Novel / 雪遊び


 比較的暖かいカーナの地にも雪は降る。
 それを鬱陶しがる人あれば、歓喜する人あり。


「わざわざこんな天気の日に、どうして遊ぼうなんて言い出すのよ」
「ごめんねディアナ、雪なんて見たの久々だからメロディア嬉しくて!」
 暖かそうな格好に身を包んだメロディアは、ディアナの問いにそう答えると灰色に覆われた空を見上げた。

 終戦から一年、反乱軍もといオレルス解放軍の面々は各地のラグーンである人は託された役割をこなし、ある人は日常生活を送っていた。
 そんな中メロディアは一族がそう人生を過ごしてきたように、彼女自身もゴドランドの生家に帰らずオレルスを放浪する事を選んだ。
 そして今はプチデビと共に暮らしながら、カーナの戦竜隊の手伝いをして過ごしている。

「そういえばゴドランドって雪降らないんだっけ?」
「うん。夜が長いせいもあるけど魔法の力でどうこうしてるから、激しい気温の変化がなくてつまらないの!」
「どうこうしてるって……」
「えへへ、勉強したけど忘れちゃった!」
 てへ、と小さく舌を出して話を誤魔化すメロディア。
「だからテードで雪を見たとき、メロディア凄く嬉しかったの!」
「あの時はみんなで雪遊びしたよね。随分積もってびっくりしちゃった」  そう言って記憶を辿るディアナの脳裏に、狭いけれど暖かいテードでの暮らしが思い出された。
「大人が雪を下ろして、私たちが、えーっと何作ったんだっけ」
「雪だるまとか、かまくらとか。結局マテライトが張り切っちゃって手伝ってくれたよね。楽しかったなあ」
「そうそう!雪合戦もしたよね。大きな壁作ってさ!」
「模擬戦なのじゃー!って声が今でも聞こえそう。結局凄い人数で遊んだよね」
「うんうん。だからいつか平和になったら、またああやって遊びたいなって思ったの。でも……」
 はつらつとした声がしぼんで、二人の足下に影を落とす。
 それを振り切るようにメロディアは遠くに霞むカーナ王城を見上げた。ディアナもそれに倣う。
 王制が復活し、元いる場所に戻ったマテライトやタイチョーをこんな用事で呼び出すわけにもいかな い。同じように以前の役職に戻ったレーヴェとフルンゼも、仕事を放り出せなどと言える訳もない。
「すぐに呼べる人、がっくり減ったねー。後呼べる人って言ったら……」
 指折り数えて首を傾げるディアナ。そんな彼女に対して、メロディアは笑顔を忘れていなかった。
「もうそろそろかなー」
「そろそろ?」
 遠くを見るように背伸びをするメロディアにつられるようにして、ディアナは雪ですっかり覆われて見えなくなった石畳の道に目を移した。
 積もるほど寒くなれば、特に用のない住民は家に引っ込み日頃人通りの活発な通りも一転して静まりかえる。
 そんな人もまばらな通りの向こうから、四つの小さな姿とそれに追われるようにして一人の人物が現れた。
「モニョー!(早く走れよ!)」
「マニョー!(せっつく身にもなれよな!)」
「ムニョー!(プチデビだって寒いのニガテなんだからな!)」
「いやはや、遅くて申し訳ない」
「何なの、もう遅い遅いって。何度もこけそうになったのに……」
 纏わり付いていたプチデビたちが追っていた人物ーー女性から離れてメロディアの元へ駆け寄ってきた。その表情はどこか自慢げに見える。
「エカテリーナ!久々ね。元気してた?」
「え?う、うん。ディアナもどう?」
「えへへ。見ての通りよ」
 突然現れた懐かしい顔に少々戸惑いつつ、エカテリーナは小さく肩で息をしながら笑顔で挨拶を交わす。そしてせがまれるままにプチデビたちの頭を撫でているメロディアに声を掛けた。恐らく彼女がプチデビを使いに寄越したのだろう。
「ねえメロディア」
「ん?」
「こんな寒い中どうして私は呼ばれたの?ディアナにもメロディアにも久々に会えたから嬉しいけど……」
「 ねえ、教えてあげてもいいんじゃないかな?」
「えー、もう隠してもダメかあ。じゃあ言うね。実は」
「実は前々からメロディアは雪遊びがしたいと言っていてな。初めは我々と雪を投げ合っていたがそれも 飽きたと言い出した。ならばと人間の数を増やすことを提案したのだ」
「もー! ワガハイったらひどいよー!」
 まさに溜めていたことを喜んで言わんとしていたその瞬間を全てワガハイに持って行かれ、メロディアはその場で地団駄を踏むしかなかった。ワガハイはそんな彼女を無視して淡々と説明を続ける。
「人間は暑さにも寒さにも弱いのだから呼び掛けても出てこないかもしれぬと忠告はしたのだが、いやはや暇を持てあましているようで良かった良かった」
「……マニョ、ムニョ、モニョ。ワガハイをちょっと向こうに連れてって」
「マニョマニョ(メロディアを怒らせたな)」
「ムニョー(おしおきタイムだな!)」
「モニョモニョ!(おらおら!こっちだぜ!)」
「プチデビ三銃士たるものが未だにメロディアの肩を持つのか……こら押すな引っ張るな」
「ゴメンねー、プチデビたちって本当に好きなことばっかり言うから」
「大変そうだよねえ、毎日アレの相手をするんでしょ?」
「毎日賑やかで楽しいけどなー。そうだ、今度二人でメロディアの家に泊まりにおいでよ!みんなで歓迎するよー!」
「う、ううん……考えておくね」
 嵐のように三人の元を離れていったプチデビたちの後ろ姿を見送りながら、エカテリーナは困った様子で頷いた。そんな彼女に助け船を出すかのように、ディアナはねえねえ、と口にしてメロディアの興味を引き離すことに成功した。
「どうしたの?」
「雪遊び、するんでしょ? ずっとここにいたら体が冷え切っちゃうよ。とりあえず場所を移動しましょ!」
「そういえばどこで何をして遊ぶ、ってメロディアは決めてたの?この辺りに開けた場所なんてあったかなあ」
「それなら任せてよ!」
 ぽん、と右手で軽く胸を叩く仕草をして、メロディアははきはきした口調で言った。
 そもそも予定を実行に移したのはメロディアなのだから、何の考えもなしに集めたはずはないだろう。
 ――いや、メロディアならありえるかも。と内心ディアナは突っ込みを入れつつ、メロディアの言葉の 続きを待った。
「これからメロディアたちはとあるお宅にお邪魔しまーす!」
「とある?」
 小首を傾げるエカテリーナとディアナの声が重なった。
「ずばり立派な庭付き一戸建てを持っている――」
「ちょっと待って、それってバルクレイとアナスタシアのこと?」
 もったいぶる様子のメロディアの言葉を待てず、ディアナは答えを口走った。知る限り該当するのはその二人しかいないからだ。しかしお邪魔する、という言葉からはどうも不穏なものを感じる。
 それはエカテリーナも感じたのか、彼女は口元に手を当てつつ口を開いた。
「メロディア、二人に連絡は……?」
「ううん、全然!それより良く分かったね!」
 ため息を零す二人とは対照的ににこにこ笑うメロディアは、二人の表情の変化を気にすることもなく背を向ける。 「マニョ、ムニョ、モニョー! それくらいにしてあげて!」
「ワガハイのことは気にかけもせんのかー!」
 プチデビ三匹がメロディアの元に駆けてくるその跡地で、足蹴りにされていたのかワガハイは顔を上げて精一杯の突っ込みを入れた。
「じゃあ、行こっか! しゅっぱーつ!」
「大丈夫なのかなあ」
「……ねえ?」
 ディアナとエカテリーナが顔を見合わせる中、メロディアは元気に右手を掲げて歩き出した。するとプチデビたちがそれに続き、ファーレンハイトではよく見た、どこか微笑ましい行進が始まった。  ――行く先の苦労を考えなければ、なのだが。

