Novel / 夢みるキノコじゃいられない


 次の目的地、マハールに向かって意気揚々と空をゆくファーレンハイト。
 だが、順風満帆というわけにもいかないようで――

「困ったねえ」
「残り物なんて出せないよね、どうしようゾラさん」
「夜と朝が同じものでは味気ないですよね……」
 三人は顔を見合わせると、誰に聞かれるとも知らず大きなため息をついた。

 ファーレンハイトのキッチンで、早朝から彼女らは早々に困り果てていた。
 というのも、マハールまでまだ距離があるにも関わらず、キャンベルでグランベロスから奪った兵糧が尽きかけていたのだ。
 正確に言えば、主食といえるジャガイモや穀物にはまだ余裕がある。
 しかし腐りやすい肉など、足の早いものから消化してゆき日に日に食卓から華が消えていく中で、食欲をそそる献立を考えるのは至難のわざだった。
 しかも担当が食事に定評のあるゾラとなると事は重大だろう。彼女もそれを自負しているらしく、在庫の表に目を通しながら小さく唸っていた。

「あれ、どうしたの? 三人揃って悩みごと?」
「おやビッケバッケじゃないか。もうはらぺこなのかい?」
「えへへ、ばれちゃった」
 頭を掻くと同時にお腹が大きな返事をして、ビッケバッケはするりとキッチンに滑り込んだ。そしてテーブルの上やシンクの周りなど、食べ物が置いてあるであろう場所に素早く眼を配る。その手馴れた行動に彼の毎日の苦労を感じたゾラは、小さく手招きすると彼をメニュー会議に加えることにしたのだった。

 メイン・パンとジャガイモ サブ・キャベツの塩漬け スープ・干し肉とコーン デザート・オレンジ――
「あれ? でもこれ」
「ゾラさん、これでは昨日と同じですよね?」
 目を紙に落としたディアナとジョイが首をひねる。二人の疑問を、ゾラは笑顔で跳ね返した。
「昨日はサラダ、今日は揚げ物だよ。これなら文句は出ないだろう? 本当はもう少し食材があれば良かったんだけどね」
「ぼくはあんまり気にならないけどなー」
 苦笑いを浮かべるゾラを励ますつもりはあるのか、のんびりとビッケバッケは口にした。細々した内訳はセンダックが決めているが、その大元の財布を握っているのはビュウだ。日ごろから苦労をかけている彼に、影で文句を言いたくないのが彼らの心中なのだろう。
「ビッケバッケはなんでも美味しそうに食べるよね、好き嫌いってないの?」
「ないよー、おなかいっぱいなら幸せだもん」
 ビッケバッケのえへへ、と気の抜けた笑顔に場の空気が和んでいく。それをいいきっかけにと思ったのか、ゾラは軽く両手を叩いて三人の注意を引いた。
「さあさあ、おしゃべりはこれくらいにして料理を始めるよ!」
 はーい、と返事をして、二人はてきぱきと動き出す。それを横目に見て身の振りを考えているビッケバッケに、ゾラはそっと耳打ちをすることを忘れない。
「……手伝ってくれたら少しは弾むよ、どうだい?」
「いいの!?  よーし、がんばっちゃうぞー!」
 やる気に溢れた彼の声に、二人は思わず振り返るとくすくすと声をあげて笑った。その声はその場を少しずつ満たしていき、やがて昇ってくる太陽とひとつに馴染んでいった。

「できたー!」
「もう冷めたかな。ほらお駄賃だよ、誰かにばれる前に食べきるんだよ」
 湯気の立つ料理の数々に目移りするのを防ぐように、ゾラは小さく丸められた揚げポテトをキッチンペーパーで摘んでビッケバッケに手渡した。渡されたと同時に口の中に消えたそれをはふはふ言わせながら、彼はできた料理をなおも目で物色していた。
「でもやっぱり地味よね、茶色いもの」
「仕方ないわ、トマトなんて長いこと見てないもの」
 食事の味はもちろん、見た目も食欲には重要だ。だが目の前の現実は、ため息をつかせるには十分だった。その落胆を目にしたビッケバッケの脳内に、彼にしては重大な決意が浮かんでいた。
 これまでビュウにしか明らかにしていなかった「あるもの」を、みんなの幸せのために使うことにしたのだ。
「……赤い食べ物だったらぼく、知ってるよ。ずっと隠れて育ててきたんだけど、せっかくだしみんなに食べて欲しいなって!」
「初耳―! ねえねえそれってどういうの?」
「私も初めて聞いたよ。よければ教えてくれるかい」
 驚きと喜びに目を輝かせる三人を前に、ビッケバッケは緊張した面持ちでおずおずと答えた。
「ええと、その、キノコなんだけど……。大丈夫だよ、ドラゴンはもう食べてるってアニキが教えてくれたから!」
「ドラゴンが、ねえ」
 異口同音に三人は口にした。その脳裏で思い浮かべたものは、口元に臭うよだれを蓄えたドラゴンの姿に違いない。
 彼らはいつも腹を空かせており、そのせいかは分からないが雑食を超えた悪食だ。人の飲む薬や食料ならともかく、剣や鎧まで食らい自らの力にする。
 だからこそ当てにはならないが、食料の逼迫している今は四の五の言っていられない。これで舌鼓を打つほどの品なら後でビッケバッケに一皿おごればいい話なのだ。
「せっかく言い出してくれたんだ。私が美味しく料理してやろうじゃないか」
「ありがとう! じゃあボク、持ってくるね!」
「二人はこれを持っていってちょうだい。なあに、私の腕を信じなさい」
 ビッケバッケの背中がドアの向こうに消えるのを見届けながら、ゾラは二人にウインクしてみせる。その力強さに後押しされるように、二人はこくりと頷いたのだった。

