Novel / ドラゴンは人の温もりを夢に見るか


「よーしよし。おいでおいで!」
 変わらぬ日常。変わらぬ歓声。だが違うのは外に広がる景色だった。
 青いはずの空は怪しい紫で、灰色の雲間から時々光る雷がいっそう色を引き立てる。風は変わらずどこかから吹き、おどろおどろしいまでにさまざまな色を見せた。


 それでもこの地に残ったたった一人の人間ーードラゴンおやじはご機嫌だった。
「さあ、おいでおいで!ほいほい、君もだよ」
「えーっ、ボク?」
 影からドラゴンおやじを見ていた幼い竜人は居場所がばれたことに驚き飛び上がった。小さく頭を振りながらドラゴンおやじの元にやってきて、優しく見守る髭面を見上げた。
「ねえねえ、何するの?」
「そりゃご飯の時間じゃな。みんなお腹を空かせて困るよ!」
 ご飯、と聞いてすかさず竜人のおなかがぐうと鳴り、彼はぐっとお腹を押さえて黒目がちな瞳をしばたかせた。
「ボクもおなかぺこぺこだけど、おじさんご飯作れるの?」
「ほっほ。わしは昔からドラゴンと一緒に過ごしてきたんぢゃ。好きなものから嫌いなものまで全部わかるよ!」
「すごーい!じゃあきっと、じいじより美味しいんだろうなあ!」
 そう言って竜人は舌なめずりをした。さすがドラゴンの元の姿といったところか、長い舌で器用に上唇を舐める仕草にドラゴンおやじはつと目を細める。
「任せなさい、でも好き嫌いはだめだよ?」
「さっきと言ってることがちがう!」
 お腹を抱えたまま小さく跳ねる竜人に髭を揺らして笑いかけると、ドラゴンおやじはいつものように指笛を吹いた。その音は阻むもののないアルタイルの地に響きわたり、彼の目でも見えないドラゴンたちを一斉に呼び寄せた。
「すごいや、ドラゴンたちが雲の塊みたいだよ!」
 感動に上ずった声を出しながらも、実際に飛んでくるドラゴンたちの迫力に気おされたのか竜人はおずおずとドラゴンおやじの背中に隠れてしまった。そんな彼とドラゴンの頭を器用に撫でながら、ドラゴンおやじは手を打ち鳴らすと大きく両手を交差させる。とたんにドラゴンたちはゆっくり二人から後退し、次の命令を待っているかのように大人しくなった。
「よーしいい子いい子ぢゃ。さあて、君にも手伝ってもらうとするかな?」
「わかった!」
 ドラゴンたちと対照的に元気を取り戻した竜人は、差し出されたドラゴンおやじの手を両手にとって大きく頷いたのだった。



「……ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした。いやはや、あなたの手は魔法の手ですな」
「ほっほ、そう言ってもらえると照れくさいのぢゃ」
「ぎゃうー! きゃうう!」
「ドラゴンたちも喜んでるよ!」
「おお、それはよかったよかった」
 そう言って、ドラゴンおやじは残り少なくなった豆のスープを啜った。オレルスとは動植物の生態も違うアルタイルで、ここまでの物を作ることができた自分を少し褒めてやりたくなった。
 それもこれも、全ては素材の選定に付き合ってくれたサラマンダーと幼い竜人のおかげなのだが。


