Novel / その手をつないで

 「…だから、手をつないで欲しいって?」
 雑踏の中で、ビュウは疑問と驚嘆をもって振り返った。
 「そう、だから…ワシ迷子になっちゃうから・・・」
 モジモジとしているのは今年で齢いくつだったか。初老はとうに超えているであろうセンダックである。
 聖カーナ王国。その大通りの中に二人はいた。用は簡単、買出しである。
 カーナを開放して、ひと時の休息。昨日の開放に伴うパーティを行った翌日。
 グランベロス支配下の中でくたびれていた城下町からも、監視の目を光らせていた傭兵たちが撤退した後であった。
 そのためか、人々の動きもどこか陽気だって見える。駆け回る子供たち。商売に声を出す商人たち。
 だからといって、ビュウたちはこれからオレルスを救わねばならない。名もなき魔物や、グドルフの魔の手から。
 その中で、控えめに出されたその手は余りにも突拍子のないもので、ビュウは小さくため息をついて額に手をやった。
 「この人ごみくらいで迷子にならないでくれよセンダック。分かった、少しゆっくり歩くから」
 そう言って、くるりと前を向く。片手に布袋、片手に買い物リスト。この状況で手を繋げなどというのは無理な願いであったかもしれないが。
 「ビュウ…」
 老師の小さな願いは、いとも簡単に崩れ去ったのだった。

その手をつないで

 「だからぁ、ビュウと手を繋ぎたい、って言ってるの?」
  カーナ王城の一室。外見は未だ打ち壊されて荒れ果てた状態ではあったが、内装はそれなりに使える状態に保たれていた。
 その中の小さな会議室に「使用中」の看板を掲げて、センダックはおずおずと提案をしたのだった。
 声の主はディアナ。艦内にいたときから、どこからか独自で仕入れた噂話をもっていると専らの話であった。
 「でもなんで手なんて繋ぎたいと思ってるのよー。あんたたち男同士でしょー」
 呼び出されておいて相談の内容が内容だったので、早速やる気のなさそうなのはミスト。
 それをまぁまぁ、とたしなめてアナスタシアはセンダックに確認を取った。
 「センダックは、手が繋げれば満足なわけ?それ以上とか以下とかいうのはおかしいけど」
 「こう、何か事故的なものを起こしてしまえば良いんじゃないの?ふふふ…」
 開口そうそう危険なことをおくびにもなく言い出すのはエカテリーナ。
 呼び出されたのはカーナに馴染み深い女子4人であった。

 「やっぱり、一発何かドカンとやらかさないと早々ないわよ、そんなこと」
 相変わらず投げ出しぶりではあったが話は聞いていたミストが口を開く。
 「そうよ、やっぱり何か自分から仕掛けるとか、情報を仕入れるなんて事をしないといけないと思うの」
 「自分から仕掛けるなんて…そんな、ワシ今日ビュウに聞いてみたばっかりなのに…」
 妙に話に乗ってきたエカテリーナと相変わらず気弱なセンダックに、思わずディアナが口を出す。
 「ふふふ。情報ならこのディアナ様にお任せあれ!どんな話が聞きたいの?」
 「噂レベルじゃなくて、しっかりした情報がないと。とりあえずまずはどうやってビュウを連れ出すの?」
 すっかりノリノリのディアナと冷静なアナスタシアの一言に、センダックはおずおずと喋りだす。
 「その、危険なこととかは出来るだけ避けて、出来るだけ自然に触れ合えれば…」
 何故かそこまで言って軽く頬を染めるセンダック。明らかに拒否反応を見せるミスト。
 「自然に、というとやっぱりもう一度買い物に出るのが一番いいんだろうけど・・・」
 机に頬杖をつくアナスタシア。暫く考え込んでいる様子のディアナは、突然椅子から立ち上がった。
 「自然に買い物って言ったらアレしかないわよ!ちょっと待ってて!」
 叫ぶと、ドアを破らんばかりの勢いで部屋を出て行った。


 ややあって。
 「お待たせ!やっととっ捕まえて書かせたからこれでバッチリよ!」
 喜び勇んで帰って来たディアナの手には一枚のメモ書き。叩きつけられるように机に置かれたそれを見て、彼女らは一斉に頷いた。
 なお、この案件を満たす条件は三つ。
 1、自然な状態で触れ合えること
 2、あまり量のない買い物をすること
 3、軍規定に掛からない程度の時間であること
 以上を満たした結果が――


