「あの人は私を優秀だといって褒めてくれる。でも私はそうは思えないの」
「まーたそうやってうだうだしやがる。ったくついてけねーぜ」
「待って、そうじゃないの」
とっさに止めようとはしたものの、もはや彼女の言葉は彼の耳に届いていないようだった。サンダーホークはふん、と鼻を鳴らすとそっぽを向いてそのまま彼女の元を離れていく。単純に相談した相手が悪いともいえるが、元々相性の悪い二人のことだ。こうなってしまうのも仕方のないことだろう。
「……はあ」
ひとり残されて、アイスドラゴンはため息を吐いた。その動作だけで彼女の周囲に薄い霧が立ち込める。暖かな春の陽気はそれをすぐ霧散させるが、瞬間光を反射して儚くきらめきを残した。その美しさに惹かれるようにして、彼女の元にやってきたのは彼女が憧れてやまない存在だった。
「アイス!」
「サラマンダー……どうしたの?」
「見なかったの? とってもきらきらしてキレイだったのに!」
「なんだろう、私も見たかったなあ」
「……あっ、そっか!」
首をひねるアイスドラゴンに、サラマンダーは少し考えてはっとした。それから申し訳なさそうに首をすくめてみせると蚊の鳴くような声でごめんね、と口にする。それでも分かっていないらしく、アイスドラゴンは美しい黒の瞳を彼に向けていた。
「アイスの息がね、お日様に当たってきらきらしてたんだ! だから教えてあげたかったんだけど、アイスからは分からなかったんだよね、きっと」
「自分に起こったことは自分じゃ分からない、か」
「でもね、すごくキレイだったんだよ」
「私、が?」
アイスドラゴンの問いかけに言葉は不要とばかりに、サラマンダーは大きく首を縦に振る。よく手入れされた体毛が一歩遅れて揺れ動くさまは、まさに視界を惑わす陽炎のようだった。その様子をまじまじと見た後で、彼女は納得したように小さく頷いた。
「そうね、サラマンダーの言うとおりかも」
「うん? なあに?」
「あのね、サラマンダーもすごくキレイだよ、って」
「僕が? えへへ、ありがとう!」
特に理由を付け加えなくとも、気持ちを素直に受け入れ喜ぶサラマンダー。褒めてくれたことがよほど嬉しかったのか、彼女の目の前で飛び立つとぐるりと身を翻す。その様子はまるで彼女を空へと誘っているようで、思わず彼女もふわりと甲板を飛びたち彼の元へと向かう。
本意に沿って身を寄せるアイスドラゴンをリードするように動くサラマンダー。楽しそうに風を受けて飛ぶ二人の目は、今は見えない同じ未来を見ているようだった。
「やっぱりあの二匹がいいんだろうな」
「……何の話だ?」
誰にともなくつぶやくビュウの言葉を、今この場で拾えるのはホーネットだけだ。ビュウは特に視線をそらすこともなく、変わりに左手で上空をさした。視線を移した先にあるのは、いつものように戯れるドラゴンの姿。戦闘以外は伸び伸びさせてやれ、といわれて渋々放っておいてはいる。だが、ああも空で好き勝手されて置いていきでもしたらどうしたものかという思いは常に頭の隅に置いてある。
「分からないか、あの二匹はよほど相性がいいみたいだ」
「サラマンダーは火、アイスドラゴンは水のドラゴンだろ? むしろ相性最悪じゃないのか」
「物理的な問題じゃないんだ。見てみろよ、二人の周りが光って見えるだろ」
「言われてみれば……」
航空士をしている以上、ホーネットの視力は誰よりもいい自負がある。そんな彼の目はサラマンダーとアイスドラゴンの周囲に発生している、光の粒のようなものをしっかり捉えていた。他のドラゴンでは見たことがない以上気のせいか何かだと思っていたが、ビュウがそういう以上はそのとおりなのだろう。
「ただドラゴンを同時に飛ばすだけじゃああはならない。俺も本当に久しぶりに見たんだ。将来が楽しみだな」
「将来……? 何があるっていうんだ」
「ああ、それはそのときのお楽しみだ。それよりもカーナの様子が心配だな」
「それもそうだな――」
やっと振り向いたビュウの表情は硬く、これから起こる過酷な戦場を予見しているかのようだった。そんな彼を見送り、再び前に向き直ったホーネットの目に飛び込んできたもの、それは。
「虹だ……」
「きゃあうう!」
赤と青、二つの色が交わるその後に、不安を忘れてしまいそうな美しい虹が尾を引いている。それはまるで、ファーレンハイトの行き先を明るく先導しているように思えたのだった。
第137回フリーワンライから「晴れの皇子と雨の姫君」でした。
どうしようかうんうん考えた挙句に出てきたのがこれだった。
サラマンダーの口調がやたら幼く感じるのは長らく人と一緒に暮らしてきて甘えん坊に育った結果みたいなもんだと思ってください。人間の言葉話させると性格が迷子になって困る。
170521