「一緒に踊ってくれませんか?」
城を飾るように華やかな花火が打ちあがり会場を盛り立てる音楽が流れる中、フレデリカはただその一言が言えなかった。
反乱軍が無事カーナを奪還し、その祝いにと開かれた舞踏会。
何を思ったのかビュウが無礼講でいけ、と命じたためか城外にある円形広場で開かれたそれには国民も混ざり、酒が提供され、騒がしくも賑やかな雰囲気だった。
ダンスの相手がゆっくりと変わっていき、笑顔で祝福の言葉を二言三言交わして祖国の解放を祝う。
このわずかな時間でも、ヨヨ王女の手を取った人はさぞ幸せだろう。
もちろん反乱軍を率いてきたビュウも人気の的であった。ぜひ私も、と寄ってくる女性を笑顔であしらい目の前にいる女性の手を優しく取る。
フレデリカもその女性の一員になりたかった。一言声を掛ければ「喜んで」と返ってくるはずなのだ。長らく共に行動してきた仲間なのだ、一般女性とは選ばれる基準が違うはず。
――それなのに。
結局彼女は、たったその一言が言えないまま舞踏会を切り上げて部屋に戻ってしまった。
最後のパートナーだったバルクレイからは疲れた様子の自分をやたら気にしていたが、大丈夫、大丈夫と押し切ってしまった。彼には少し失礼な事をしてしまった、後で元気な姿を見せに行こうと思いつつ。
「どうしてだろう……」
思いが口からこぼれるのをそのままに、フレデリカは部屋のバルコニーから幾分人も掃けて穏やかな雰囲気になった円形広場を見下ろしていた。
「ねえ、最近元気ないと思わない?」
「ヨヨさまの事?仕方ないわよ、まさか帝国の皇帝が乗ってくるなんて予想外だし」
「ちがうちがう、ほらあそこ」
少し俯き片手を頬に添えたルキアの答えを大仰にかぶりを振ってディアナは窓際を指さした。
「フレデリカ……。そうねえ、カーナから引き上げてからずっとあの調子よね。疲れのせいなのかお薬のせいなのか分からないわ」
顔を上げたルキアは困った様子で首を傾げた。
カーナを奪還するまで、フレデリカは戦闘がある時以外は自分のベッドで休息を取っていた。しかしカーナを出てからというもの、彼女は時々ああして大部屋の窓から外を眺めているのだ。それも小さなため息と共に。調子が悪いのかとたびたび仲間たちが声を掛けるものの、彼女はなんでもないの、と微笑むばかりなのだった。
「もうすぐ戦争が終わる、って話じゃない?だからその後のことでも考えてるんじゃないかなーって思ってたんだけど」
「そうね、自分の身の振り方は大事だものね」
「ちっちっち、甘いわねそこのお二人さん」
「ん?どうしたのアナスタシア」
二人の元に突然やってきたのは、自慢げな顔をしたアナスタシアだった。よっぽど自分の予想に自信があるのだろう。
「フレデリカのことでしょう、それなら答えはもう出てるわよ!」
「疲れでも将来のことでもないの?それなら」
問われて、アナスタシアはびしりと人差し指を立ててにこりと笑った。
「それはね、恋よ」
「恋??」
ディアナとルキアの声が重なり、予想外の声量に二人は慌てて声を潜めた。
「突然どうしたのアナスタシア、確かにフレデリカのそういう話は聞いたことないけど……」
「自分が調子よく事が運んでるからってなんでも恋愛に繋げるのはどうかと思うけど?」
「まあまあ抑えてよディアナ。実はね、言い切れる根拠があるのよ」
そう言ってアナスタシアはウインクひとつ。二人は彼女の話の続きを黙って促した。
「私ね、見ちゃったんだ。フレデリカが人のいない時間、ここでダンスの練習してるのを。それにね、バルクレイに聞いたんだ。舞踏会があったその日、フレデリカはずーっとビュウのことを気にしてたって」
「そういえばフレデリカがバルクレイと一緒にいるのは見たけど、そういうことだったんだ」
「ねえアナスタシア、それはただ一緒に踊りたかっただけで恋してるかどうかは別じゃないの?」
「……ごほん。いいのいいの。だからね、私ちょっと二人のキューピッドになってくるわ!」
「えっ、どうするつもりなの?」
小さな胸をたたくアナスタシア。今にも駆け出しそうな彼女の後ろから声を掛けると、彼女は振り向いて囁いた。
「今度のビュウの夜の番が分かったから教えてあげるのよ」
「本当なのかな」
誰もいないファーレンハイトのブリッジにフレデリカはいた。
ガウンを羽織り、手元にはランプ。暖かい時期ではあるが羽織ものがないと夜は若干肌寒い。
その下は普段の服だ。本当はドレスを着たいものだが、そもそも舞踏会のときですら着たものは貸衣装だった。それが持ってこれない事がもどかしい。
ステップを忘れないよう人の目を盗んで練習するのは大変だった。戦いの激化以上に、叶わないかもしれない事を復習するたびに彼女の心は疲弊した。
それでも救いの神はいるものだ。アナスタシアの囁きに自分がしてきたことが見られていた恥ずかしさを通り越して、喜びを感じずにはいられなかった。
がちゃり、と音がしてもうひとつブリッジにランプの明かりが灯った。
「……誰かいるのか?」
「ビュウ!」
「フレデリカ?どうしてここに」
声の主は間違いなくビュウだった。広さのせいでフレデリカの姿が確認できないのか、ビュウは慌てた様子で駆け寄ってきた。
そこでやっと、二人の顔がはっきり確認できるようになる。
「ビュウ、見回りご苦労さま」
「あ、ああ……」
ビュウに笑いかける。彼は戸惑いつつも素直に頷いた。そして彼女の空いた手を取って、そっと元きた方へ引き返そうとする。
「フレデリカ、明日に響くぞ。早く部屋に戻ったほうが」
「ビュウ、さん」
ビュウの動きが止まった。明らかに困惑した表情で、彼女の言葉の続きを待っている。
「明日のことなんて分からない、ってビュウは言ったことあるの、覚えてる?」
「ああ。これからもずっとそうだと俺は思ってる」
「だからね、私、あの時言い出せない事を明日言おう、明日言おうって思いながら明日が来ないかもしれない事に一人でおびえてたの」
「不安なのか、フレデリカ」
握ったフレデリカの手をより強く握って、ビュウは問いかけた。フレデリカは小さく頷くと、彼の目を見据えた。ランプの揺らぐ明かりに、不安が紛れてくれるようにと願いながら。
「だから、ビュウにお願いがあるんです」
「俺に出来ることがあれば言ってくれ」
ビュウは力強く頷いて、それに応えるようにフレデリカはふわりと微笑んだ。
「一緒に、踊ってくれませんか?」
「喜んで」
ランプが床に投げかける明かりに伸びる二つの影が、やがて来る舞台の終わりを予見しているようだった。
第83回フリーワンライから。
フラグが立ちそうで立たない系女子。それどころか自身の体調がどんどん悪化するフレデリカの事が当時から
気にかかってました。次の章は出撃できるの的な意味で。呼び捨てしてみたりさん付けしたりするの可愛い。
20160212