ビュウは風のようだ、と常々思う。
視界に入ったかと思ったらすぐどこかへ行ってしまうし、話しかけてもあまり相手をしてくれない。
唯一ビュウを眺めていられるのは、ドラゴンと共に空を駆けているときくらいだ。
と言っても、これではどちらを眺めているのか良く分からないではないか。それでもドラゴンは好きだけど、とメロディアはブリッジの小窓から眺めながらひとりごちた。
後ろでは戦艦を操舵しているホーネット。身を乗り出さんとばかりに外を眺めているメロディアを、いつものようにたしなめる。
「メロディア、またそんなに身を乗り出したらこの間みたいに落ちかけるぞ」
ホーネットはすでに何度言っても聞かない事を分かっているのか、肩でため息をついていた。
ついこの間も、身を乗り出してブリッジから落ちかけたことがあるからなのだけれど。
メロディアはぷぅ、と頬を膨らませるとホーネットを見やり、反論する。
「大丈夫だもん、この間だって落ちかけただけだし、もしものときはこれがあるもん!」
言うと右手の親指と人差し指を口先に当てて空気を送り込む。いつもビュウがドラゴンを呼ぶ時の指笛だ。
しかし見よう見まねでは上手くいかないのか、練習が足りないのか、ぴゅー、と腑抜けな音が鳴るだけだった。
くすくす、と笑うホーネットとますます頬を膨らませるメロディア。そんな彼女を宥めるように、ホーネットはまぁまぁ、と右手をひらひらさせると指笛をひとつ。
ピーッ、と鋭い音を立てて指笛が鳴る。それを聞きつけたのか、近くにいたのであろうアイスドラゴンがやってきた。
「そいつに乗ってちょっと飛んでくるといい、もうすぐ停留地に着く、そこで休憩を取るつもりだからそのつもりでな」
アイスドラゴンが一声鳴いた。早く乗れと言っているのか。メロディアはそれに大人しく乗ることにした。
「今度は指笛、ちゃんと吹けるようになっておくんだからね!」
ホーネットに向かって言うとアイスドラゴンの腹を軽く蹴る。艦を離れると、そこには美しい風景が広がっていた。
マハール・ラグーン。
その美しさはどのラグーンにも劣ることはない。それ故に人々からは「奇跡の大陸」と呼ばれているのだ。
枯れることのない水脈、大陸から絶えず落下する水しぶきとそれを飾るようにかかる虹。
観光名所でもある「レインボゥブリッジ」にも人が集まるのも納得が行く。
夜の長いゴドランド出身であるメロディアにとって、こんなに眩しく、美しい光景を見るのは初めてであった。
手綱に捕まったまま、その光景をぼんやり見ていたい所ではあったけれど、今はまだ戦時中。
どこに帝国軍がいるかわからない状況で暢気に観光なんてしていられない。
けれど。
「アイスドラゴン、お願い、ビュウを探して!」
今も偵察に出ているはずのビュウを、探さずにはいられなかった。
アイスドラゴンはきゅう、と鳴くとマハールに向かって一直線に飛んで行った。
暫く飛んだ後、アイスドラゴンがたどり着いたのはレインボゥブリッジの入り口、美しい滝のほとり。
そこにはサラマンダーを休ませながら自らの剣の手入れをするビュウの姿があった。
「ビュウ!」
メロディアはたどり着くや否やビュウに向かって一直線。その首筋に抱きついた。
ビュウは突然の来客に驚きながら、ゆっくりメロディアを身体から引き剥がした。
「どうしたんだ、メロディアがこんなところに」
「それはこっちのセリフだよー!ビュウこそどうしたの?心配だから探しに来ちゃった!」
メロディアはキャッキャといつもの調子で飛び跳ねる。ビュウは小さくため息ひとつ。
磨いていた剣を鞘に仕舞うと、サラマンダーの身体をぽんぽん、と優しく叩いた。
「言っただろう、もうすぐここが戦場になるって。だからそのためにファーレンハイトを隠せる場所を探していたんだよ。そろそろホーネットが探している頃だろうから戻らないと」
サラマンダーが首をもたげて一声鳴く。鞍を直し、飛び乗ろうとしていたビュウのマントの裾を、メロディアはおもちゃに飛びつく子犬のごとく引っ掴んだ。本能なのか、意図的なのかは当の本人にも分からない。
「……メロディア」