 口の形のせいで、竜人はボウルに入れたものを上手に食べることができないようだった。老いた竜人は上手くスプーンを使っていたが、幼い竜人はボウルに顔を突っ込んで食べる。ちょうどその姿がドラゴンたちと被って、ドラゴンおやじの顔は始終緩んでいた。
「どうしたの?」
「いやいや、よく食べてくれて嬉しいんぢゃ」
「えへへ、これからずっと美味しいご飯が食べられるって思ったら、ボクとっても嬉しいな!」
「ジジイひとりじゃ何かと大変だから、これからもお手伝いしてくれるかな?」
「まかせてよ!!」
 目を輝かせて小さな胸をたたく竜人。その威勢のいい返事に満足して頷き返すと、ドラゴンおやじはよっこらしょ、と声を出しながら思い腰を上げた。幼い竜人は手伝いたいのか先回りしたいのか、飛び上がるように立ち上がるとボウルを両手に持った。
「お片づけ?」
「いいや、ドラゴンたちのご機嫌伺いぢゃ」
「ごきげん……?」
「そうか、君たちはやらんのか。おいでおいで」
「わあい!」
 首を傾げていたかと思えば持っていた器を老いた竜人に押し付けて、幼い竜人はドラゴンおやじの後ろにぴたりと付いてくる。そんな彼の小さな手を取ってドラゴンおやじはサラマンダーの傍へ歩み寄る。
「ぐふふー」
 サラマンダーは待ってましたと言いたげに喉をぐるぐると鳴らすと、四肢を地面に放り出し横になった。まるで犬が主人に服従を示すかのように。
「どうしたの? おなかいたいの?」
「いやいや。こうやってお腹を触ることで、しっかりご飯が食べられたか分かるのぢゃ。それにドラゴンたちは甘えん坊だからね、こうして触れ合うことで消化不良を抑える効果もあるよ」
「しょうかふりょう……?」
 何を言っているか理解しきれないか、竜人は小首を傾げてサラマンダーの目を見つめる。そして返ってくる視線を受けながら、やはり分からないといったふうに首を振った。
「おなかいっぱいかどうかは、ドラゴンさんたちに聞いたほうが早いんじゃないの?」
「……わしにその力があればよかったんぢゃがな」
「あっ!」
 しまった、という顔をして口を塞ぐ竜人に向けて、ドラゴンおやじは弱弱しく笑いかけた。
 ドラゴンに魅入られて数十年、喉から手が欲しかった力がこの地では当たり前のものなのだ。分かってはいても、自分ひとりではどうすることもできない現実が彼の孤独感をより強いものにしていた。
 その圧力に押しつぶされずに、自分は寿命を迎えることはできるのだろうか――。


「ごめんなさい!」
「いいんぢゃよ。そうだね、これからは君たちの力を借りてもいいかな?」
「……いいの?」
 頭を下げすぎて地面に角が付いてしまっている竜人は、土をつけたまま恐る恐る顔をあげる。しかし優しい笑顔を浮かべるドラゴンおやじを見て、ほっとしたように息をはいた。
「ぎゃうふう! きゃふう!」
「おお、ごめんよ。どうやらサラマンダーは構ってほしいみたいぢゃ。きっと他の子もそうじゃろて」
 二人の話が進んでいても、当のドラゴンたちには伝わるはずもない。早く遊んでといわんばかりに地面にごろごろ転がりながら、サラマンダーは甲高い声でドラゴンおやじに訴えた。幼い頃からの癖であり、これからもずっと変わることはないだろう。
「ほら、撫でてごらん。おなか全体を優しくな。それから背中に回ってくすぐってあげると喜ぶぞ」
「おじさんすごいね、ドラゴンさんたちのことならなんでもわかるんだ!」
「……そうぢゃの」
 僅かに頷いて、二人はサラマンダーの柔らかなお腹を優しく撫で始める。喜びに悶えるサラマンダーと、その声を聞いて順番待ちをしているドラゴンたちが騒ぎ出す。
 昔ならばほのぼのとしたいつもの光景だった。言葉が分からないからこそ、自分たち人間とドラゴンは毎日繰り返されるコミュニケーションの中で信頼を得てきた。
 それが今、はるか昔の同郷たちに立場がとって代わられようとしている。


 それでもきっと彼らは甘えたり、訴えてきたり、不満をこぼしたり、遊んで欲しいと要求し続けるのだろう。それを竜人たちは理解しきれるのだろうか。いい得ない不安が、ドラゴンおやじの胸を締め付けはじめていた。
「ねえおじさん、この子はどうしたらいいの?」
「ああ、それはぢゃな……」
 幼い竜人に触れ合い方を教えつつ、ドラゴンおやじは祈るように目を瞑る。
 どうか姿の違うふたつの命たちが、血の通った触れあいを忘れませんように、と。

ドラゴンは人の温もりを夢に見るか
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自分の中では竜人って命のある人形のような存在なんですよ。自立型の。
そのほうが神竜たちからしても都合がいいだろうって考えなんですけどね。
だからこういう話が生まれちゃう。ビュウは向こうでの仕事が山ほどあるから泣く泣く帰ったんでしょうね、何よりバハムートが許さない。
敢えて残ったドラゴンおやじの使命はそれこそ生涯をかけたものになるんでしょうね。誰か書いて
170927



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