Novel / 自由研究は一緒に


「ビュウ、おはよう!」
「ああメロディアか。今日は一段と早いな」
「だって、もうこんなに明るいんだよ。体が勝手に起きちゃうの!」
 起き出す時間までまだまだあるが、メロディアの調子はいつもどおり元気そのものだった。体を動かさないと落ち着かないのか、飛び跳ねる彼女の肩越しに髪がゆらゆら揺れている。あのお団子はやはり一人では作れないのだろう。それでもあまり乱れていない様子の毛束に、ビュウはサラマンダーに待つよう声を掛けてメロディアに向き直ったのだった。

「じゃあ今日もメロディアの手を借りようかな」
「……あのね?」
「うん?」
 昨日と同じように声をかけたはずなのに、なぜかメロディアは背中に手を回して言いにくそうに体を揺らしている。人の言う好きには幅があるとはいえ、子供であるメロディアに毎日ドラゴンの世話をさせるというのも骨が折れるばかりで退屈なのかもしれない。
 それならまずは一緒に空の散歩でも、と問題を後回しにしかできない考えを巡らすビュウの目に、自然とメロディアの屈託のない笑顔が飛び込んできた。
「ビュウって、夏休みの宿題やらないでにこにこしてそうだよね!」
「夏休みの宿題? ……ってひどいなメロディアは」
「ちがうの?」
 悪意はない、と言いたげな笑顔を向けつつ首を傾げるメロディアに対して、ビュウはゆっくり顔を横に振ると言い訳を始める。

「これでもな、学年の中で成績はいい方だったんだ。長期休暇の宿題もきっちり出してたさ」
「……一番じゃなかったんだ?」
「上には上がいるってね。俺は机で勉強してるより、外で体を動かしている方が好きだしな」
「サラマンダーに乗りたいだけじゃないのー?」
「痛いところを突いてくるなあ」
 メロディアの質問が、ちくちくと胸を刺す。ビュウは思わず苦笑と共に肩を竦めてみせた。思い返すと、フィールドワークだと言ってサラマンダーに乗ってよく遠出をしては教員を困らせていたものだ。
 そんな彼にとって、言いわけいらずの長期休暇は思い出深いものだったことを思い出す。
「ちょうど今ごろになると、テントを積んでサラマンダーと二人旅をしていたよ。もちろん出た先で草花や生き物の情報を集めて、それを自由研究のテーマとして提出して」

「それ!」
「――え?」
 懐かしさ半分、自慢したさ半分で語っていたビュウの話に、メロディアは突然飛び込んできた。豆鉄砲をくらった鳩のような顔をする彼の前で、メロディアは興奮気味に言葉を続けたのだった。
「メロディアもそれにする!」
「……自由研究を? メロディアが?」
「うん。ビュウも一緒に……ダメかな?」
「いいかダメかじゃなくて、今のメロディアに自由研究はいらないだろう?」
 いつもなら突拍子もないことを彼女から言われても、いいよと秒で返して叶えてあげていた。だがそんなビュウも、今回ばかりは頭に疑問符を浮かべるしかなかった。
 まさか彼女がドラゴンをやたら好んで近づいてくるのは、全て帝国の思惑通りに事が運んでいて、纏めたデータを定期的に報告しているのではないか。
 ――などと、ありえない疑念を一笑できないことを内心ビュウはあざ笑う。子供だからとすっかり油断していた自分が同時に情けなくなる。彼女に対する心構えも少しは変えたほうがいいだろうか、などと思考の深みに嵌っていくビュウを照らすように、メロディアははにかみながら口を開いた。

「実はね、メロディア、まだ学生なの。嘘じゃないよ」
「え、だってメロディアが反乱軍に加入したのって、確か……」
 さらなる混乱がビュウを襲う。幼少の頃からカーナの教育機関を通ってきた彼に国外の教育がどうなっているのかは分からない。ただ、メロディアがひょっこりテードに現れてからとうに数年は経っていることは事実だった。いくら学長が許可したとはいえ、下手をすると学友が卒業していても何らおかしくない。
 目の前の事実と脳内の疑問とがぐるぐる渦を巻いてビュウを混乱させる。しかし目の前に存在する確かな答えが、彼の悩みを一気に吹き飛ばしたのだった。
「先生と学園長さんに言ってね、籍を置いてもらってるの!」
 単純明快すぎる答えに似合う屈託のない笑顔を浮かべたメロディアだったが、一瞬間を置くとふにゃりと笑顔を歪ませる。
「……っていうのを思い出したの!」
「思い出した、か」
 釣られてビュウも笑う。激しい死地を越えているうちに学生であることを忘れたというより、今のメロディアの表情を見ていると長い旅行を楽しむうちに本分を忘れたといったほうが適切だろうと思える。
「どうやって学長を説得したんだ? いくらなんでも、いつ帰ってくるか分からない生徒を置いていく理由はなさそうだけど」
「うーん、それはメロディアも分からないや!」
 難しいことなどお構いなしなメロディアの言葉の力に、ついにビュウの肩から力が落ちる。だがそれに対して再び口を開いた彼女の表情には、珍しく緊張が見て取れた。思い出したことで自分が置かれた状況を理解したのだろうか。
「成績もいいし、学びたいことがあるなら外の世界を見てくるのは構わないよ、って言ってたのは覚えてるよ。でも復学したときに学んだことを発表できなきゃ追放だ、って言ってたのも思い出しちゃった。ビュウ、どうしよう!」