 バルクレイとアナスタシアの新居は、比較的大きな家の並ぶ区画にあった。この辺りはグランベロスに焼け出された後に出来た新興区画らしく、どの家も真新しかった。雪に覆われているせいで色とりどりの屋根は見られなかったが、庭先に積もった雪で遊ぶ子供の姿が目に鮮やかだった。
「ほら着いた!」
「メロディア、本当にこの家であってるの?」
 不安を隠せないエカテリーナが、表札に被った雪を払いながらそう呟いた。読む限り確かにここは二人の家であるらしい。メロディアはにこにこしながら大きく頷いた。
「へーきへーき、メロディアお呼ばれされたことあるんだもん、間違えないよ!」
「もにょー(プチデビたちは来たことがないぞ!)」
「ワガハイもここに来たのは初めてだ。我々を置いていつの間に」
「だってプチデビは置いてこいって言われたんだもん。じっとしてろって言っても聞かないだろって」
「その程度の礼儀が出来んとは紳士失格。プチデビを統べるワガハイが命じれば纏めるなど簡単なこと」
 プチデビたちの不満をまとめるつもりでワガハイはそう発言したのだろう。しかし命令、という単語に不満が沸いたのかプチデビたちの攻撃の対象が一斉にワガハイに向いた。
「マニョマニョ!(リーダー気取ってんじゃねえぞ!)」
「ムニョー!(プチデビには上も下もないからな!)」
「モニョモニョ(げしげし)」
「……い、痛い痛い脛を蹴るな」
「加減はしてあげてね……?」
 プチデビたちはワガハイの足をあらゆる方向から蹴りだした。どこまで本気か分からないがワガハイが痛がるのを見て、メロディアはプチデビたちの頭をそっと撫でてまわった。
「バルクレイ、そういうの気にしそうだもんねー」
「家をめちゃめちゃにされたら大変だし、仕方ないよね」
「ごめんねー遅くなっちゃった」
 少し離れたところでやり取りを見ていたディアナとエカテリーナの元に、跳ねるようにメロディアがやってきた。にこにこしているメロディアの向こうのプチデビたちを小さく指差しつつ、エカテリーナは口を開いた。
「プチデビ、放置で大丈夫なの?」
「うん、付き合ってたら時間足りなくなっちゃうから」
 メロディアの答えは意外とシンプルだった。毎日相手をしている上でマイペースを崩さず過ごす方法を彼女なりに見つけたのかもしれない。メロディアは方向転換すると家のドアに人差し指をさした。
「じゃあメロディアが呼び鈴を鳴ら――」
 そこまで宣言して彼女の声が途切れた。何事かと二人が顔を向けると、そこには懐かしい姿があった。
「アナスタシア!」
  「騒がしいと思って出てきたらその……なに?」
 プチデビルたちの聞くだけならば可愛い声をバックに、赤いマフラーを巻いたアナスタシアが不審そうに三人を見ていた。