 「まぁ、フレデリカが頼んできたっていうなら仕方がないよな」

 再び大通り。センダックがビュウに渡したのは、フレデリカ直筆のこれから必要な薬のメモ書きであった。
 なぜセンダックがこんな物を持っているのか、なんて野暮な事は聞いても埒があかないだろう。
 ビュウはそう判断して大人しくセンダックの言うとおりに城を出た。
 …ただし、メモを渡してきたセンダックも一緒にである。
 「で、なんでセンダックまで一緒なんだ?買い物だったらすぐに済みそうだから俺一人でよかったのに」
 ビュウは小首を傾げる。まぁ軍が撤退した今ならそれ程周囲に気を配らなくとも安全だろうし、せっかくついて来た彼を邪険にするのも可愛そうだ。一人納得して、人並みの中へ歩を進める。
 センダックは何を言うでもなく、ちょこちょこ後ろをついて来る。午前のこともあるので、自然と歩が遅くなる。
 町並みは夕日に照らされて、オレンジ色に染まっている。なかなかこうやって平和な情景を眺めることもないだろう。巣に帰るのであろう鳥の群れを眺めながら、ビュウは平和を享受していた。

 買い物自体はすぐに済んだ。メモにチェックを入れて、袋に薬をいれる。
 センダックは外で待っているよ、といって店の中に入ってこなかった。特に理由はないだろう。
 と思って店を出ると、そこには下を向いてモジモジしているセンダック。どこかで見たような一幕。
 「センダック、どうした?」
 顔を覗きこむように問うビュウ。なんでもないよと短く返して首を横に振るセンダック。
 押し問答をしても仕方がないのでそのまま帰途に着こう、と歩き出すと。
 遠慮がちに握られた右手。その手はやや小ぶりであり、温もりがあり、老人独特のしわしわとしたそれであった。
 その手の先には、無論、というかこの人しかいないわけだが-センダック。
 その表情は相変わらず伏せられがちでいまいち分からない。そんな彼が、口を開いた。
 「……ビュウ、驚いた?」
 言って顔を上げる。蓄えたひげのお陰で相変わらず表情は分からないが、口ぶりから多少照れてはいるのだろうと言うことはわかった。ビュウは軽く笑って言葉を返す。
 「いや、ちょっとだけ。それにしても突然でなくてもよかったのに」
 「ごめんね、お昼のことがあったから…そうじゃなくてもビュウ忙しかったのに、ごめんね、自分本位で」
 「そんなに謝らなくたって、気にしてないから大丈夫だよセンダック」
 少ししょげた感じのセンダックに、すかさずフォローを入れる。そして彼の手を軽く握り返すと、「さ、時間までに早く帰ろう。今度は迷わないようにな?」
 言って微笑む。センダックもニコリと笑い返した。
 手を繋いで、夕日を背中に浴びながら街路を歩く二人を、空を飛ぶ小鳥たちが優しく見守っていた。


 日が沈んでから、小さな会議室はセンダックのはしゃぐ声が響いていた。
 「ビュウが、ビュウが繋いでくれたんだよ!この手をね、こうね」
 「はいはいおめでとさん。そのためだけに呼ばれたの?あたし達」
 一人はしゃぐセンダックを他所に、相変わらず反応の冷たいミスト。
 「せっかくみんなが考えてくれたから、ワシ、お礼を言わないとと思って。ごめんね急に呼び出して」
 「ほらー、ミストがそんな事いうからセンダックがウダウダしちゃうじゃない」
 「そうよそうよ。良かったね。ビュウと手が繋げて。センダックなんだか乙女みたい」
 ミストの言葉に少し反省するセンダックに、フォローを入れるディアナとアナスタシア。
 「乙女…いいじゃない、恋をするって素敵なことだと思うの…私もいつかあの人の…ふふふ…」
 一人別の世界へ想像を羽ばたかせるエカテリーナ。
 「恋だなんて…それとは違うかもしれないけど、ワシ、幸せ…とっても幸せジジイ…」
 ビュウと繋いだその手を握り締めて、一人うるうるとするセンダック。
 その瞳は、初めての恋に気づいた乙女のようにキラキラと輝いていた。

その手をつないで
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どうしてこうなった!どうしてこうなった!としか言いようのなくなった乙女センダック可愛いよの回でした。
ウダウダジジイも恋するジジイもどっちも美味しく頂きますよ!ビュウはご愁傷様なんでしょうけどもorz 0702



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