう。
言い出すが早いか、ラッシュは着膨れした上着を一枚脱ぎだした。その下には後三枚着込んでいるが、これでも冬の夜は寒くて何度も目が覚める。
今日だけはもう一枚脱いでもいいくらいの陽気だ。「こはるびより」とやらにラッシュが心の中で感謝していると、笑顔を取り戻したトゥルースが意外なことを言い出した。
「でも良かったです。ビッケバッケがすらすら答えられたのも、最近の読書の成果でしょうね」
「えへへ、わかったー?」
「ああ?」
出てきた単語に、ラッシュは思わず拒否反応を示していた。二人を睨みつけても変わらない場の雰囲気。視線から逃げるように、彼は再び寝転がると口先を尖らせたのだった。
「……オレが本を読んでも枕にしかならねーって知ってるくせによ。ふああ」
「今日は何もなくてもよく眠れそうですね。……ふあーあ」
「あはは、あくびが移ってるね~」
あくびを抑えようと口を手で押さえるトゥルースと、喋りながらきっちりあくびをするビッケバッケ。彼らもラッシュに続いて横になる。
暖かな大地のベッドが、三人を包み込むのは時間の問題だろう。
「あったかいな……」
すでにビッケバッケの隣で、ラッシュは安らかな寝息を立てていた。トゥルースもしばらくは起きてこないだろう。今日残された予定は市場にいくだけだ。これだけ暖かければ、きっと人出も多いに違いない。
だがビッケバッケは、頭ではそう考えていながらも体は今だけはもう一つのぬくもりに包まれているような心地でいた。
ふわふわとした、しかし確かに抱きしめてくれる感触。彼は自然にラッシュの体に身を寄せると、腕に頬ずりして微笑んだのだった。
「……おやすみ」
野良犬ナイトトリオのほのぼのかと思ったら最後に突然自己設定ぶちこむやつ。
今年中には書き上げたいもんですね~。
暖かくなったと思ったら突然雪が降ったりで驚かされた今年の冬ですが、彼らにとって冬が厳しいだけのものじゃないようにと思わずにはいられません。
20180306