「で、来てみましたと」
「そうなの!ワガハイがね、ここなら広い庭があるだろーって!」
「……プチデビに話したのか?」
「うん!そうしたら楽しそうだなーって言ってたしちょうどいいなーって。……ダメだった?」
 心配そうに両手を揉むメロディアを前に、バルクレイとアナスタシアはきっぱりダメと言うわけにもいかず顔を見合わせ小さく息を吐いた。
「――で、そこの二人もプチデビに?」
「ちがうの。メロディアに呼ばれて着てみたら雪遊びしないか、って誘われて」
「積もるほどの雪ってカーナじゃ珍しいじゃない?だから私」
 そう言って、はコートの両ポケットに手を入れた。
 一同の注目が彼女の手元に集まる中、取り出されたそれは彼女の着けていた手袋とは別の手袋だった。
「……これ、替えの手袋なの」
 はにかむディアナの表情に、とげとげしかった雰囲気が和らいだ。アナスタシアは窓際に移動して、カーテンの隙間から外の様子を見た。
「ねえ、ちょうど雪止んでるみたいだし遊びましょ!せっかく用意までしてくれたんだし、ね」
「アナスタシア」
「えへへ、そういえばずっと雪遊びなんてしてないなーって思ったの。いつぶりかな?」
 首をひねるアナスタシア。つられるように首をひねったバルクレイは、やや考えてから思い出したのかああ、と呟いて手を打った。
「最後に雪に触ったのって、確か反乱軍結成前だよな。その時は訓練って名目だったが」
「そうそうそれそれ!今度は自由に遊びたいなーって思ったの!」
 メロディアが目を輝かせてそう言った。ディアナもエカテリーナもにこにこ笑っている。
「って言っても碌な道具なんてないぞ?大した広さもないし前みたいな事は……」
「あんまり気にしないでね。押しかけたのは私たちだし、私は雪だるまが作れたら満足かな」
「控えめだなーエカテリーナは。雪遊びって言ったら雪合戦でしょ!人数もいるから絶対楽しいよ」
「あー、何で遊ぼうが構わんが周りの家に迷惑はかけんようにな」
「はーい」
 庭へ出るドアを開けつつ、バルクレイははしゃぐ女子たちに釘を刺した。
 外はまっさらな雪で覆われ、辺りはしんしんと静まり返っていた。一歩踏み出すごとにきしきしと音を立てて雪が軋んだ。
「足跡をつけるのって楽しいね」
「じゃあ私は道具をとってきますね」
 エカテリーナとアナスタシアが率先して足跡を残しつつ庭を歩いていく。静かなその風景にディアナは違和感に覚え、後から出てきたメロディアを引き止めた。
「ねえメロディア」
「ん?どうしたの?」
「メロディアなら気付いてると思ったんだけど、プチデビの声、聞こえないよね?」
「本当だ!大丈夫かな、ちょっと呼んでくるね!」
 心配してるのかしてないのか分からない、あっけらかんとしたメロディアの返事にディアナは面食らう。
これから起こる波乱を予想しつつ、メロディアの後姿を見送ったディアナは小さく呟いた。
「今日は一日楽しめそうね!」

雪遊び
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春になってアレですが雪遊び。上げないでボツになるよしはましかなと。
バルクレイとアナスタシアが完全にちょい役でメインがメロディアとプチデビになってますね。
組み合わせ的には可愛らしいから好きです。えげつないこともしてそうですが。 20160404



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