「すげー! 朝から豪華じゃねーか!」
「たくさんのキノコですね。こんなにどこから…」
 いつもの気だるい朝、を迎えたはずの彼らの声はどこか明るかった。それも当然だろう。色味を失って久しいはずの食卓に、色とりどりの皿が並んでいたのだから。
「……えへへ」
「これだけあれば腹は膨れそうじゃ! 皆席についたか?」
 ラッシュもトゥルースも、ビッケバッケが人の顔色を見ながら笑顔を浮かべているのは気にかかった。しかしまずは自分の腹の虫を収める事が何より優先だった。仲間が一同に介するこの場は第二の戦場なのだ。
 マテライトが仕切る必要もなく、反乱軍のメンツは広い食堂の机をぐるりと囲うように座った。後はビュウの合図を待つだけだ。その後男たちは我先にと獲物を奪い合い、女たちは食事と会話に花を咲かせることだろう。
「あー…… ごほん。俺は少し席を外すが、気にせず食事をしてもらって構わない。それじゃいただきます」「いただきます」
 気になることを残してビュウは椅子からおりる。だがライバルがひとり減るという事実は、男たちにとって謎解きをするより重要なことなのだろう。
 賑やかな食器の擦れる音を背に、ビュウはひいきにしていた道具屋へと急いだのだった。

 ただいま、の一言もなく、食堂に戻ってきたビュウは大ぶりのカートを引いていた。そして不気味なほどの無言を貫いて、彼は食事をしている一人ひとりのテーブルにひとつの飲み薬を置いてまわった。
 ――ばんのうやく?
 それの意味するところを理解してフレデリカはぽろりとフォークを落としたが、周囲は気遣う程度であまり気には留めなかった。
 それはビュウも一緒のようで、配り終えると席に戻り、控えめに皿に分けてある食事には敢えて手をつけずに周囲をぐるりと見回した。
「食べ終わったら、必ずこれを飲んでくれ」
  ここは戦場ではない。だが有無を言わせぬ迫力でそう言うと、ビュウは神妙な顔で食事を取り始める。
 しかしその表情も時間と共に緩んできたことで、仲間たちも元の雰囲気で和やかに食事を終えることができたのだった。
 ただひとつ、言い聞かされた薬瓶を除いては。

「……何か体に違和感を覚えた人は?」
 食事を終え、自ら薬を一服した後で立ち上がったビュウの一言に、仲間はついにざわめいた。
「 大丈夫みたいだな。いいか、これからキノコ類を食べるときは、必ず万能薬を一緒にとってくれ。そのときだけは俺に薬を持ち出す許可を取らなくていい。でも飲まなかったときの責任は持たないからな。それじゃ」
 解散、そう言って立ち去ろうとしていたビュウの背中を、仲間たちのどよめきと共にトゥルースの声が捕らえた。
「あの隊長、今私たちが食べていたこれは……」
「ああ、ドラゴンが一気に変態を起こすくらい強力な毒キノコだ。それも全てのキノコがね」
「ええ!?」
 場のどよめきが一気に騒ぎに変わる。姿が変わっていないかと互いに確認しあう女子、思わず鎧を取って確認しようとタイチョーに頼むマテライト。フレデリカは早速机に伏してはいるがいつもどおりだろう。
 ラッシュとトゥルースも互いの姿を心配しあう中、ビッケバッケはひとり、こっそりとビュウに駆け寄った。
「アニキ……ボク、悪いことしちゃったかなあ?」
「いいや。見ただろう、みんなの喜ぶ顔を」
「でも…………」
 混乱を招いた責任を感じているのだろう、しょげたビッケバッケの肩を、ビュウは力強く叩いた。
「食べるものがないのは事実だ。背に腹は変えられないし、これからも協力してくれるな?」
「――うん!」
 混乱に満ちた声を背に、ビッケバッケの元気な声が彼らの抱えていた食糧問題を見事解決に向かわせたのだった――?

夢みるキノコじゃいられない
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会員制サークル・「Blown Fluffy」に久々に投稿したものです。時期柄食欲の秋ということで、
食欲といえばビッケバッケ、ビッケバッケといえばキノコ……という、至極単純な連想ゲームで出来上がりました。実際食べてる発言もありますが、やっぱり美味しく
ないんだろうなあ……。実際ドラゴンたちが食べた後の姿を見てしまったら、たぶん私も口にしたくないと思うんですが隊長権限は絶対ですよねー!!
2017/10/27付



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