たしなめるようにこちらを見やるビュウに、いつもの調子でメロディアは甘えた声を出す。
「ねぇビュウ、メロディアね、不思議に思ってることがあるの!ビュウなら知ってるかなと思って」
ビュウははて、と首を傾げる。なんでもかんでも首を突っ込みたがる性分のあるメロディアの事だけれど、このご時勢に突然何を疑問に思うのだろうかと。
メロディアは言えば、先ほどの言葉は出任せだった。口から出任せ。それ以外の表現が出てこない。
自分の事とはいえ、言ってしまった事の落とし前をつけねばならない。メロディアはきょろきょろ首を動かすと、遠くを指をさして素朴な疑問を口に出す。
「虹の足って、どこにあるの?」
「…へ?」
思ってもいない質問に、思わずビュウは間抜けな声を出した。虹の足なんてないよ、光の屈折で水滴が光を反射しているものが目に入っているだけだよ…と理論を堪えてしまえば簡単なのだけれど。
メロディア相手に、いまいち理論が通じる自信はない。
「行ってみるか?『虹の足』を見に」
分からせるのが一番いい、と思ったビュウはメロディアにそう提案する。案の定メロディアは乗ってきた。
「行く行く!それなら、アイスドラゴンはファーレンハイトに戻ってドラゴンおやじにここだよって教えてあげて!」
メロディアはそう言うとアイスドラゴンの頭をひと撫でして、サラマンダーに飛び乗った。
無論場所はビュウの後ろ、ちゃっかり腰に抱きついている。
ビュウは心の中で小さなため息をついてから、アイスドラゴンに行け、と視線で命令を送る。
アイスドラゴンは分かった、と言うように小さく鳴くと飛び立つ。サラマンダーもそれに続いてその場を飛び去った。
向かう場所はレインボゥブリッジ。一緒に虹を見られたカップルは、願いが叶うといわれる場所。
そんな理由をお互いが知るはずもなく。メロディアは、ビュウの背中に頭をつけながら、彼の鼓動を感じているのだった。
虹は、あっけもなく出ていた。マハール湖の飛沫を浴びて、レインボゥブリッジを跨ぐような大きな虹がそこにあった。
ビュウは虹がハッキリ見える場所を飛びながら、虹の根元を指差しながら言った。
「メロディア見えるか?あれが虹の足だ」
メロディアが眼前を見やると、自らの言い出した「虹の足」が確かにそこにあった。
虹は空中から生えているように見えた。ここまで綺麗な虹を見るのは、生まれて初めてのことであった。
「ないんだね、虹の足。虹にも足があったらよかったのにー。」
せっかく見せてもらって何だが、メロディアにとってそれは少々がっかりな事であるようだった。
「こんなに綺麗な虹が見られたのにか。メロディアは何が不満なんだい?そんなに虹の根元が」
「虹の足があったら、虹は消えたりしないでしょ?そしたらいつでも虹が見られるから、この虹を、いつでもビュウと一緒に見に来れるんだ!…迷惑、かなぁ?」
ビュウの言葉を珍しくさえぎって、メロディアは明るく笑う。迷いや苦悩といったものとは無縁の、その笑顔。
「メロディア。虹は人間とは違うんだから、足があってもずっとそこにあるとは限らないよ。それに儚いものだからこそ美しいって言われてるんだ。…だけど」
言って、ビュウはメロディアを振り向く。ニコニコ笑うメロディア。この時間を、とても楽しく思っているようだった。
幼さはぬけているが、まだまだ若い少女を、戦争に巻き込んでいるこの事実。つかの間の休息。
この時間を、無駄にしてはいけない。彼女の笑顔を、無駄にしてはならない。
「また、虹を見に来ような。いや、虹じゃなくてもいい、見たいものがあったら、この戦が終ればいくらでも」
「ビュウ、そんな約束しちゃっていいの?それならメロディア、どんどん頑張っちゃうんだから!」
メロディアが声を張り上げてビュウに言う。ビュウはそんなメロディアを見て微笑む。
誓いと、約束。虹は、そんな二人を優しく見下ろしていた。
何が書きたいのか途中で分からなくなる上にアップすると言う暴挙に出る。妹よ許せ。
元々は「メロビュウで、服のはしっこをちょこんとつまむシーンを書きます」だったんだ…
兄弟以上恋人未満すぎたので、それ以上を書くにはどうしたらいいのか教えてくださいorz 0619