「どうしよう、ってなあ……」
 喋れば喋るほど顔色が悪くなるメロディアに対して、ビュウはほとほと困って頬を掻いていた。軽い思い出話だったはずが、まさか一人のウィザードの人生を握る壮大な話になるなんて。
 ――これではまるで、脅迫ではないか。

「復学しなくても、メロディアは十分立派なウィザードだと思うけど」
「学園はね、一人前のウィザードやプリーストです、って証明する場所でもあるの。面倒でもきちんと卒業しないと、その後の冒険が大変になるぞ! ……ってパパとママが言ってた」
「……苦労したんだろうな」
 メロディアから両親の話は全く聞いたことがなかった。しかしどうやら健在で、彼女のように知識や興味を追求しすぎたおかげで苦労しているらいことにビュウは少し同情を寄せた。
「だから、ビュウとサラマンダーに手伝って欲しいな、って」
「何もそこまでしなくても、今までのことを纏めたら十分だと思うけどな」
 両手を合わせ嘆願してくるメロディアに、ビュウは薄く笑いかける。彼女のここ数年で得た経験は何者にも代えがたく、そして語り継がれても再び味わうことは避けなければならないものに違いない。
「ビュウは私に、この魔法で人がこう死にました、って口にさせたいの?」
「メロディア、俺はそんなつもりで言ったつもりはないよ」
 そんなビュウの考えを見透かすように、メロディアはつと顔を上げた。新緑のような鮮やかな緑の目が、今だけは暗闇に潜む猫の目のように怪しく光る。魔法で心を読めていたなら、これから先軽蔑されても仕方ない、とビュウは半ば諦めつつ平静を装った。

「――分かってるよ! でも戦争が終わった後で戦争の話をされても、苦しいことを思い出すだけだから嫌だなって思ったの!」
 しかし返ってきたメロディアの声は弾むように甲板に広がった。ビュウの横をすり抜け、サラマンダーの元へスキップする。興味を持って顔を下ろしたサラマンダーの鼻面を撫でつつ、彼女は満面の笑みと共に振り返ったのだった。
「それにドラゴンって、魔法とは切っても切れない関係でしょ? だからウィザードやプリーストたちと仲良く暮らせる方法があったらな、って思ったの!」
「確かにゴドランドじゃアレだったしな……」
「そうでしょそうでしょ?!」
 苦笑いを浮かべるビュウに、メロディアは勢いをつけて同意する。必ず受け入れられる生き物ではないとはいえ、ゴドランドの住民のドラゴンに対する反応や印象は最悪だったといってもおかしくなかった。
「だから、メロディアが広めたいの! ドラゴンと暮らすって、こんなに楽しいんだよーって! ……だからまずは、メロディアが一緒に暮らすの。どうかな?」
「とてもいいと思うし応援したいよ。でもな、今は戦争中だ。とても長期休暇なんて言い出せないだろ?」
「うん……」
 満開の花のような笑顔が、ビュウの言葉の前にたちまちしぼんでいくのが彼自身にも見ていてつらい。鮮やか過ぎる夏空の下で、ここだけ厚い雨雲に覆われているかのようだった。
「でも、夏はすぐ終わっちゃうでしょ? メロディア、どうしてもビュウと同じことがしたいの!」
「食い下がるなあ」
 どうやら、メロディアの願いの根はとても深いようだった。まるで次の夏はファーレンハイトに乗っていないことが分かってでもいるかのように、彼女は強く要求するのだった。
「すぐに、とは言えないけど協力するよ。ドラゴンに関する話なら、またいつでも教えるから暇があったらおいで」
「ありがとう! ビュウ、大好き!」
 これも軽い気持ちの約束だった。寧ろ十分な知識をつけてくれれば、それで満足できるだろうという目論見すらあった。だがそんな返事にもメロディアは全身で喜びを表現すると、駆け寄ってきて腰に抱きついた。淡い石鹸の香りが鼻を掠める。

「でも、もし約束を叶えてくれる前に夏が終わっちゃったら、責任は取ってもらうんだからね!!」
 見上げて大きな、爆弾ひとつ。とんでもないものをビュウの元に残して、メロディアは大きく手を振りながら帰っていく。
 胸元で手を振り返しながら、残ったビュウは同意を求めるようにサラマンダーに振り返って小さく零した。
「やっぱり脅迫だよな、そう思うだろ?」
「きゃふー?」
 ビュウの言いたいことが分からずに、サラマンダーは苦笑を浮かべる彼の頬を優しく舐めたのだった。

自由研究は一緒に
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タイトルの通り一緒に夏旅を楽しむはずだったのに、気づけばメロディアの将来を握る選択肢になってて困った。こういう気分なんです。
ドラゴンを反乱軍加入の理由にあげているのに本編でほぼ絡みがないので二次で補うしかないと思うんです。誰か一緒に補ってあげてください。
20180825



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