開け放たれたドアの向こうから差し込む、強すぎる陽射しに振り返るトゥルースの姿は半ば掻き消えていた。
その光に消されまいと喜びの声をあげるトゥルースとは対照的に、ラッシュの声は不満から暗く沈んでいた。
「言われなくても分かってるっつーの」
「ラッシュ、何かあったの? 晴れるのを一番待ってたのはラッシュなのに!」
明るい声とともに手を取られる。そのまま前に飛び出してきてビッケバッケは笑顔を見せる。
彼の指摘は、確かにその通りだった。昨日降ったあまりの大雨に、うんざりした気分で何度も漏らしたものだ。それなら疑問を持たれるのはごもっともだろう。
「……お前さ、なんでオレが晴れてくれって言ったのか分かってんのか?」
だがラッシュは、数秒沈黙した後でイライラを噛み殺したような声をあげたのだった。
「うん。だって……」
「……どうしたんですか、不機嫌な顔をして」
空気の変化を目の当たりにしてもなお、ビッケバッケは笑顔を崩さない。そんな彼の応援にきたかのように、異変を感じ取ったトゥルースが二人のもとに戻ってきた。
「あっ、トゥルース! ねえねえ、トゥルースもラッシュが昨日何を言ってたか覚えてるでしょ?」
「ええ、もちろんです。あんなに何度も晴れて欲しいと愚痴をこぼしていたら、忘れようがありませんよ。だから良かったじゃないですか、雲ひとつない快晴ですよ」
「……だからだよ」
「え?」
彼自身も晴天を望んでいたのか、トゥルースは晴れ間のような笑顔を見せる。だがそこでラッシュも感情を抑えることができなくなったらしい。ぎり、と歯をかみ締める音に、二人は間の抜けた声をあげたのだった。
「お前らわかってんのかよ! 昨日は大雨、今日は快晴! つまり今日オレたちのやることといったら一つしかないだろ?!」
ラッシュは大声でわめいたが、石造りの廊下はそれを無情にも吸い込んでしまう。変わりに空気を動かしたのは、トゥルースとビッケバッケのくすくすと笑う声だった。
「――なんだ、そういうことでしたか」
「なんだとはなんだよ! 二人ともアレを好きでやってたのか……?」
安堵の表情を浮かべるトゥルースに向かって、ラッシュは呆れた顔をしてビッケバッケにも同意を求めた。そんな彼は困ったように少し眉を動かすと、うーんと小さく唸ってみせたのだった。
「好きか、って言われるとぼくも困っちゃうなー。でも綺麗になるのって気持ちいいよね! ドラゴンたちも喜んでるの、ラッシュにもわかるでしょ?」
「うーん、まあ、なあ……」
「ダメですよビッケバッケ。ラッシュの風呂嫌いを忘れてます」
「あっ、そっかあ!」
「めんどくせえだけだよ! キレイだろ、ほら!」
茶化されて笑う二人を前に、ラッシュは両手を突き出し手のひらをくるくる返して見せる。それを期とばかりに片手ずつを二人に掴まれ初めて、彼はそこで二人の策に嵌められたのだと気づいた。
とっさに両足に力を入れる。たとえ変な体勢だと笑われても、どちらを洗っているのか分からないようなドラゴンの洗浄に加わりたくはなかった。
彼らは若くても戦竜隊の人間だ。だからドラゴンの身の回りの世話は彼らが面倒をみる。同じ生き物である以上、糞の掃除は不可欠だし仕方のないことだと思う。
だがラッシュには、あの巨体をシャワーで丸洗いすることには疑問を感じていた。
なぜなら――
「洗っても洗っても臭い落ちねえし、逃げ回るし、洗ってもあいつらすぐ汚れるじゃねえか! 洗うならせめて、サラマンダーだけ洗わせてくれよ!!」
ラッシュの心の底から出た感情が、徐々に近づいてくる出口から外へ漏れる。抵抗をやめないラッシュを引きずりながら、それでも二人は笑顔を忘れていなかった。
「子供みたいなものだ、ってビュウ隊長が言っていたではないですか」
「それにー、サラマンダーを洗えるのはアニキだけだもんね!」
ビッケバッケの言葉にずりいぜ、と小さく声を漏らす。だがそんな彼の感情を読み取ったかのように、聞きなれた声が三人のもとに届いた。
「――そこまで言うなら、サラマンダーを洗ってもいいぞ。でもサラが洗われてくれるかは別だからな!」
「ホントか?!」
返事と共に、足の力がふっと抜ける。同時に少し前が嘘のように、ラッシュは手を取られたまますたすたと歩き出した。
「現金ですね、ラッシュは」
「いいなー! ねえ、三人で洗わせてもらおうよ!」
「きゃあうー!」
「ほら、もたもたすんなよ、早くいこうぜ!」
自然と早くなる歩調は、ついに二人を追い越し逆に手を引く形になる。それでも満面の笑みを向けるラッシュの姿に、二人は大きく頷くと石畳を軽やかに蹴ったのだった。
「また降ってきたね」の翌日的なSS。
ドラゴンを複数引き洗う、なんてそれこそ一日使う大仕事だと思うのでラッシュの気持ちはわからなくもないなあと思います。
サラマンダーを洗えるのはビュウだけ、というよりサラマンダーがビュウ(とドラゴンおやじ)以外の手を拒否する、って感じでしょうか。信頼と甘えだよね可愛い(脱線)
20180515